兄ではなく、リアンとして。
兄様の愛情が、少しだけ普通じゃないこと。
本当は、ずっと気づいていた。
けれど私は、それに違和感を覚えながらも、ただ甘えてしまった。
それがどれほど都合のいい態度だったか、今なら痛いほど分かる。
私の曖昧な態度が、リアンを、ここまで歪めてしまったのかもしれない。
リアンの感情が本当はどんなものなのか、聞くのが怖かった。
だから私は、一番楽な道を選んだ。
“妹”でいれば、何も問わずに、傍にいられるから。
私は“家族”という枠に、リアンの愛を無理やり押し込んで、見なかったふりをした。
──この人は、最初からずっと、私を“妹”としてだけ見ていたわけじゃなかったのに。
きちんと、答えを出さなければ不誠実だ。
「……兄様」
しばらくの沈黙のあと、私はそっと口を開いた。
深呼吸を一つ。
私の答えは決まった。
「いえ、リアン」
呼び方に迷って、けれど覚悟をもってあえて名前で呼び直す。
その一言で、リアンの腕が微かに強張るのが分かった。
「私、まだ答えを出せません」
「……うん、分かってるよ」
静かな返事。否定も責めもなかった。
(これが、きっと最後の分かれ道。ここで曖昧にしてしまえば、リアンも私ももう戻れない)
全然まとまらない気持ちの中で、それでも私は言わなければならない。
「今は……気持ちがぐちゃぐちゃで、うまく考えられないの。このまま答えても、私もリアンもきっと後悔する。だから」
言葉を選びながら、ゆっくりと伝えたつもりだった。
けれど心臓は激しく脈打っていて、喉の奥がきゅっと縮む。
「だから、少しだけ時間を下さい」
ほんの一瞬の静寂のあと、リアンが口を開く。
「……別に俺にはこのままアリアを閉じ込めてくって選択肢もあるんだけど、それについてはどう思う?」
それは冗談のような口ぶりだった。
でもその目には、一片の冗談すら浮かんでいなかった。
(……この人は本当に、やりかねない)
“兄様”ではないリアンを私はまだ受け止めきれていないのだと痛感するが、ここで負けてはいけない。
「そ、それはちょっとズルいと思うのよ。……やっぱり、ちゃんと向き合いたい。リアンの気持ちも、私の気持ちも誤魔化したくないの」
思わず声が上ずってしまったのが、自分でも分かった。
けれど言わずにはいられなかった。
私もきちんとリアンの本気の想いに応えたいのだと。
これ以上、不誠実な事は絶対にしたくなかった。
「これって……どっちがズルいのかな。俺はアリアの方が遥かにズルいと思うよ……」
やがて、抱き締めた状態のまましばらく無言だったリアンが私の肩に頭を乗せて深い溜め息をつく。
ポツリと呟く彼の声は静かでどこか拗ねたような、そんな雰囲気が滲んでいた。
「ちゃんと考えますから!」
畳み掛けるように言う私の最後の言葉は、叫ぶようになってしまった。
頭では冷静に話したいと思っていたのに、胸の奥から溢れ出した感情は止められなかった。
リアンがふっと細い息を吐く。
「──考えてくれるのは、嬉しいけどさ。それって、遠回しに“ここから出して欲しい”って言ってるよね?」
苦笑混じりに、そしてやや呆れた様子で言われてしまう。
「はい! 外に出られればもっと冷静に考えられるかもしれません!」
「うーん……閉じ込めてた方が、俺的には安心だし。何かと手っ取り早い気がするんだけど……」
「兄様……じゃなくて、リアン!!」
彼の名を呼ぶと、リアンの顔がふっと和らいだ。
こんなとき、ちゃんと冷静でいたいのに。
名前を呼ぶだけで、どうしてこんなに胸が騒ぐのだろう。
彼の気持ちに向き合いたいと願うたび、私の方が揺れてしまいそうになる。
「アリア」
今度はリアンが私の名前を呼ぶ。
その直後、優しく私の額へそっと羽のように軽い口付けを落とす。
「っ……!?」
頬が熱を帯びる。
心臓がうるさく跳ねた。
額に触れた唇は、ただ──温かくて、優しかった。
でもその優しさが、余計に心を乱す。
額に口付けなんて今まで何度もされた事があるし、私もした事があるというのに。
(これは兄のキスなんかじゃない……!)
ちゃんと分かる。分かってしまう。
「仕方ないな。俺は……どこまでもアリアに弱いからね」
そう言って微笑む彼は、どこまでも真剣で狂おしいほどまっすぐだった。
私はその視線からいつまでも目を逸らすことが出来なかった。
次回ラストです。
15時更新。




