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その内、兄様の溺愛に溺れると思います。

 午後休み、私は自室で本を読んでいた。

 お昼を食べてからずっと夢中で読んでいたのに窓から入ってきた風がページをパラパラと捲り、とうとう読んでいたところが閉じてしまった。


「もう! せっかくいい所だったのに」


 風に文句を言っても仕方ないのは分かっているが、本当にいい所だったのだ。

 読んでいたのはメイドに勧められて手に取った恋愛小説。世間でも話題らしく、意外なほど面白くて気付けばすっかり夢中になっていた。

 貴族令嬢と王子様のラブロマンスというのはいただけないが、この王子様が本当に格好良くて素敵なのだ。ちょうど読んでいたのは、悪者に囚われた貴族令嬢を助け出すシーン。あまりにイケメンすぎて、思わずグッときてしまった。


「これは現代でも絶対にベストセラー入りする。間違いない……多分!」


 そう言い切って、私は窓を閉めた。

 これで読書の邪魔をする悪い風はいなくなった。

 先程まで座っていたソファに腰掛けると再び本を手に取る。

 ハードカバーの表紙には主人公である貴族令嬢とヒーロー役の王子様のシルエットが描かれている。


(この世界の王子もこの小説の王子くらい人格者なら良かったのに)


 私が心から望むのは、顔が良ければいい、じゃない。

 ちゃんと“まともな人”だったら……ただ、それだけで良かったんだけど。


(イケメンなのは確かなのだけれど。問題なのは性格ね)


 この世界の王子のことを思うと途端に気分が重くなる。続きを読むつもりで本を開いたけれど、読む気はすっかり失せていた。

 一つ深い溜息をついてから、私は本を表紙を下にしてテーブルの上へ戻した。



 私が“転生者”だと気づいたのは、七歳のときだった。

 最初はここが、かつて読んだライトノベルの世界だなんて夢にも思わなかった。


(孤児だったし、気付く要素もなかったのよね……)


 あの頃は、毎日お腹を空かせていた。

 生きているのが辛くて仕方なかった。

 前世の記憶があっても、言葉も体も幼い子どもにはどうすることもできなかった。

 何度か挑戦してみて、それから私は前世の知識を駆使して上手くいくことなんて、奇跡に等しいんだってことを思い知らされた。

「どうして私にだけ、こんな記憶を残したの?」って、神様を恨んだこともあった。


 そんな私を救ってくれたのが、リアンだった。

 その持ち前の優しさで、命の火が消えかけた私を拾ってくれた。

 ローベルト家の夫妻も、まるで野良猫を迎え入れるように、私を家族にしてくれた。


(あれよあれよという間に話が進んで、何がなんだか分からないままだったけど……)



 あのままだったら私は間違いなく死んでいた。

 命を救ってくれたこの家族には心から感謝している。

 血が繋がっていなくても、無償の愛は確かにあった。


「それから父様と母様が、名前のなかった私に“アリア・ローベルト”の名をくれて……」


 そうして私は、思い出した。

 義兄になった、“リアン・ローベルト”。

 その人が誰なのかを。


『イケメンな王子様はヒロインにだけ愛が重すぎる』


 前世に読んだあのライトノベル。

 誰からも愛されるヒロインと、彼女だけに深い執着を見せる完璧な王子様──。

 主人公の名前は、確かにリアンだった。


「どうしてこうなったのかしら……?」


 転生したこの世界はあの小説と同じようで、どこか歪んでいた。

 まるで“バグ”みたいに、ところどころが違っている。


「何が?」


 ポツリと漏らした独り言に返事が返ってくるなんて思っていなくて、少し驚いた。


「あら、ルクル」


 振り返ると一体いつの間に来たのか、そこには義弟の“ルクル“が立っていた。

 私の独り言をばっちり聞かれていたようで、どこか呆れたような顔をしている。


「また読んでたの? 昨日も夜更かししてたくせに」

「いいじゃない。私の趣味なんだから」


 かつて雛鳥のように私の後ろをついて回っていたルクルも、十五歳。

 すっかり成長して、身長も越されてしまった。

 顔つきも大人びてきたけれど──。


(この髪だけは、あの頃のままね)


