弟としては、どちらにも幸せでいて欲しいと思うよ。
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……あーあ、早まったかな俺。
姉様を外に連れ出したのは、ほんの気まぐれだった。
それがまさか、あんな風に“見つかる”とは思っていなかった。
(男はダメだよなぁ……兄様にとって特大の地雷だもんなぁ……)
姉様を迷子にさせたのは完全にわざと。
きっと一人にすれば兄様のファンが寄ってきて姉様にかけられた魔法が発動するだろうなとは思ってた。
俺の考えでは、魔法が発動すれば後は兄様が駆け付ける流れだった。
予想外だったのは魔法を発動させてしまったのがよりにもよって”男”だったってこと。
姉様にはこんなにヤバめな魔法が掛けられてるんだぜ、これって正常?
(……って、ただ知らせたかっただけなんだけどな。完全にやっちゃった感あるな……)
そんな状況を作る手助けをした俺はきっと後で兄様に思い切り絞られるだろう。
(俺の考えや行動も全部バレてるだろうし……)
それを考えると今からだいぶ気が重い。
ただ、俺としても別に姉様を危険な目に合わせたかった訳ではない。
いつまでも兄様の”異常性”に気付かない鈍感過ぎる姉様にもいい加減、現実を知ってもらった方がいいと思っただけで。
(鈍感──って言葉じゃ片付けられないか、あれは)
俺には兄様が溺れてしまう程の愛情を姉様に与え、また姉様は同じような愛情を返してるように見える。
決して兄様を疑わぬよう、ある意味洗脳にも近いそんな盲信的な愛情を。
「我が兄ながらドギツイ事してるよなぁ……」
それに捕まってしまった姉様はご愁傷さまとしか言いようがない。
(しかし、姉様が兄様から離れたいなんて言い出すとは思わなかった)
が、少し考えてみるとその考えが間違っていたことに気付く。
「……でもまぁやるか。兄様のためだもんな」
兄様のために、離れなきゃいけない。なんてそんなことを考えてそう。
きっと姉様は自分でも気付かぬまま、兄様の為だけに身をすり減らすんだ。
「可哀想な姉様」
これからもきっと兄様の優しい鳥籠の中で大事に大事に飼われるんだ。
(自分が不自由な事に気が付かないまま──)
今頃、姉様はきっとあの部屋だろう。
兄様が作っていた、“姉様だけの鳥籠”。
普通に考えて狂気だし、俺には大事な人を閉じ込めておきたいなんて衝動は無いから理解は出来ない。
けれど兄様にとってはそこが”一番安全な場所”。
「宝物みたいに大事にしまい込んで、兄様はその後どうするんだろうなー……」
俺は溜息を吐きながら、自室のソファに腰を下ろす。
何をどう取り繕っても、兄様から姉様への感情は……家族愛の域なんかじゃない。
執着。所有欲。依存。そして、恋情。
姉様が何も気付かないままなら良かった。
けど──ほんの少しでも“外”に意識が向いた瞬間、兄様の中で張り詰めた何かが切れるのは時間の問題だった。
コップ一杯の水が今にも零れそうな、そんな常にギリギリの状況。
それが今日、破綻した。
いつかはこうなるって分かってたから別に驚きはしないけど。
「……助けに入った男二人がな……アレはダメだったよな……」
もし彼らが少しでも姉様に好意を抱いていたら……兄様は笑って、静かに殺してたかもしれない。
文字通り、跡形もなく。
俺は小さく頭を抱える。
けれど──もう誰も、止められないだろう。
だって、兄様はずっと前から準備してたんだ。
姉様が誰かの元へ行こうとした時、その足を止めるための“手段”を。
(自分の籠の鍵を姉様は兄様から奪い取れるかな)
もうこの流れは止まらないし、止められない。
優しい兄の仮面の下に隠された、あの異様な“愛”。
それを、受け止められるのか──それとも、壊れてしまうのか。
「俺はさ、いくら歪んでても兄様も姉様も大好きだからさ……二人には幸せでいて欲しいんだよな」
独りごちて、俺は目を閉じた。
願うように。祈るように。




