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フェリチェには難題


 フェリチェはがっかりした。

 イードにではない。自分に、だ。


 距離を置けば、見えないものも見えるようになるかもしれない――。そう考えて、こつこつ貯めた金を懐に抱いて、部屋を借りてきた。

 一丁前に、大人ぶったつもりでいたのだ。


 それなのに、見えてきたのは身勝手で、甘ったれな自分の姿だけだった。


 イードにわずかながらもフェリチェを憎からず想う心があるのなら、本を投げ出すくらいの慌てようを見せて、引き留めてくれるのではないかと、どこかで期待していた自分に気付いてしまった。

 応えられないのに望んでばかりで、これではパン屋のアモンの時から変わっていないと、フェリチェは尻尾をしゅんと垂らした。


「いつ、越すの?」

「……明日にでも。大きな荷もないからな、身軽だぞ」

「そう。随分と急だ」

「ま、前から……考えてはいた」


 イードがそんな風だからか、フェリチェも淡々と返してしまう。いつもは何でもないそれが、やたらと寒々と聞こえて、引っ越す前から心だけ遠く離れてしまったようにも思えた。

 何か言って拒まれたらと思うとなぜだか怖くて、フェリチェは言葉を紡げなくなってしまった。表の波風の音に、わけも分からず不安を駆り立てられる。

 そんな時だ。


「寂しくなるなあ」


 珍しく主観を述べる声に、尻尾と耳が反応して、上向いてしまった。これもまた、フェリチェにはどうしてだか分からない。


「しばらくは間違えて、ご飯も二人分作っちゃいそうだよ」


 相変わらず本から視線は上げないが、イードの声音は決して固くはない。いつも通りの穏やかさで、微笑む様子さえあった。


 少しほっとしてしまったことに、なおも葛藤を募らせながらも、フェリチェの声もわずかに上を向く。


「つ、作りすぎた時は……食いに来てやってもいい、ぞ。イードが……迷惑でなければだが……」

「何で? 迷惑どころか嬉しいよ。いつでも遊びにおいで」


 尻すぼみになるフェリチェの言葉に重ねるように、イードが微笑む。

 縁がここで途切れはしないことを約束されたようで、フェリチェはそれが思いのほか嬉しかった。


「そしたら、その……フェネットの研究は……どうするんだ?」


 少し胸をどきどきさせながら、尋ねてみた。


「べっ、別に続けて欲しいと言っているわけじゃないぞっ……。研究に協力するのが、居候の条件だっただろう? だから、これからはどうするのかと思ってな。イードには本当に世話になって感謝しているし、これからも飯を食わせてくれるというのなら……、き、協力して……やらんでも、ない、ぞ?」


 ただの調査協力のはずなのに、なぜだか後ろめたいことに加担するようで、乗り気だと思われるのには抵抗がある。

 もしかしたらイードのことだから、「それなら早速……」なんて言って、尻尾の研究を始めるのではないかとも、フェリチェは覚悟していたのだが。


「ああ、それはもう終わり」


 彼はごくごく簡単に、そう答えた。


「終わり……?」

「フェネットについてはまだまだ未知の部分が多いから、継続して調査は続けていくよ。でも、チェリはその対象から除外する」


 ちくっと、フェリチェの胸に棘が刺さった。

 また選ばれなかった――。それも、イードにとって愛だの恋だのよりも関心の高いと思われる、研究対象としてすら、だ。


「フェリチェに……、興味がなくなったのか?」

「え? ああ、ごめん。言葉が足りなかったね。そうじゃないよ、逆だ」


 不安で、首を傾げることさえできないでいるフェリチェに、イードは初めて本を閉じて向き合った。


「俺がチェリに、特別な感情を抱いてしまったから。もう前のように、冷静に観察できそうにないからさ」


 与える刺激に対象物がどう感応するか、興味があって楽しみながら突き詰めていく姿勢は以前と変わらない。だがそこに、()()()という感情が加わっては、公正な目を曇らせると、イードはまるで他人事のように語る。


 イードは、何もおかしなことは言っていないはずだった。フェリチェが求め、焦がれてやまない特別な関係にあるわけでもないのだから、当然といえば当然だろう。

 だがフェリチェは何か引っかかって、頷く……ただそれだけのことが、とても下手になってしまったのだった。


 フェリチェの頭は大混乱だ。

 ここまで来たら愛を告げられているのは、明白だ。どう捉えようと、イードに言い逃れの余地はない。

 頭が真っ白になった途端、ちくちく痛んでいたフェリチェの胸は、大きく跳ねた。すると今度は呼吸が乱れて、言葉がうまく出てこない。


「フェ、フェリチェは……その……イードを……だな」

「ああ、いいよ。答えは要らないんだ。君が思い違いをしたまま、悲しむ顔は見たくないから、事実の確認をしたまでだからね」


 強がるでもなく、本心からそう述べる様子で、イードは再び本を開いた。


「いつか、いいひととアンシアに帰る時には、教えてね」

「……な、んだと?」

「ギュンターと、船を見送りに行くよ。花の一つも贈らせてくれると嬉しいな」


 フェリチェの耳が萎れるほどに、穏やかな声は遠ざかった。







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