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この旦那、溺愛につき殺意高め。後編【1万PV記念】

 後日、私はリアンに呼び出され、ルクル、ララベルと共に繁華街の一角にある高級クラブを訪れていた。

 煌びやかな照明に飾られたエントランスを抜けると、案内されたのは明らかに高そうな内装のVIPルーム。

 壁紙は目に痛いほどの真紅。ソファはとても高級そうな黒革。調度品も一つ一つが品の良い装飾を施されている。

 眩いほどの内装に場違いではないかと、どうしても落ち着かずそわそわしてしまう。


(……本当にここで待っていていいのかしら)


 部屋中央にまるで座る者を選ぶ玉座のような風格を醸し出しているソファに、恐る恐る腰を下ろす。


「ここで働いてる浮気相手を紹介されるとかだったら、どっちを先にやります? やはりリアン様から? それとも女?」


 縁起でもないことをいうララベルに、隣のルクルがすぐに制止するような目を向けてきた。


「お前、それを兄様の前で絶対言うなよ? その内本当に刺されるぞ」


 冗談めかしていたが、妙に現実味のある声音だった。


 ほどなくして、ガチャリと扉が開き、リアン──ではなく、一人の見知らぬ男がふらつきながら入ってきた。


「誰ですの?」


 訝しげに眉根を寄せるララベル。

 ふらついている足取りからみるに、だいぶ酔っているようだった。


「おい……なんで女がいるんだ? あれか、他のが来るまでの繋ぎか……」


 男はアリアとララベルの姿を見て、ニヤニヤとイヤらしい笑みで近付いてくる。酒の臭いが部屋中に漂い、言葉も不明瞭。

 どうやらこの男は、この場の状況を完全に勘違いしているように思えた。


「……は? ちょっとお前、二人に近付くんじゃ──」


 ルクルが立ち上がりかけた、その瞬間だった。

 まるで雷が落ちたのかというような轟音と共に、男の姿がアリアの視界から消えた。

 代わりに目の前には、まるで舞台から抜け出してきたような絶世の美女が立っていた。きらびやかな巻き髪、スリットが深く入った流れるようなドレスライン。だが、そのターコイズブルーの瞳には確かに見覚えがある。


「…………リアン?」


 問いかけると、美女がにこりと笑って言った。


「そうだよ、アリア。待たせちゃってごめんね」


 美女から発せられるその声は間違いなく、私の最愛の旦那──リアンのものだった。


「い、一体どうなって……」


 状況についていけず目を白黒させながら別人──別人っていうか、性別すら違って見える旦那に問う。


「んー、端的に言うと国の上層部に怪しい動きがあってね。その調査中だったんだ」

「……その格好で?」

「この格好で」


 自信満々に頷くリアンに、私は言葉を失ってしまう。


「女性の方が色々と都合が良かったんだよ。俺が一番綺麗だし、適任だったってだけ」

「確かに綺麗だけど……なんか複雑な気分だわ」


 リアンの隣でそっと、腫れ物に触るかのように声を上げたのはルクルだった。


「そ、それより兄様……そいつ……」


 その視線は、リアンの右手に釘付けになっている。私もつられてそちらを見やるとそこには──


「きゃぁ!!?」

「……あぁこれ? 同じ部屋に入っただけで許せないのに近付くなんてとんでもないよね」


 今までリアンの顔や姿にしか目がいかなかったが、よく見ればその右手には先ほどの男性が頭を鷲掴みにされていた。

 しかもその男性の頭は割れたテーブルに押し付けられていて、ピクリとも動いていない。


(この重厚なテーブルが割れるほどの力で頭を叩きつけたの……?)


 考えただけでゾッとする。さっきの凄まじい音は恐らくこれが原因だったのかとあまり考えたくないことだが、妙に納得してしまう自分がいた。

 リアンに掴まれたままの男性の安否が心配になる。


「これが今回のターゲットの一人だよ」


 しれっと何でもないことのように言ってくるリアン。


「ターゲットをそんなにしちゃっていいんですか!!?」

「大丈夫。全部なかったことにすればいいだけだからね。アリアは心配しなくていいよ」

「それってやっぱり、あまり良くなかったってことではありませんか……」

「そんなことよりアリアに危害が及ぶかもしれなかったのが許せないんだよね。もし触られてたら、加減できなかったかも」


 さらりと物騒なことを言う夫に、念を押して問いただす。


「加減したの……? これで?」

「したよ? 頭蓋は割れてないでしょ?」


 それにしては、男性ちっとも動いてませんけど。割れてなければいいってものでもないと思いますけど。


「ちなみに私はアリアに触れる前にこれで殴ろうと思ってましたので、無罪ですわよ」


 そう言いながらララベルが持ち上げたのは、わりと大き目で重そうな酒瓶。それを構える姿が妙に堂に入っていて、逆に怖い。


「殴ろうとしてたの!?」

「ごく普通の防衛反応ですわ。罪があるとすれば、何も出来なかったルクル様ですわね」

「お前! 俺は一応止めようとしてただろ!!」


 焦った様子のルクルをリアンは冷ややかな目で一瞥する。


「とりあえずルクルはお仕置き確定として──」

「なんでだよ!」


 そんな会話を交わすうちに、店の奥から男の仲間と思しき男たちが数人現れた。いずれも目つきが鋭く、腰には剣。完全に臨戦態勢だった。


「アリアに触ろうとしてたやつの仲間だと思うと……殺したくなっ」


 物騒な言葉が聞こえてきたため、すぐさま流れを断ち切る。


「手加減して!!」

「……アリアがそう言うなら、仕方ないね」


 リアンは唇の端を綻ばせながら、ゆっくりと立ち上がった。

 ようやくリアンの手から掴まれたままだった男性が解放される。


「……それと、絶対に怪我しないように」


 その言葉にリアンの足取りがぴたりと止まる。振り返ったその顔には、いつもの柔和な笑みが戻っていた。


「うん。可愛い妻からお願いされたら、叶えるしかないね」


 そして静かに呟いた。


「──あー、妻が可愛すぎてどうしよう。これはこれで、ねえ……手加減、できなくなっちゃうかも」


 その一言に、アリアはぎゅっと額を押さえる。


「……ララベル。私の旦那様、殺人者にならないかしら……?」

「可愛い妻のお願いだから大丈夫じゃないですか? たぶん九割殺しくらいで留めてくれるでしょう。うっかりしなければ」

「うっかり……」


 うっかりで命を奪われたら相手もたまったもんじゃないだろう。

 もう一歩も動かない方が良さそうだと判断した私はソファに腰を下ろしたまま、目を閉じる。

 しかし耳を塞いでいるわけでもないので、嫌でも音は聞こえてくる。

 何かが壊れる音だったり、何かが砕けるような音だったり──リアンのではない悲鳴だったり。


 見なくても分かる。

 武器も持たず、華奢なドレス姿で敵を次々となぎ倒す“美女”の姿が脳裏に浮かんでくる。


 (……もうけして何も疑わない。特にリアンの心だけは絶対に)


 戦場の真っただ中の私は、そう固く心に誓ったのだった。



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