恋の裏事情
「おお、帰ったか、フェリチェ。ルタも、ご苦労だった」
眩い白銀の髪はフェネットの誇り。豊かな髪は、強さと気高さの証だ。
里長ともなれば、その美しさは――雪をかぶった峻峰が朝陽を照り返すが如く、神々しいまでの輝きを放つ。
幾束にも分けて結い上げた髷の太さが、猛々しさと威厳を示し見せ、居並ぶ者を自然と跪かせた。
その髷の一房がばっさりと切り落とされているのが、フェリチェの目には痛々しく映った。
己の愚かしさが悲しくて、フェリチェは年甲斐もなく父の膝に縋りついた。
「ごめんなさい。わたくしが愚かだったばかりに、お父様の美しいおぐしが」
「よいよい、あの放蕩息子との手切金と思えば安いものだ」
「だけどどうして? どうして、フェリチェを止めてくれなかったの?」
長フェリクスは、幾分か堅い声で問いかけた。
「アレがそういう男だと告げれば、お前は立ち止まったか? わたしにはそうは思えなかった。事実、奴にお前の絵を描かせるなと諭したこともあったはずだが、その時お前はどう感じた?」
「お父様は……娘が可愛くて、殿方と会っていることが面白くないのだと思っていました」
「そうだ。そしてお前は何も疑わず、嬉々として似姿を描かせた。――ルタ、あれをここへ」
申し付けに従ったルタが、別室から滑車のついた籠を運んできた。キャンバスが山と積まれている。
「これはあの男が描き、画商に売り付けていたお前の絵だ」
最低な男でも、絵の腕だけはまことに優れていた。
フェリチェの爛々と輝く若葉色の瞳の煌めき、花も綻ぶ可憐な笑みが、鮮やかかつ繊細にキャンバスに描かれている。
野を吹く風とレナードの匂いが思い起こされ、胸がきゅっと締め付けられる。
フェリチェは逃げるように視線を逸らすも、父に強く促され、しぶしぶ絵の一枚一枚に向き合った。
すると、ニ、三枚ほど見たあたりで、フェリチェは描かれた己の姿が何かおかしなことに気がついた。
やたらに薄着にされている。四枚目以降など、もはや衣服と呼べるものを身に付けてすらいなかった。
「フェ、フェリチェはあの男の前で脱いだりなんか……」
ルタも当然のように頷く。
レナードに会えるとなったら、フェリチェはいつだって、前の晩からうんうん唸って決めた一張羅を着込んで出かけていたのだ。
レナードに見せてもらったスケッチは、フェネットの伝統的な刺繍の細部まで、丁寧に写し取られていたはずなのに……。
キャンバスに描かれたのは、フェリチェのあられもない姿の数々だ。
一糸纏わぬフェネットの娘は、乞うような眼差しをキャンバスの中から投げかけてくる。
淫靡な行為を恥じらいながらも、悦びに震える淫らな唇から滴る唾液まで、花蕾を濡らす雫のごとく美しく描かれている。
これを想像だけで描いたのなら、才能の無駄遣いもいいところだ。
「フェリチェはこんな雌牛のような、だらしない胸じゃない! い、いやらしい顔もしない! スライムと交わったりなどしない! 不潔! なんなの、これは!」
一部の紳士に需要があるらしいが、フェリチェにとったら大迷惑だ。こんなものが出回っていたのだとしたら、もう街に降りられやしないと、さめざめ泣いた。