ルクル視点・姉様の婚約破棄事件簿【5000PV記念】
累計5000PV記念SS。
実は裏で起きていたこと。
これは、かつて俺が“姉様の幸せのため”に奔走した地獄のような──そして無意味だった──数日間の記録である。
始まりは、ある日の昼下がり。
珍しく兄様のほうから話しかけてきたので、嫌な予感はしていた。
その時点で、俺は逃げるべきだったのだ。
「ルクル。お願いがあるんだけど」
「……い……嫌だ」
「ありがとう、そう言ってくれると思ってた」
あああやっぱり通じねぇ!!!
毎度のことながら、兄様との会話には“選択肢”が存在しない。
どれだけ抵抗しようが、「分かりました」「了解」「貴方に従います」のルートに自動で飛ばされる仕様らしい。
(こうやって兄様が頼んでくる時は、大抵ろくなことにならないんだよ……)
なのに、俺には拒否権などないときたもんだ。弟とはかくも辛い生き物である。
「……俺に、何して欲しいの?」
渋々そう口にすれば、兄様はにっこりと満足げに微笑んだ。
──それは美しかった。
あまりにも完璧で、絵画のように整った微笑みだった。
(ほんと顔だけはいいな、この人)
うちの母親似である兄様はこれまたとんでもなく顔が良い。
どのくらい良いかというと──……一国の王子を虜にするくらい?
けれど俺は知っている。
この人の笑顔は、油断した相手を一刺しで仕留める“罠”だってことを。
「ねぇなんか失礼なこと考えてない?」
「まさか! とんでもない!」
一瞬真顔になる兄様に慌てて頭を振って否定する。
危ない危ない、心を読まれたのかと思った。
「そんな事より頼みたいことって?」
俺がそう聞き返すと、兄様はふふっと小さく笑いながら紅茶をまず一口。
その後にとんでもないことを言い出した。
「あぁ、君さ、アリアに相応しい婚約者を探してきてくれるかな?」
「……え?」
一瞬、時間が止まった。
心の中で、もう一人の俺が「兄様がバグった」と叫んでいた。
意味が分からない。全く理解できない。
「そ、それは……つまり、“兄様ではない”婚約者を? 姉様に?」
「そうだよ」
あまりにもさらっと言ったせいで、聞き間違いかと思った。
でも兄様はいつも通り、平然と紅茶を注いでいる。動揺の“ど”の字もない。
この兄様が?
姉様に?
別な男を?
「じょ、冗談……?」
「これからアリアが父さんに話を持っていくと思うから、ルクルもその場に参加して。良さそうな人を勧めてやって」
「…………本気?」
思わず首を傾げる俺。
兄様が俺のことを嵌めようとして頷いた瞬間「ドッキリ大成功」とか言われたり?
もしくは頷いた瞬間、「これはお前を騙すための罠だよ! 俺がアリアに他の男をあてがうわけないだろ!!」ってズバーッと斬られるとか?
……でも、そんなことは起きなかった。
「うん。アリアは君には心を開いてるからね。アリアからの信頼の厚い君が探してくれるのが一番だと思ったんだよ」
──おかしい。
言葉の内容はまともなのに、背筋が凍るのはなぜだろう。
(……いい事言ってるような気がしないでもないけど……)
満面の笑みで言葉とは裏腹な“殺意”を滲ませてくる兄様に俺は混乱が止まらなかった。
訳が分からないまま、俺は言われた通り姉様の婚約者探しに奔走した。
(よく分かんないけど……兄様が認めてくれるなら、姉様も普通の幸せを手に入れられるのでは?)
そうも思ったから。
兄様は良い男だけど、残念なことに性格が破綻してるからな……浮気とかは絶対ないだろうけど。
姉様が苦労するのは目に見えて分かってる。
だったら普通の他の男と結ばれて幸せになってくれたらいいな、と。
…………。
(そう思っていた時期が俺にもありました……)
兄様も全面的に協力してくれる“ふり“をしてくれた。
協力してくれる、じゃない。
協力してくれる“ふり“だけどな。
俺がそれから三人の候補を紹介するたびに──
一人目:「運命の相手を見つけてしまったんです」
二人目:「本物の愛とは何かに気付いてしまった」
三人目:「愛の逃避行。連絡取れず」
……な ん で だ よ !?
三人が三人とも、ほぼ同じ理由で同じタイミングで“消える”って、どういう確率だよ!?
こっちは真面目に姉様の幸せのために動いたっていうのに……!
「いやいやいやいや、おかしいでしょ!? 全員同じタイミングで消える!? 絶対兄様のせいでしょ!?」
「どうしてそう思うの?」
「心当たりしかないからだよ!!」
過去を振り返ってみても、兄様が関わった出来事に“偶然”なんて単語は存在しない。
狙ってやってる。確実に。というか絶対。
「ルクル……君、他の男にアリアを渡せると思ってたの? それが一番びっくりだよ」
うわ、心底引いてる顔。
なんでこっちが怒ってるのに、“残念な弟を見るような目”されなきゃいけないの!?
「……………………俺に姉様の婚約者を探させた理由は?」
「……情報が得やすく、簡単に潰しやすいから?」
「だと思ったァ!!」
そう言いながら頭を抱える俺の中で、何かがぷつんと音を立てて切れた。
「……兄様、まさか。本当にまさかなんだけど……」
「何かな? ルクル」
「……俺に紹介してきた女性陣、姉様の婚約者候補にあてがうつもりで……」
「おっとルクル、そこに虫が」
──バシュッ。
気付けば俺の足元に、万年筆が突き刺さっていた。
図星もいいとこだった。
「……兄様に紹介されたのって国からですよね? もしこれがバレたら、最悪“反逆”と──」
「あはは、やだなぁルクル。俺がそんなヘマするわけないだろ。そもそも彼女たちは“自分で選んだ”んだよ」
この人、ほんとにもう……色々と終わってる……。
──俺はこの日、リアン兄様に勝てる人間など存在しないと、心の底から悟った。
最後に、姉様が「ごめんね、ルクル。手間をかけさせて」と優しく微笑んでくれたのが唯一の救い──
……にはならず。
(……姉様のために頑張った俺を、誰か。せめて誰か一人だけでも、褒めてくれ……!)
その夜、俺はクッションに顔を埋めて、本気で泣いた。
──ここだけの話だ。
たくさんの感想、ブクマ、PV等本当にありがとうございます!
最後まで見て下さった読者様に感謝の気持ちを込めて。




