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明希の店

フローライト第八十二話

夏休み間近、朔が「お店に連れて行って欲しい」と言ってきた。店とは明希が利成から任されている店で、アクセサリーの店だが、利成の絵も数点販売しているのだ。


「いいよ」と美園は答えた。店の場所だけ教えることもできたが、美園は今までの朔の行動が面白かったので、退屈しのぎについていくことにした。


 


金曜日は明希も店に出ているので、学校帰りにそのまま寄った。店の扉を開けるとスタッフの一人がそばにいて「いらっしゃいませ」と言った。けれど美園の顔を見て「あっ」と言ってから笑顔で頭を下げた。


美園も頭をさげて「こんにちは」と言った。


「明希さんは奥だよ」とそのスタッフの女性が教えてくれた。


「ありがとう」と言って歩いていくと、そのスタッフが美園の後ろからおどおどとついてくる朔の方をチラッと見ていた。


 


「明希さん」と店の奥にあるスタッフの部屋を開けると美園は声をかけた。明希が振り返って「あら、みっちゃん」と笑顔になった。


「対馬に利成さんの絵を見せてあげて」と美園が言うと「あ、対馬君、来てくれたんだね」と笑顔で朔の方を見た。朔が照れくさそうに「こんにちは」と言った。


利成の絵は店内に飾ってあるのと、倉庫に数点あった。朔はまず店内の絵を見始めた。美園は朔が絵を見始めると長くなるのを知っていたので、スタッフの部屋で新作だというアクセサリーを見せてもらった。


「これ、綺麗」と美園は青色の石がついたブレスレットを手に取った。


「サファイア?みっちゃん、九月生まれでしょ?誕生石だよ」と明希が言う。


「そうなんだ」と美園は腕につけてみた。


「似合うね。買ってあげようか?」と明希が言った。


「え?いいの?」と美園は明希を見た。


「いいよ」と明希が笑顔になる。「そのまま付けていったら?」といわれてブレスレットをつけて美園は店内に戻った。


「あれ?対馬は?」と店のスタッフに聞くと「倉庫にいるよ」と言われる。倉庫といってもただの部屋でさほど広くはないが、店内に置けないものを一時的に置いていた。


美園が倉庫のドアを開けると、利成の絵の前でじっと座っている朔が見えた。


「対馬、そろそろ行こう」と美園は声をかけた。


「天城さん、これいくらかな?」と朔がその絵を見つめたまま言った。


「さあ?聞いてみる?」


「うん・・・」と言う朔。


美園は倉庫を出て店にいたスタッフの女性に「あの倉庫の絵っていくら?」と聞いた。スタッフの女性は「どれ?」と一緒に倉庫に入ってくる。


「これ?」とスタッフの女性が絵を見つめた。そして「値段は私たちがつけてないんだよね。天城さん本人か明希さんがつけてる」と言うので、美園は今度は明希を呼んできた。明希は絵を見て「あ、これ?利成も気に入ってるのなんだよ」と笑顔で明希が朔を見た。


その絵はやっぱり抽象画で、どこかダークな中に見え隠れする弱さと強さ・・・。そんな絵だった。


「んー・・・難しいな・・・。対馬君、これ気に入ったの?」


「はい」と朔がうなずいている。


「今度利成に聞いて置くね」と明希が言い、その日はとりあえずそのまま店を出た。


外はもう暗くなりかけていた。美園は「真っ直ぐ帰る?」と聞いた。


「真っ直ぐとは?」と朔が首を傾げた。


「あ、真っ直ぐ家に帰る?」


「真っ直ぐじゃないけど、俺の家」とまたわけわからないことを答える朔。


「あー・・・こないだのスケッチブック、一冊あげようか?」と美園が言うと「えっ?!ほんと??!マジ?!」と急に興奮し始める朔。


(何かやっぱり面白いな)と美園は朔を見ながら思った。


自宅のマンションにまた朔を連れて帰った。咲良が見て「あれ?」と言う。


「利成さんのスケッチブック、一冊あげることにしたから」と美園は真っ直ぐ朔を自分の部屋に案内した。


四冊ほどもらったスケッチブックを取り出し、興奮している朔の前に置いた。


「どれか選んでいいよ」と言うと「ほんとに?!」とスケッチブックを開き始めた。


ベッドに座ってその様子を美園は見下ろした。朔は一枚一枚丁寧にスケッチブックをめくっている。


(指、長いな・・・)と美園は朔のその手を見て思った。


一冊見終わってもう一冊に手をかけるときに、朔が急に美園の足を見た。美園は朔の目の前で足を組んでいたのだ。朔が急にじっと美園の足を見てくるので「何よ?」と美園が言うと「あ、い、いや」と焦ってまたスケッチブックを開き始めた。


(もしかして、足に見とれた?)


