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性格は最低ですが、協力者が現れました。

 私はリアンに「兄離れいたします!」と堂々と宣言したその足で、急ぎ応接間へ向かった。

 別にリアンのことが嫌いなわけではない。むしろ大好き。

 私の行為は、そんな兄に対して絶縁状を叩きつけたようなものだと思う。

 今までに嫌だとかそういうことは何度か言ってきたけど、こんなことをしたのは初めて。

 心臓はバクバクうるさいくらいに鳴っていて、きっと顔が赤くなっていた。


(……怒ってるかしら。いや、あの兄様のことだし、笑って受け流してそう。でも、ちょっとは傷ついてたりとか……)


 そんな考えが頭をよぎる。

 けれど、引き返すわけにはいかない。

 このまま兄に甘やかされていたら、私は少しも成長出来ない。

 リアンの今後にも支障が出る。


(やっぱりこれでいいの! これが、私なりの兄離れの“第一歩”!)


 向かった応接間のドア前にて軽く上がってしまった息を整える。

 深呼吸を一つ。

 ノックをしてドアを開けると、ソファに深く腰掛けていた来客がこちらを一瞥した。


「遅い」


 第一声からして機嫌が悪い。相変わらずの無愛想ぶりに、ため息が出そうになる。

 来る前には一報下さいと何度も伝えているはずなのにどうやら守るつもりはないらしい。


「急に訪ねてくる方が悪いとは思いませんか?」


 礼儀正しく一礼しつつ、皮肉をにじませる。

 男──この国の王子、シリウスは眉をひそめた。


「何故俺が他人に合わせねばならん」


 いつも通りの横暴なお言葉を頂き、今度こそ耐えきれずため息をつく。

 実に“王子らしい”。いや、実際王子なのだから仕方がないのだけども。


「リアンはどうした?」

「さぁ、お仕事ではないでしょうか」


 知っていても答えてやる義理はないので、適当に誤魔化しておく。


「なんだ、義妹のくせに知らんのか。役立たずめ」


 棘のある言葉にももう慣れていた。

 けれど、だからといって腹が立たないわけではない。


 リアンは今でこそ男性寄りの顔つきになって来たが、ほんの少し前までは、中性的で美しい“少女”のようにも見えていた。

 そんな兄様を見かけ、ローベルト家の一人娘“アリア・ローベルト“──つまり私だと勘違いして婚約状を突然送り付けてきたという経歴があった。

 リアンが男だと知った瞬間のシリウスの顔──目を見開いたまま数秒間固まっていた、あの一瞬は今でも忘れられない。思い出すたびに、つい口元が緩んでしまう。


「シリウス様は兄様を諦めたのでは無いのですか?」


 その時の事を思い出し、私はわざと“兄様”を強調して言ってやると、彼は目を細めてふんと鼻で笑った。


「確かに妃にするのは諦めた。ただ、あの顔だ。侍らせておくのに最適ではないか」


 含み笑いをするシリウスにあっけにとられる。

 堂々とそんなことを言い放たれるとは思っていなかった。

 思わず口が開いて、すぐにぴしゃりと閉じた。


「──最低です。出禁です。兄様に二度と近寄らないでください」


 唾を吐くようにそう言って睨みつけると、シリウスはようやく少しだけ苦笑を浮かべた。


「まぁそう怒るな。俺に友達が少ないことくらい、お前も知っているだろう?」

「自覚があるなら性格、直してください」


 こんな性格に難ありな我が国の王子様だけれど、なんやかんやで縁は続いている。……たぶんこれが“友達”というやつなのだろう。あまり認めたくないけど。


「美しいものをそばに置いておきたいという気持ちがお前には分からんのか。それとも美しさの基準が分からんか。ずいぶん貧相な目を持っているな」

「シリウス様は、兄様を侍らしておきたいと言われた妹の気持ちを少し考えられるようになった方がいいですね」


 しばし言葉の応酬が続く。

 こっぴどく振られておいて、まだそばに置いておきたいなんてシリウスも諦めが悪い。


「もし、もしだな……」


 そこから先を言いかけて、なぜか目を逸らすシリウス。


(……なんだか、妙な予感がする)


 いつもはっきりと言葉を言ってくるシリウスが珍しく言葉を濁していて、怪訝に思う。


「もしも、お前があの兄のそばにこれからも居たいというのなら……俺は、お前も隣に置いても」

「いえ、私そろそろ兄離れをするつもりなのです」

「──は?」


 つい、シリウスの言葉を完全に聞き終わる前に反射で答えてしまった。


「お前が? 本気でそんなこと言ってるのか」


 しかしシリウスは特に気にした様子はない。

 むしろ私がそんな事を言うとは露ほども考えていなかったようで、驚いた表情を浮かべていた。


「やるのです。私は本気です」

「理由は」

「私がこのまま兄様に甘えていたら、お互いの未来に悪影響だと思って」

「ふぅん」


 疑うように鼻を鳴らしながらも、彼の表情に浮かぶのはありありとした興味の色。

 答えてから、やらかしたと思った。


(失敗した……。こんなことシリウスに話すんじゃなかった)


