本当に打つ手無しになってしまいました……。
婚約者作戦がことごとく頓挫してしまった今、次に私が目をつけたのは“教会“だった。
神に仕える者として日々を捧げれば世俗の縁からも離れ、兄様との距離だって強制的に取れるはず。
加えて、住み込みの修道院生活になれば、ファンクラブからの刺殺リスクも激減。
(我ながらなかなか良いアイデアだわ)
婚約者も見つからないし、これ以上の良い手はなさそう。
ここまでして兄離れしなきゃならないのかって気持ちも実は少しある。
(けど、やっぱり私は兄様頼りではいたくない。自分で選んだことを兄様に調整されたくもない!)
だからこそ、私は満を持してリアンに相談した。
「兄様。私、教会で修道女として働こうと思うのです!」
突然自室に訪ねていった私を快く迎え入れてくれた兄に対し、すぐさま話を切り出した。
「アリアはそんな信心深かったかな?」
返ってきたのはとても柔らかい笑顔。話に驚いた様子は一切無い。
「いきなりですが、目覚めたのです! 神に仕え人々のために働くことこそが私の使命だと!」
「成程、それが本当にアリアの望みなら叶えてあげたいところだけど。……ただ、一つ残念なお知らせがあるんだよね」
そう言って、リアンは紅茶をひと口すすった後、淡々と信じられないことを口にした。
「他国でね、聖女の扱いが酷いという事案があってさ。最近、我が国でも制度の見直しの話が出てるんだ」
私は言葉の意味を飲み込めず、まばたきをした。
「え……?」
「で、それに伴って、新規の受け入れを一時停止してるんだって。制度がちゃんと整うまで、しばらくは無理なんだよね」
さらりと、まるで天気の話でもしているような口調だった。
「まぁタイミングが悪かったんだよ。……教会に行けなくて残念だね?」
私の目をじっと見つめながら、微笑む兄様の顔には悪意なんて一滴も浮かんでいない。
けれど私は、背筋がぞくりとするのを感じた。
(なんで兄様が、そんなに国の内情に詳しいの……? まさかまた兄様が調整しちゃったのでは……)
「…………」
何も言えずに紅茶を啜った。
さっきまで“勝ち筋”だと信じていた道が、音を立てて崩れていく感覚。
おかしい。こんなはずじゃなかったのに。
口の中はひどく渋くて、もう何を飲んでも苦かった。
*****
いよいよ本当に、もう打つ手が無くなってしまった。
婚約者作戦も、教会への奉仕も駄目。
どれだけ手を尽くしても、兄様の手のひらの上で踊らされている気がする。
自室のソファでうなだれる私を、優しく見守るふたりの視線。
「こうなったらもう、家出しかないのでは?」
そんな大胆なことを言い出したのは、私付きのメイドだった。
お盆を片手に、お茶を淹れながら、驚くほどあっさりとした口調で言う。
「私はお嬢様についていきますけど」
いつも冷静な彼女のその言葉に、私は思わず目を瞬かせた。
「だ、ダメよ。それじゃあ兄離れじゃなくて、家族への反逆じゃない。心配をかけるようなことはしたくないの」
「成程、我儘ですね。お嬢様らしい」
「我儘なお嬢様でごめんなさいね!」
このメイドは昔から直球で物事を言ってくる。
剛速球過ぎるくらい。でもけして間違ったことを言っているわけじゃないから、私から彼女への信頼は厚い。
「我儘かもしれないけど、家族に迷惑をかけるのは良くないわ」
尚も家出を進めてくるメイドにそれはダメだと首を振りながらも心無しか心が揺れているのを感じていた。
このまま兄様の傍にいて何も変わらずに日々を過ごすくらいなら、本当に家を出るしか道は無いのではないかとそんな思いすらよぎる。
そこまで私は追い込まれていた。
「ねぇ姉様。なんでそこまでして離れたいの? 兄様の事が嫌なわけじゃないんでしょう?」
呆れとも感心ともつかない声を上げたのはルクル。窓辺のクッションに座って、脚を組んでいる。
「嫌ではないわ。勿論大好きよ」
兄離れはしたいけれど、別にリアンの事が嫌いになったわけではない。
今も昔も大好きな気持ちは変わらない。
「だったら別に、このままでも良いんじゃない?」
その言葉に、私はぐっと唇を噛んだ。
「嫌ではないから困ってるのよ」
目を伏せる。ほんの少し、声が震えた。
「このままずっと兄様が優しくしてくれたら……私はきっと、それにどこまでも甘えてしまうわ。もう自分で立てなくなってしまいそうで」
リアンの溺愛は居心地がとても良いのだ。
だからこそ困る。
そこに落ち着いてどこまでも抜け出せなくなってしまう自分が、怖い。
「兄様のは、優しさっていうか……。…………まあ、いいや」
何か言いたげなルクルはため息をひとつ吐いて、ぽんと立ち上がる。
「ほら、出かける準備して」
「え……出かける?」
「そう。気分転換」
当たり前のように言って、私のクローゼットを勝手に開ける。
「ずっと部屋にこもって考え事ばっかしてると、余計に視野が狭くなるんだよ。外の空気でも吸って、リフレッシュしよ?」
「……そう、ね。それも……いいかも」
私は立ち上がり、支度を始めた。ルクルはふと視線を落とし、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……それに兄様の姉様に対する想いは、姉様が思っているような、そんな綺麗な想いじゃないってこともそろそろ気づいた方がいいからね」
「え? 今、何か言った?」
手袋をつけていた私が振り返ると、ルクルはごく自然な笑顔で言った。
「別に、何も。……早く行こう」