美園は朔から性的なエネルギーを感じた。


(対馬でもそういう気持ちあるんだな)と少し面白い思いを抱いた。


美園は立ち上がって制服のリボンを外して着替えを持って、朔からは見えないクローゼットの影に隠れて着替えをした。着替え終わって出て行くとバチっと朔と目が合った。どうやらこっちを気にしていたらしい。あんなに集中して今まで利成の絵を見ていたのに、急に注意散漫になって挙動不審になっている朔が面白かった。


なので調子に乗ってまた朔の前で足を組んだ。今度は短パンだったのでばっちり足が見える。朔が焦って唾を飲み込んだのがわかった。


(何か対馬って面白すぎ)と笑いたいのを美園はこらえた。


「決まった?」とわざとシビアな声を美園は出した。


「え、えーと・・・」とまた焦っている。どうやら自分の足が気になって集中出来てなかったらしい。


「まだ?じゃあ、私が選ぼうか?」と美園は朔の前に座った。スケッチブックをのぞきこむふりをして、今度はわざと胸が見えるようにかがんでみた。案の定、朔が気が付いてじっと見つめてくる。


「どこ見てるのよ?」と咎めるように美園が言うと朔が「ご、ごめん」と焦ってうつむいた。


(もう、面白すぎ)と美園は笑いをこらえた。


「ねえ、対馬って彼女いる?」と絶対いないとわかっていて美園は聞いた。


「いないよ」と答える朔。


「そうなんだ」と美園は朔の顔を見つめた。朔が焦ってスケッチブックの方に視線を向ける。


「じゃあ、女の人に触ったことないの?」と聞いた。


「な、ないよ」と朔が焦っている。


美園はだんだんいたずら心が出てきて朔に言った。


「触りたい?」


「えっ?!」と朔が美園の顔を見た。


「触ってみたい?」ともう一度聞いたら「う、うん」と顔を赤らめて朔が言った。


「じゃあ、どうぞ」と美園は足を投げ出して見せた。朔が息を飲むのがわかった。


朔が美園の素足に手を伸ばしてくる。そのまま朔の右手が美園の膝のあたりを触った。


「どんな感じ?」と美園は聞いた。


「・・・何か不思議な感じ」


「不思議?」


「うん、他人の皮膚って・・・こういう感覚なんだね」


「・・・・・・」


朔の手が太ももを撫でてきた。それと同時に身体も前のめりになってくる。そのまま様子を見ていると、朔の手が太ももからどんどん上に上がってきた。


「はい、ストップ」と美園は朔の手の甲をつねった。


「調子に乗らないで」と美園が言うと「ご、ごめん」と朔が真っ赤になった。


 


スケッチブックを一冊選ぶと帰ると言って朔が立ち上がった。玄関に行くと咲良が「もう遅いけど大丈夫?」と言った。


「大丈夫です」と朔が答える。


「駅まで送る」と美園も一緒に表に出た。


二人とも無言で夜道を歩いた。チラッと朔の方をみても、朔は真っ直ぐ前を向いたまま黙々と歩いている。手には大事そうに利成のスケッチブックを抱えながら。


「対馬はどうして利成さんの絵を知ったの?」と美園は聞いてみた。


「・・・ネットで」


「そうなんだ。それでいいと思ったの?」


「うん、すごく衝撃的で・・・雷に打たれたみたいになって・・・」


「へぇ・・・」


「天城さんの絵は・・・天城利成さんの真似てるのが多いよね?」と朔に言われて「えっ?」と美園は驚いた。今までそんなこと考えても見なかったし、そんなつもりもなかった。


「どうしてそう思う?」


「んー・・・天城利成さんが好きで・・・無意識にそうなってるって感じがしたよ」


「えーそう?」


「うん・・・」


美園は驚くと同時にやたら新鮮な気持ちで朔を見つめた。今まで美園に対してそんな風に言う人はいなかった。利成でさえそんな風には言わなかった。


(真似だなんて・・・)


「フフッ」と美園は少し笑った。何だかおかしくなった。朔が怪訝そうにこっちを見ている。


「あ、もう駅だね。じゃあ、また」と美園は駅が見えて来た辺りで踵を返した。朔が「うん」と返事をして駅に向かって走って行った。


 


部屋に戻ってから美園は広げたままになっていた利成のスケッチブックを片付けた。それから自分の足を見つめてみた。あんなに前のめりになって触ってきた朔を思い出す。


(ずっと退屈だったけど・・・ちょっと楽しくなってきた)と美園は思った。

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