 私は手を伸ばし、ルクルのふわふわした金髪を撫でる。


「な、なんだよ」


 文句を言いたげな声。けれど、頭はちゃんと差し出してくれる。

 耳まで赤くして目をそらす姿が可愛くて、つい笑みが零れた。


(私の弟はなんでこんなに可愛いんだろう)


 指通りの良い髪を楽しみつつ私は疑問に思っていたことを聞いてみる。


「ルクル、今日の授業は終わったの?」


 この時間はいつも剣術の授業を兄様に受けていたのではと首を傾げる。

 終わる時間にしては少しばかり早い。


「当然。兄様もすぐ来ると思うよ」


 ルクルの言葉が終わるか終わらないかのうちに、大きな音を立てて勢いよくドアが開いた。


「アリア!」

「きゃあ!?」


 次の瞬間、私は宙に浮いていた。

 視界がぐるんと回り、お姫様抱っこされた状態でリアンの腕の中に収まる。


「……兄様。いきなりは驚くから止めてと何度言ったら分かるの。ソファの後ろから抱き抱えるなんて器用なことしないで」


 ドキドキとまだ心臓が早鐘を打っている。

 これはお姫様抱っこにときめいてとかそういう話ではなく単純に驚いて、だから。

 突然ジェットコースターに詰め込まれたようなもんだから。


「ごめんね、我慢出来なくて。でもびっくりしているアリアも可愛いよ」


 一つ微笑むだけで国が傾く──そんな噂まで立つほどの笑みを、私に向けてきた。

 おまけに額にキスまでしてくる始末。ファンサービスが過ぎる。


(こんなところを誰かに見られたら、またファンクラブの女の子達に殺意を向けられそうね……)


 リアンの行為はいつもの事なのでもう慣れたものだけれど、リアンももう二十二歳。そろそろ結婚相手を見つけてもおかしくない、むしろ遅過ぎるくらい。

 そういった事情もあり、最近のリアンファンクラブの子達の行動はやたらと過激化していた。

 特に私は義妹で本当の妹ではないこともあって、当たりはとても強い。

 一人で外に出ることもままならないレベルで、そろそろ本気で毒でも盛られるんじゃないかと、最近はお茶を飲むのにも慎重になっている。


「兄様、私ももう十七歳よ。いつまでもこういうスキンシップは──」

「うん?」


 私の言っている事を理解しているのかいないのか、リアンは笑顔を絶やすことは無い。


「そうだね。もう十七歳の立派なレディーに育って俺も嬉しいよ」

「いや、話聞いてます?」


 そう答えるリアンは私を抱えたまま、ソファーへと腰掛けた。

 元々私が座っていたソファーだ。

 そこにリアンが座って、その膝の上に私を横向きに座らせてくる。まるでお人形のように。

 退こうにも両腕をしっかりと私の腰に回して逃げられないようにされているから、本当にタチが悪い。

 試しにその手を外そうと力を込めてみるもビクともせず、私は早々に外すことを放棄した。


「……困ったわ、ルクル。兄様に話が通じない」

「そんなの今に始まったことじゃないだろ」


 お手上げ、と両手を上げるルクル。ルクルは可愛いけれど、助けてほしい時には少しも役に立たない。


「ねぇ兄様になんとか言ってくれない?」

「兄様に意見したら……俺、次の日から姿消えるかも」


 今度は心底ゾッとした表情で後退りされた。何故なの。


「リアン兄様」


 すぐ近くにあるリアンの顔を仰ぎ見る。

 リアンはふっと息を漏らすように笑い、私の髪に唇を寄せながら囁いた。


「どうしたの?」


 子猫を愛でるかのように私を撫でているリアンの機嫌はとても良さそうに見えた。


(本当に、どうしてこうなっちゃったのかしらね……?)


 バグとしか思えない現象の一つ、それがこのリアンの存在だった。


(こんなリアン、前世で読んだあの小説には絶対に登場してなかった)


 性格が違うとか、そういう些細な問題ではない。


 あの前世で読んだ小説でのヒロイン──“リアン・ローベルト“はヒロイン……ではなく、何故か男性になってしまっていたのだった。


 しかも義妹を誰よりも溺愛する兄として。


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