ルタの使命
断崖を後にしたルタは、空になって久しいフェリチェの部屋を、いつものように掃除に向かった。いつ帰ってきてもいいように……というよりも、姫との思い出に埃をかぶせたくないからだ。
初夏用の羽織り物に刺していた野花の刺繍は、芽吹きかけのまま、秋を迎えてしまった。
完成品をお披露目してもらえる日を指折り数えて、ルタは今日も丁寧に作業台を磨く。
「ルタ、やはりここにいたか」
不意に掛けられた声に顔を上げると、戸口にフェリクスの長男フェレスが立っていた。頭の天辺で一つに括って、背に垂らした雪白の髪が、鬣のように優雅に揺れる。
ルタはフェリクスにするのと同様に、膝をついてこうべを垂れた。
寛大に、顔を上げるよう促した後で、フェレスは砕けた調子で口を開いた。
「フェリチェからの手紙を読んだか? 元気そうで、一安心だな。しかし……」
「いかがされましたか?」
「実際には、どうなのか――とな。手紙も、フェリチェと同じで、海を超え山を越え届けられたのだ。記されてから、随分経っただろう。今はどうしているだろうか……。不思議と、食いっぱぐれている気はしないのだが」
フェレスの口ぶりからして、彼宛ての手紙にもどうやら、居候先の食事について熱弁が奮われていたことが窺える。
「父上も口にはされないが、気になっているようでな」
しかし長として、里を空けるわけにもいかない。そんな葛藤で、今日のフェリクスの尻尾は不機嫌そうに弧を描いているそうだ。
「わたしが赴けたらいいのだが。しかし、わたしとてまもなく親となる身だ。初めてのことで何かと心細かろう妻に、ついていてやりたい。それでだ、ルタ。お前がヒルダガルデへ渡り、妹の様子を見てくるのはどうか――」
その申し出は、ほぼ命令と同義だ。ルタは断れる立場にない。……ないのだが、断れる理由もどこかにないか、懸命に探した。
しかしそう都合よく落ちているものでもなく、結局フェレスの提案通りに、ルタがアンシアを発つことが決まった。
ルタはその晩、フェリチェに返事がてら、訪問の意志を告げる内容の手紙をしたためた。変に緊張して、必要以上に堅苦しい書き出しになってしまう。納得いく頃には、丸めた便箋が山となっていた。
親愛なるお嬢様……、から始まる手紙が姫の手に届くのは、まだ少し先の話だ――。
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次回
いよいよ二人の関係が大きく変化――?
次章のタイトルはあえて口語表記にします
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