 どうせ茶化してくるのだろうと身構えていたが、意外にもシリウスは真面目に質問を重ねてきた。


「何か具体的な案はあるのか? 言ってみろ」

「あ、いえ、まだ具体的には……でも、まずは兄様に良い婚約者を見つけてあげるところから始めようかと」


 少し考え込んだシリウスはやがてニヤリと人の悪い笑みを返してきた。


「ふむ。どんな心境の変化か知らんが、良かろう。ならば俺が協力してやる」

「えっ……一体どういう風の吹き回しです?」


 思わず聞き返した声には、警戒と困惑がたっぷりと滲んでいた。

 つい先程まで“リアンを侍らせたい”などとほざいていた相手が、今は兄に婚約者を見つけてやると言っているのだ。頭の切り替えが早すぎる。


「いやなに。こちらの方が面白そうだと思っただけの話──あいつも、そろそろ痛い目を見るべきだろうしな」


 不敵な笑みを浮かべて、シリウスは立ち上がった。

 その動きには迷いが一切なく、彼が本気で乗り気になっていることが分かる。


「俺の名に懸けて、リアンにふさわしい婚約者を探してやろう。国内外、王侯貴族、聖女、冒険者……人材は山ほどいる。情報網を駆使すれば、お前の兄を翻弄するくらい造作もない。リアンの狼狽える顔が今から楽しみだ」

「待ってください。なんだか企みが混じっている気がするのですが……」

「勘が良いな。だが気にするな。これはお前の“兄離れ”のためでもあるんだろう?」


 からかうような目を向けてくるシリウスに、私は視線を逸らした。

 確かにその通りなのだが、この王子に主導権を握らせるのはそれはそれで危険な気がしてくる。


(兄様に知られたら面倒なことになりそうだけど……)


 しかし、他に策も無い。

 覚悟を決めて私は頷く。


「お願いします、けど! 絶対変なことはしないでくださいね? 絶対ですよ」

「任せておけ。しかし……これはなかなか面白くなってきたな。果たしてあのリアンから本当にお前が逃げられるのか、俺も協力は惜しまないから精々足掻いて見せろ。リアンにとってもいい経験になるだろう。このままだとアイツ……本当に、人間になり損ねそうだしな」


 完全に他人事で、まるでこれから始まるお芝居でも観劇するかのようなシリウスの振る舞いが、やや癪に障るものの協力は有難いので……今回は、あえて何も返さないでおくことにした。

 シリウスに任せておけば、きっとリアンにぴったりの素敵な女性を選んでくれるだろう。


「兄様、どんな人を選ぶのかな……」


小さな寂しさが滲んだのは、きっと気のせい。そう思い込むことにした。


(ちゃんと兄離れ、しないと──)






*****




 書斎の奥、静まり返った空間に紙のめくれる音が一つ。

 リアンは机に肘をつきながら、一枚の書類──王宮発行の縁談推薦状──を見つめていた。差出人の名を目にし、ふっと目元を緩める。


「……なるほど、こう来たか」


 小さく笑みを零しながら、ゆっくりと書類を伏せる。

 アリアが動き出したことには、勿論とっくに気付いていた。

 だが、それを止める気は初めから少しもなかった。


「可愛い妹の反抗期ってところかな? なら、兄としてちゃんと応えてやらないと」


 その声に滲むのは、どこまでも優しく完璧な、“理想の兄”としての柔和な響き。

 けれど、その目に宿る光は、どこか熱を帯びすぎている。

 まるでこの瞬間を、心から待ち望んでいたかのように。


「さて、どう動こうか。ふふ……昔に戻ったみたいでちょっと楽しいな。あの頃もこうやって俺から逃げようとしていたっけ」


 リアンは椅子から立ち上がり、窓辺のカーテンをかすかに揺らす風へ視線を向けた。

 目に映るのは、まだ“自分の名前”を呼ぶ前の少女。

 自分が最初から最後まで彼女の世界の中心であり続けることを、彼女が理解するのは──さて、いつになるのだろう。


 その日が来るのを想像するだけで、胸の奥がわずかに高鳴った。


「ちゃんと教えてあげないといけないな。アリアを幸せにできるのは、俺だけなんだから」



 ──他の誰にも、アリアの隣は譲らない。


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