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ルタの反逆!?


「ルタ、どうしたんだ」

「どうしたも、こうしたも。お嬢様こそ、何を呑気にオーウェンの者などに心を許しているんですか」


 ルタは軽く腰を上げて、フェリチェを庇うようにした。


「過去、我らフェネットを最も苛烈に迫害し、種の根絶まで目論んだのは、オーウェン王国だというのに!」


 イードとギュンターも、寝耳に水の様相だ。


「知らずとて、驚きはしませんよ。歴史を都合よく書き換えているのでしょう。人間のやりそうなことです」


 人族と異なる容姿に嫌悪を抱いて、或いは美しい被毛を妬んで、かの地の民はフェネットに酷い仕打ちをしたとルタは声を荒らげる。

 住処を追われ、時には言われのない罪を着せられ投獄された同朋が幾千といたという。海の裏側まで逃げ延びた生き残りが根を張ったのが、アンシア公国のフェネットだ。


「落ち着け、ルタ。アンシアとフェネットが手を取って、もう二百年も経つんだぞ。イードに、どう関係がある」


 座学は退屈だと言って、後回しにしてきたツケがここで回ってくるとは……と、ルタは大きなため息をついた。


「個人の問題ではないんです。お嬢様は、里の者たちに殺戮者の末裔を、婿として紹介できますか?」

「そんな言い方っ……」

「とにかく。このご縁、結ぶわけにはいきません。お嬢様はアンシアに戻って、改めて歴史の勉強をする必要がありますしね」

「えっ、ルタ……うわっ!?」


 椅子からフェリチェを抱き上げて、ルタは戸口へと向かう。さすが身体能力の高いフェネットの中でも、姫の護衛を務めるだけあって、動きが相当に素早い。

 引き止めるギュンターの手もかわし、あっという間に扉を開いた。

 フェリチェが子供の頃から読んできた絵巻で、姫を連れ去るのは、王子か賊と相場が決まっている。

 だが今フェリチェを連れ出そうとしているのは、ずっとそばにあって、信頼してきた護衛のルタなのだ。


 表から差し込む夕陽に照らされたルタの頑なな横顔と、こんな時にも落ち着き払って追い縋ってくる様子もないイードを、動転したフェリチェは交互に見つめることしかできずにいた。


 ルタの脚が表へ踏み出されるという時、それまで黙っていたイードが、やたらに落ち着いた声を発した。


「チェリ。初めて会った時に、俺が掛けた言葉を思い出せる?」


 ルタに抱えられたまま、フェリチェは扉の向こうを見やる。

 ちょうどこの家の前で、酔漢に襲われていたところを助けられたのが、イードとの出会いだ。ルタにだけは手紙で伝えた。その時に初めて聞いたイードの声が、ルタに似ていて安心したことも――。

 だが、その時の言葉が何であったのかまでは、教えていない。


――……獣人の子。もし俺の声が聞こえたなら……――


 フェリチェははっとして、あの時のように鼻と口を覆う。イードが満足げに頷いて、懐から出した何かを戸口に向かって投げつけた。

 狙いを定めて飛んでくる物体を、ルタは咄嗟に手で払う。視界の端に捉えたそれは小さな麻袋で、口をゆるく結んであった。

 叩き返した衝撃で結び目が解け、中のものがわっと広がる。ルタの頭上から降り注ぐ粉のようなもので、戸口はもうもうと煙り始めた。


 少しして煙った視界が晴れると、呼吸を堪えたフェリチェは、扉にもたれるように自分の足で立っていた。

 ルタは、その足元に蹲って小さく震えている。自力で立ち上がれないどころか、そうしているのもやっとのようで、地に両腕を突っ張って、何とか倒れないようにしている様子だ。


「ごめんよ、ルタさん。こういうこともあろうかと思って、用心はしていたんだ」


 猫に木天蓼(マタタビ)というように、猫系獣人が反応する植物がある。半分は猫に近いフェネットに同様の効果を期待して、イードはその粉末を痺れ薬の代わりにしたという。


「効かなかった時と、抵抗された時のためにも、ギュンターを呼んでおいたんだ。その様子なら、大丈夫そうかな」


 酩酊状態のルタは、言葉を返すことも難しいようだ。それでも警戒は怠らず、ギュンターが抱えて屋内に連れ戻した。


「一応、縛っておいた方がいいかな? チェリの前で、ルタさんに手荒なことはしたくないんだけど」

「……イード! ルタに酷いことはしないでくれ!」

「これでも手加減してるんだよ。もっと確実に動きを止められる薬を、吹き矢で飛ばす手もあったけど、ルタさんを傷つけたいわけじゃないしね」


 長椅子に預けられたルタは、呻きとともに苦々しく絞り出す。


「俺を服従させたところで、状況は変わらない。フェネットはあなたを受け入れませんよ。お嬢様との関係をどうするつもりですか」

「うん。とりあえず、チェリにはアンシアに帰ってもらおうかな」


 迷いなく、淡々としたいつもの調子でイードは答える。

 あまりに簡単に言われたものだから、フェリチェはイードの諦めの良さがまた、悪い方へ転がってしまったのではないかと不安になった。


「オーウェンがフェネットにしたことが事実か……についてだけど、俺は疑ってるよ。獣人を差別するような風潮は感じられなかったからね。ね、ギュンター」

「ええ。断言できます」

「ルタさんが、チェリを連れ帰るために嘘をついているか。それとも本当に、史実が改竄され忘れられてしまった真実があるのか。どっちかだ」


 ルタは黙している。


「だからね、真実がはっきりするまで、チェリを託したいんだ。ルタさんと、アンシアの地なら絶対にお姫様を守ってくれると信じてね」


 底なしに穏やかな微笑みで、イードは言う。


「気長に調べるのは得意なんだ」


 最悪、オーウェン王国に足を踏み入れる危険を侵してでも、真実を手にしたいと語る深緑の瞳に迷いはない。


「そんな事実はなかったと証明できたら、チェリを迎えに行くよ」


 不安を拭い去る直向きな瞳で見つめられて、フェリチェは胸をときめかせながら、こくりと頷いた。


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