彼女のインドの言語の表記との出会い(その1)
話は彼女が翻訳を始める前に遡る。
デヴァーナーガリー文字との出会い
アニヤは、父親が都市から持ち帰ったヒンディー語の初等読本を開き、深い興味を抱いた。देवनागरी——デヴァーナーガリー文字は、彼女にとっては全く新しい体系だった。かつての田中一郎として英語や多少の中国語には親しんでいたが、この曲線的な文字はまったく未知の領域である。
彼女はまず、基本の母音から学び始めた。अ(a)、आ(ā)、इ(i)、ई(ī)——一つ一つの文字が、日本語の母音とは異なる響きを持っていることに気づく。特に注目したのは、子音に母音が結びつく際の「母音符号」の体系だった。क(ka)にा(ā)が付くとका(kā)となり、ि(i)が付くとकि(ki)となる。この規則性は、ある意味で日本語の仮名に似た合理性を感じさせた。
「なるほど、子音の字自体にはデフォルトでअ(a)の音が含まれていて、それ以外の母音を付加する時にマトラ(母音符号)を使うのか」
彼女はノートに書き写しながら呟く。प(pa)、पा(pā)、पि(pi)、पी(pī)——そして、唇音、歯茎音、巻き舌音と、発音の位置によって整理された子音の数々。त(ta)とट(ṭa)の違いのような、日本語にはない音の区別に、最初は戸惑いを覚えつつも、その体系的な美しさに次第に引き込まれていった。
村の子どもたちが外で遊ぶ声が聞こえる中、アニヤは静かに文字と向き合う。この文字をマスターすること——それが、彼女の「翻訳」という野望への第一歩だった。かつて商社マンとして新しい市場を開拓した時のような、わくわくする感覚が蘇る。このデヴァーナーガリー文字が、やがては谷崎潤一郎や太宰治の世界をこの地に運ぶ架け橋となるのである。




