【監禁、ダメ。絶対。】母アリアの教育録
なんだかんだ甘々回。
匂わせ(?)有なので苦手な方ご注意。
結婚して十数年。
私は今、深く──深海ほどに深く頭を悩ませている。
(どうか、セラフには“普通の恋”をしてほしい)
けれど現実は、いつだって私の願いを、いとも簡単に裏切ってくるのだった。
「セラフ。──監禁は、ダメ。絶対」
まるで“薬物ダメ、絶対”の啓発ポスターのような調子で、私は言った。
目の前のソファに座る息子──セラフは、首を傾げて不思議そうに私を見つめてくる。
「母様?」
「貴方がリリィのことを大好きなのは、知ってるわ。でもだからって、閉じ込めるのはダメよ」
落ち着いて。冷静に。これはあくまで教育なのだから──
幼い頃からローベルト家の血筋の片鱗を見せつつあったセラフも、もう十歳。
ちょっとずつ道をズレないように教育はしてきたつもり。
けれど、はっきり言って……大した成果は得られていない。
この間も、従姉妹にあたるリリィに暇さえあればくっついていると、私の弟ルクルから苦情を受けたばかりだった。
(そろそろきちんと、直球に伝えなければ……!)
我が子を犯罪者にするわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせる私に、セラフは真剣な瞳で問い返してきた。
「……どうして? 父様の部屋には、母様のお部屋があるのに」
空気が凍った。
と、いうより──私が固まってしまった。
「なっ……なん、で、それを……っ!?」
なんとか言葉を紡ごうとするも、動揺しすぎて口が回らない。
驚きすぎて否定することすら出来なかった。
「見たいって言ったら、父様が見せてくれた」
「ッ……リアンーーーーッ!!!!」
「あはは、呼んだ?」
叫べば、原因であるリアンが書斎からひょいと顔を覗かせる。
彼は片手に何やら書類を抱えていて、仕事中だったことが窺えた。
それにしても……普段はかけない眼鏡がとても似合っていて、これはこれでとても格好良い。
(私の旦那様はイケメンが過ぎる……じゃなくて! 今はそんなことを考えている場合ではないの!!)
「呼んだ? じゃありません! なんっ……なんてことを貴方は!!」
怒る私に、リアンは悪びれもしない。
シラっととぼけたように首を傾げるばかりだ。
──その姿は、先ほど首を傾げていたセラフとそっくりで、なんだかとても小憎らしい。
「だって、見たいって言われたら見せたくならない? 親心じゃない?」
「だからって……! だからって!!」
私とセラフの会話はばっちり聞こえていたようで、涼しい顔でそう言い退ける夫に詰め寄ろうとしたその瞬間──
「あ、リリィと遊ぶ時間だ! じゃあまた後でね、母様!!」
頬にキスをひとつ落として、セラフは嬉しそうに駆け出していった。
それはもう父親にそっくりな天使のような無垢な笑顔で。
「…………また、矯正してあげられなかった……」
ソファの肘置きにもたれながら、がっくりと肩を落とす私。
いつからだろう。あの子の笑顔が少しずつ父親のそれに似てきた気がして、私は時々怖くなる。
“似てるだけ”なら良かった。でも、そうじゃない。
(芯の部分からあの子はリアンにそっくりだ──)
それが、どうしようもなく、愛おしくて、苦しい。
そんな私の頭を、リアンがそっと撫でてくる。
未だにこの人は、こういうことをしてくるのだ。
もう妹ではなく、れっきとした妻だというのに。
でもけして嫌ではない私はその手を退かすような真似はしない。なされるがまま、撫でられるがまま、だ。それが心地好くて安心する。
「まぁまぁ、なるようにしかならないよアリア」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
