表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/53

イードの過去


「失踪中の元王太子……なのか? 帝国への渡航中に行方が知れなくなったという……。だとしたら、なぜここにいる。国はいいのか? 現在のオーウェンで、お前の扱いはどうなっているんだ」

「……ああ、そうか。チェリはそう推測したんだね」


 どこか笑いを含んだ調子で言いつつ、イードはフェリチェの隣に腰を下ろした。

 ちょうど、フェリチェが見た、剥がれ落ちた新聞記事を指して、彼は口を開く。


「俺はこっち、二番目のルェディ。もう死んでる」


 フェリチェは怪訝な顔でイードを見つめた。人族語がうまく聴き取れなかったのかもしれないと、首を傾げるが、イードには面白いものを見るような目を返されてしまった。


「からかっているのか? お前はぴんぴんしてるじゃないか」

「そうだねえ。棺桶から這い出して、彷徨ってる亡霊だから」

「ふざけるな」


 イードの少しにやけた頬を、フェリチェはしっとりした指先でつねってやった。


「話したくないなら、これ以上聞かない。お前がそうだったように、フェリチェも秘密の暴露を無理強いしたりしない。

だが、話すつもりが……、フェリチェに話してもいいと思ってくれるのなら、茶化さないでわかるように話せ」

「それなら話すけど……面白くないよ?」

「言ったそばから茶化すな、馬鹿者」

「いてて」


 つねられて赤くなった頬を撫でると、イードは小さく息を吐いた。それから、新聞記事を読み上げるように淡々と、自らの生い立ちを語り始めた。


「ヴェイルードとルェディ、エディールの三兄弟は、オーウェン王の子として、いずれも同じ年に生まれたんだ。生まれ月の早い順から、第一、第二、第三王子と呼ばれて、王位継承の序列もそれに準じるのが慣習だった。でもね、少し厄介だったのが、妃――母親たちの存在だったんだ」


 第一王子ヴェイルードの母は、妃の中でも特に高貴な家柄で、その身分だけを取るなら正妃にも手が届くと云われた人物だ。お家同士、水面下で苛烈な争いを繰り広げていた、正妃との折り合いは当然ながらよくなかった。

 そして、正妃の産んだ王子が、二番目に生まれたルェディであった。生まれ月はヴェイルードと半月も変わらないのに加え、正妃の子という強みを盾に、第二王子派は序列の見直しを訴えた。


 二人の王子が生まれて、正妃と側妃の派閥争いが顕著になって数ヶ月後、誕生したのが第三王子エディールだ。これがまた、王位継承権を巡る派閥争いに僅かではない、暗い影を落とした。



 エディールの母は、側室の末席に座す後ろ盾の弱い妃ではあったが、誰の目にも明らかなほど王の厚い寵愛を受けていた。

 三人の王子の中で、唯一エディール誕生の時だけ、王が公務に穴を開けて抱き上げに向かったという噂が、まことしやかに囁かれるほど有名な話だ。


「エディールの存在がなければ、王は慣習通り、ヴェイルードに王位を譲ることに抵抗しなかっただろうね」


 しかしエディール可愛さから、序列の見直しを訴える妃たちの言葉に耳を貸してしまったことが、オーウェンの悲劇に繋がったのだという。


「……そんなわけで、ぎすぎすした家庭だったわけ」


 王家を家庭と一括りにするあたり、イードの関心のなさが窺える。そんな彼が唯一、表情を和らげて微笑んだのは、ギュンターについて語り出した時だ。


「ギュンターは、侍従だったんだ。いつもルェディを守ってくれて、従者の枠を越えて情を掛けてくれていたと信じてるよ」


 三派閥の苛烈な争いの影には、いつも死の気配が手招いていて、ギュンターには幾度も助けられてきたとイードは語る。


「幼いながらに書いた図鑑は、植物図鑑だったんだけど、それもギュンターがいたから、安心して山や川に行けたんだ」

「イードは、子供の頃から図鑑を作っていたんだな」

「そもそも、俺が図鑑に興味を持ったきっかけは、自分の身を守るためだったからね」

「なぜ……だ?」

「毒に強くならなければいけなかったから」


 時に、食器の縁に毒が塗られていたり、王子の座る椅子に毒針が仕込まれていたりと……。幾度かはギュンターをもってしても回避できずに、死の淵を覗き込んだこともあるという。


「敵を知っていれば、怖くないんだ。ギュンターと野山を駆けて、毒を相殺する薬草を探し回ったり、結構楽しかったよ」


 イードの物言いには相変わらず含みがなく、ただただ懐かしむように穏やかだ。


 聞いているフェリチェの方が胸が痛くて、声が震えてしまう。


「それで……どうなったんだ?」

「それで――偶然にも、仮死状態になれる毒の組み合わせを見つけてね。いちかばちか、毒入りスープを敢えて飲んで……、一旦は本当に棺桶に入ったんだ。あとはギュンターが、ルェディの()()をこっそり運び出してくれてさ。二人でここまで流れてきたんだよ」

「誰も、遺体がないことに気が付かなかったのか?」

「棺に納められて蓋をした後は、ギュンターが容易に工作できる程度の扱いだったらしいし、その後はあっという間に埋葬されちゃったからねえ。厄介ごとには、早く蓋をしたかったんだろうな」


 言葉に詰まるフェリチェに構わず、イードはオーウェン王家の悲劇の顛末を語った。

 ヴェイルードの失踪、ルェディの毒殺――。いずれも、それぞれの派閥が互いに関与していた事実を否定できず、妃たちは断罪された。それに伴い、渦中にあっては頼りなげで、静観するのみだった末席の妃が正妃の座に据えられ、エディールが王太子となった。現在は、早々に位を退いた王の後を継いで、民思いの良政を敷いているという。


「しかし……、失踪している王子が出てきたら、どうするんだ」

「出てこないよ」

「……なぜ、そう言い切れる」

「うん、何でだろうね――? チェリは知らないままでいて」


 日の光を浴び、広い野山の風を受けて、のびのびと育った姫には、蠱毒のように閉ざされた王宮の話など似合わない。イードはそこで昔話を切り上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