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兄様の伝言とは?

 それから数週間後のこと。


 晴れ渡る空の下、王宮からほど近いローベルト家に再びあの男がやって来た。

 執務を抜けてきたにしては堂々とした態度で、しかし顔は不機嫌そのもの。

 アリアの目の前で、不機嫌な王子様は机を叩いて大変憤慨していた。


「なんなのだアイツは……!」


 声が窓ガラスを揺らしかねないほど大きい。アリアは小さく肩をすくめた。


「紹介した全ての令嬢が別の相手を見つけては破談になるなど、聞いたことも無いぞ!? 貴族の婚活市場で、あの顔と家柄を持つ男が失敗続きとは……!」


 シリウスが憤慨する気持ちも分かる。

 なんせ、私がシリウスにお願いしていたリアンの婚約者探しは全てが同じ理由により“失敗“に終わっていたのだから。


「兄様は“どうやら俺より合う相手が見つかったみたい。良かったね”って、涼しい顔で言ってましたけど……」


 苦笑混じりにそう答えながらも、アリアはどこか現実味のない不安を抱えていた。


(……まさか、兄様が何か裏で動いてる、なんてこと……)


 そんな不穏な思考を振り払うように、シリウスは頭を抱える。


「もはや、そちらの道は詰んでいる。……ならば、お前に相手を見つけた方が早いのではないか?」

「それは私も考えまして……父様にお願いして、いくつかお見合いのお話を頂いたのですけど……」


 頂いたのですけど……の先が続かない。

 私は口ごもる。


「まさか、そちらも全滅とは言わんだろうな?」


 シリウスの眉がピクリと跳ねた。アリアは視線を逸らす。


「…………」


 ──結果は、リアンと同じく全滅だった。


 しかも驚くべきことに、どの相手もアリアと出会った直後に“本当の運命の相手が現れた気がする”と言って去っていったのだ。

 まるで打ち合わせをしていたかのように。

 それが三人も続けば、もはや偶然では片付けられない。


「なんなのだ、お前たち兄妹はッ!!」


 シリウスの叫びが邸宅に響き渡る。

 アリアは目をそらしながら、申し訳なさそうに口を開いた。


「ふ、不可抗力です! 私は何もしておりません!」


 ついにシリウスは溜息とともにソファへ崩れ落ちた。


「……これはもう完全に、手を打たれているな」


 だが、すぐに顔を上げる。


「仕方ない、ならばもう俺が──お前を妃に──」


「その先、余計なことは言わない方が身のためですよ」


 その時、突然開いた扉の奥から現れたのは、弟のルクルだった。

 静かな声と冷たい視線に、シリウスの言葉はぷつりと途切れる。


「なっ、なんだ貴様、どこから……っ」

「最初からずっと廊下に居ましたよ。兄様に呼ばれて、様子を見るよう頼まれていたので」


 サラリと告げながら、ルクルはシリウスにそっと耳打ちした。


(何を話しているのかしら?)


 二人で話しているその内容は、アリアには聞こえない。

 だが、耳元で囁かれたシリウスの顔色がみるみる内に青ざめていくのは、アリアにも見えた。

 突然現れたルクルに何かを耳打ちされて以降、あれほどまでに勢いのあったシリウスが──まるで水をかけられた猫のようにしおれてしまったのだ。

 常に自信家のシリウスがこんなになるなんて珍し過ぎる光景だ。


(……なに、が、あったの……?)


「う、うむ。そうか……。アイツは、相変わらずなのだな……」


 そう呟いて、気まずそうに私から目を逸らすシリウス。

 あんな顔、初めて見た。


「シリウス様? 一体何をルクルと……」

「な、なに、問題ない……! いや、もう時間も良い頃合いだしな! 今日はこれで失礼する!」


 そう言って立ち上がったかと思えば、逃げるように部屋を後にしてしまった。

 その背中に「またいらしてくださいね」と慌てて言葉を掛けたものの、返事があったかどうかも怪しい。


「……何を、言ったの?」


 慌ただしく居なくなったシリウスの後ろ姿はもう見えない。

 訳が分からずぽかんとした私に、ルクルは小さな笑みを浮かべるだけ。


「兄様からの伝言をお伝えしただけだから姉様は気にしなくて平気」

「……気になるわ。めちゃくちゃ気になるわ」


 むしろ、あんな王子が無言で引き下がるような伝言なんて、気にならない方がどうかしている。


 でも。


(兄様の、伝言──)


その言葉を思い返した瞬間、背筋がほんの少し、冷たくなる。

直接聞かなくても、なんとなく察してしまう。

言葉ではなく“圧”で人を屈服させてしまう、あの兄様の笑顔。


(やっぱり、兄離れしないと……本当にダメだわ)


 兄様は、私が関わることとなると時々すごく極端になる。

 私の知らないところで、私の未来を“調整”しようとする。


 それが愛だってことは、ちゃんと分かってる。

 でも──それが一番、怖いのだ。


(どこまでだって、あの人ならやってしまえる気がする。その内、私の幸せのためなら私の意思をねじ曲げることだって……)


 リアン兄様は、私を甘やかしてくれる優しい兄様。

 だけどその裏に、決して踏み込んではいけない“何か”があるような──そんな気がしてならなかった。


*****




「兄様曰く──“まだ許してあげるけど、それ以上の一線は許さない”──だそうです」




越えたら許しません。

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