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イードがいつにも増しておかしいぞ!?


「ああ……そうか」


 そんな一言にもフェリチェは身を震わせる。イードはどこか悪戯な笑みを零すと、離れるどころか、わざわざフェリチェの耳に顔を寄せた。


「……チェリは、耳が()()んだった?」

「だ、黙れ! おかしな言い方をするな! フェリチェはそんなんじゃ……」

「じゃあ、視覚を奪われて敏感なところに触れられるのは、どんな感じ?」

「ひっ、や……」


 フェリチェの耳の内側に生えた、蒲公英(タンポポ)の綿毛のように、ぽわぽわと密集した毛ごと、イードは指の腹で耳介を撫でた。


「だ……だめ、だっ……や、やめ……」

「教えて、どんな感じ?」

「しっ、知らないっ……」

「脈が速くなって、体温も上がってるね。心なしか、香りも強くなった?」

「ひゎあっ! こっ、こねくるな! 助平、変態っ」


 フェリチェは一生懸命、拳で対抗してみるが、しっかり腰を抱かれているせいで距離が近く、たいして威力は出なかった。

 膝から崩れてしまいそうなのに、それすら許されず、奪われた視界の中で耳をまさぐる手は止まらない。


「香りは発汗と関係している? それなら興奮状態が作用して……」

「だっ、誰が興奮しているとっ……!? こんなことで……だ、断じてっ、欲情などするものか!」

「そうは言ってないけどなあ……でも、そうか。分かりやすいね。――チェリは欲情してるのか」


 くすくすと耳元に触れた吐息で、また一つ身を震わせたフェリチェから、甘い香りが漂う。


「君は本当に興味深いな」

「イード、どうした。ちょっと変だぞ……。な、なあ……もう実験も終わったろう? そろそろ、本当に離してくれ……」

「俺はまだまだ、チェリのことを知り足りないよ?」


 顔が見えないせいで、普段の三割り増しで良い声に聞こえた。危うくときめきかけるも、相手はイードだぞと頭の片隅で冷静なフェリチェが語りかけてくる。


「お、終わりったら終わりだ。離せ……」

「もっと知りたいんだ。教えてよ、チェリ」


 一旦は我に返ったものの、耳元でイードが口を開くたびに、フェリチェの理性は腰から砕かれていく。


「も、もうフェリチェにだって秘密はないぞっ。イードを満足させられることなんて何も……」

「耳、目、口、爪、鼻……。調べてないのは――尻尾?」

「ふえっ!?」


 やけに危険な気配を感じ取ったフェリチェは、股の間に尾を挟み込む。しかし相手はイード……。探究心と知識欲で生きている男を前に、その程度の抵抗、まったく何の効果もない。


「わざとそうしてる?」

「な、何が……だ?」

「いいよ。どうせ全部見させてもらうつもりだから。さあ、チェリ。脚、どけようか」


 いつものイードの香りに包まれているはずなのに、なぜだか急に、嗅いだことのないオスの匂いをフェリチェは感じた。

 膝で強引に割って入られ、いよいよ本格的に純潔が危機に曝されていると悟ったフェリチェは度を失う。思わず、アンシア語まで飛び出すほどだ。


『お願い。もうおやめになって。イードさんは好きですけれど、これ以上は好意だけで許すわけにはいきませんの。愛がなくては……』

『――愛してるよ』


 突然、思いも寄らない言葉が背筋を突き抜けた。

 フェリチェの頬は鴇色に染まり、甘やかな香りがまた一層深まった。


 痛いほど脈打つ鼓動のせいで、耳が間違えて聴いたのだと、冷静なフェリチェが語りかける。しかし人族語ならともかく、耳に馴染んだアンシア語を聞き間違えるはずもなく、感受した音を蘇らせるほどにフェリチェの頬はより色を濃くしていく。


 レナードに同じ言葉をもらった時よりも、ずっと胸が苦しくて……、それなのに高揚する気持ちのわけを、フェリチェはまだ素直に受け入れる気になれない。

 一呼吸置いて、気丈に声を張った。


『と、突然なにを仰いますの。そんな言葉一つで、わたくしが心を開け渡すとでも思ったら、大間違いですわよ』

「あれ、違った? 文脈的には合っているはずだけど。それとも発音がおかしかったかな? それなら、もう一回……」


 滑らかな発音の『愛してる』が、耳から滑り込んで、尻尾の先まで撫でるように響く。


「ふ、ぇ……」

『君は本当に可愛いな』

「よ、よせ……立って、いられなく……」


 震える膝の間から逃げ出した尾を、腰に回った手はすかさず追った。

 捕まるまいと左右に振れる尻尾の先で、夕焼け色のリボンが翻る。その色が見えない今、ルタに助けを求めることもできず、フェリチェはただただ祈るしかできない。



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