ため息交じりに睨んだところで、リアンには効果がない。
むしろその顔が可愛いとでも言いたげに、笑ってくる始末だ。
「やっぱり俺のせいかな?」
挙げ句の果てに、さっきセラフがキスを落とした場所に、上書きするように何度もキスをしてきて──
「……いい加減、息子に妬くのは止めません?」
本当にヤキモチ焼きな人だ。
息子にまで妬いてしまうのだから。
「んー、それはちょっと無理な相談かな」
あっさりと断られてしまう。
「困った人ね」
「ふふ、アリアの願いは何でも叶えてあげたいところだけどね」
何度かキスを重ねて満足したのか、リアンは私の頬をそっと撫でながら、静かに言った。
「アリアはさ、ドラゴンの求愛方法って知ってる?」
「ドラゴン?」
突然の話題転換に、私はきょとんとして首を傾げる。
この世界にドラゴンがいるのは本で読んだことがあるので知っていたが、実際に実物をお目にかかったことは無い。そしてその程度の知識なので別に生態に詳しくも無い。
「雄のドラゴンはさ、繁殖期が来ると、自分が選んだ番のために作るんだよ。その番にぴったりな巣を」
リアンが語ってくれたドラゴンは番に選んだ相手へと巣を差し出してプロポーズにするんだと、そんな話だった。
「ドラゴンが巣作りをして、愛しい相手に差し出すように、アイツも部屋を一つ作るだろうね」
「……監禁部屋は愛の巣とでも言いたいんですか?」
とんでもない例え話だ。
相手を閉じ込める部屋が“愛の巣”だなんて。
「俺がアリアを手に入れたように、セラフもリリィを手に入れるまで止まらないよ。それがローベルト家に生まれた者の宿命だからね」
「それは分かってますが……それでも私はセラフに、普通の恋愛をして欲しいのです」
それは母として普通の願いだと思う。
私はセラフに普通の恋愛をして、普通に結婚して、普通の幸せを築いて欲しい。
「……自分が酷かったから?」
少しだけ、ほんの少しだけ部屋の気温が下がった気がした。
「っ……!?!?」
「そうだよねぇ、可哀想なアリア。監禁されかけて……あとどうしたんだっけ」
心做しかリアンの声も低い。
リアンの方を見れば、彼はいつもの端正な顔立ちで──無表情のまま、じっと私を見つめていた。
「り、リアン、ちょっと……」
様子が違うリアンに制止しようとするも、ソファーの背もたれに両手を置かれ、彼の腕の中へ閉じ込められてしまう。
久しぶりに感じた──逃げ道が無くなる感覚。
「あぁそうだ、俺も“兄”を捨てて──君を手に入れるよって伝えて……」
「あ……ッ!!」
首筋にキスを一つ。
見なくても分かる。
噛み付くようなキスは確実に私の首筋にリアンの痕跡を残しただろう。
そのまま耳元で囁かれ、ゾワゾワとした感覚が背筋を走る。
「無理矢理、関係を迫ったんだったね?」
「ッ、リアン!!」
首筋を片手で抑え、もう片方の手ではリアンの口元を抑えて抗議する。
顔が熱い。
もう恥ずかしさやら何やらで泣きそうだった。
「アリア、顔が真っ赤だよ? 今セラフが戻ってきたら見せられないような顔してる」
クスクスと笑いながらもリアンは、抗議で抑えたはずの私の指をいやらしく甘噛みしてくる。
「んっ……もう! 貴方のせいでしょう!? 本当に性格が悪いですね!」
ソファーの上に足を乗せて、噛まれた指を胸元に抱え込むようにしてガードする。
多少はしたないがこの場合仕方ないと思う。
「それ、褒め言葉として受け取っていい?」
「ダメ!」
ふくれっ面で睨みつけても、やっぱりリアンは笑ってかわせてしまう。
「そもそも……無理矢理迫られてはいません。ちゃんと途中で解放してくれた……っんん!?!」
言いかけたところで、口を塞がれた。
柔らかな唇が重なり、舌が絡むような深いキスを落とされる。
濃厚な口付けはしばらく止めて貰えず、このまま彼の愛にどろどろに溶かされてしまうのではないかと思った時。
「……ねぇアリア、君は今幸せではないの?」
ふいに唇を離したリアンがそんな事を呟いた。
「閉じ込める事でしか愛を伝えられなかった俺は……君を幸せには出来ていないかな?」
苦しそうな声音。
途端にサッと身体中の血液が急激に冷えていく。
「ごめんなさい、不安にさせました……!」
私の──セラフに普通の幸せをというエゴが、確実にリアンを傷付けてしまった。
「私はちゃんと幸せですッ!!」
「知ってるよ」
間髪入れずに返される返事。
私から顔を背けたリアンの肩は小刻みに震えていた。
「……リアン、言わせましたね?」
私はまんまとはめられたのだ。
悔しいやら何やらで顔から火が出そうだった。
「可愛いなぁ、うちの妻は。……ねぇ、二人目とか欲しくなってこない?」
「……ほんともう、許して……」
胸の奥に熱が溜まるような感覚が広がって、頬が焼ける。
この人はいつだって、こうやって私を困らせて、翻弄して、でも──
(きっと、誰よりも私を愛してくれる)
……そんな風に思ってしまうから、また好きになってしまうのだ。
*****
──そしてその翌日。
あの後、リアンによって散々愛し溶かされた私には日課の散歩もやたらと辛く、それでもと頑張って外に出たはいいものの……やっぱり途中で断念していた。
庭にあるベンチに腰掛けながらぼんやりと空を仰ぐ。
風も程よく吹いていて気持ち良い気温だが、リアンから寄越された熱は未だに身体の中を燻っていて一向に引く気配は無かった。
「母様!」
しばらくそうしていると、ふいに遠くから聞こえてきた声。そちらへと顔を向ければそこには満面の笑みの息子がいた。
「セラフ?」
「僕ね、母様の言ってることが分かった気がする!」
ぱあっと顔を輝かせる息子に、私はほんの少しだけ期待してしまった。
「大事にするってことは、相手のことを尊重するってことだよね!」
「そう! そうよ、セラフ!!」
ようやく私の想いが伝わった、と思った。
「だから僕、リリィを見守ることにしたんだ!」
「……うん?」
伝わった?
「僕のお部屋にリリィの部屋を作るだけの力は、今の僕にはないでしょ? 頼んだら父様が作ってくれそうだけど、それは僕の力ではないし」
「……セラフ……?」
「だからそれは、もっと大人になってからにするって決めたんだ! でね、今できることを考えたら、見守るのが一番かなって!」
「…………見守る?」
「うん。僕、父様似で運動神経も良いし、視力も良いから余裕って気付いたんだ!」
「………せ、セラフ………」
「これなら守りたい時に、いつでも守れるんだよ! ちゃんと大事にもしてるし、リリィも自由にしてる! 僕、尊重できてるよね!? ね!?」
「…………」
絶句、である。
もう何も言えなかった。
「あ、そろそろ行かなきゃ! じゃあまた後でね母様!!」
玄関に向かって走っていく足音。
「アイツ、屋根登る気だよアリア」
見ていたのだろう、屋敷の廊下から窓越しにリアンが声を掛けてくる。
窓の外を駆けていく足音は、軽快で、まっすぐで、どこまでも自由だった。
あの背中を、私はいつか安心して見送れる日が来るのだろうか。
「ちょ、何処から見守るっていうの!? セラフ! ちょっと待ちなさーーいッ!!!!」
──私の想いは、やっぱり今日も届かない。
*****
着々と父親と同じ道を歩む息子とは別に、
「二人目出来たみたいなのですが……」
「うん、知ってる。アリアの事だからね。結構前から把握していたよ」
「把握しないで下さい。驚かせようと思ったのに」
もう一人の家族も増えたりなんかして。
なんだかんだで、歪ながらも幸せには暮らしているのでした。
血は強い。
お母さんは大変です。




