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フェリチェの秘密


「フェリチェに信用されていないと思って、焦ったんだろうね」

「信用ならしてるっ。父様に紹介したいと思ったくらいだ。……だけど、それとこれとは別なんだ。惚れたオスの前では、フェリチェだっていい格好していたいんだぞ。だから……この手を見られるのは、恥ずかしいんだ」

「手が、どうしたの? どういうところが、恥ずかしいと感じるの?」


 フェリチェはもじもじと、指先を擦り合わせる。

 イードは婿候補ではないから、いい格好をする必要がないし、打ち明けたところで馬鹿にして笑ったりするような人間でないことにかけては、カミュ以上に信用できる気がした。


「フェリチェは……、その……。つ、爪が……、爪が他人(ひと)より短いんだっ」


 それだけ、と口にしそうになって、イードは茶で言葉を飲み込んだ。

 自分にとっては些末なことでも、打ち明けるのにこれだけ身を固くしているフェリチェにとってはそうではないのは明らかだ。


「深爪しているってこと?」

「そうだ。短いし……、岩をも斬り裂くフェネットとして、みっともないんだ」

「深爪するには理由があると思うけれど、それは爪を研ぐのが下手ってこと? それとも爪を噛む癖があるとか」

「フェリチェの爪は、脆いんだ。どうしてだか、すぐに割れてしまう。せっかく伸ばしても、ちょっとぶつけたり引っかけると、ダメなんだ」


 イードは少し考えた後で、棚からいくつか小瓶を持ち出してきた。


「俺に見せてくれれば、原因と改善法がわかるかもしれないよ」


 フェリチェの警戒を煽らないよう、努めて平坦な調子で語りかける。


「し、しかし……本当にみっともないんだ」

「それは主観だね。観察でわかるのは爪の長さ、形状の客観的事実で、その延長に俺の主観は入れないよ。嫌なら無理にとは言わない。フェリチェが決めて」


 しばらく悩んで、フェリチェはまず一つ、グローブを外した。指先を隠すように手を握り込んで、恐る恐る差し出す。


「フェリチェは、イードの知識と正直なところを信頼してる……。よ、よろしく頼む……」

「うん、ありがとう。見させてもらうね」


 イードの手が、頑なに握られた指の一本一本を開かせるように、付け根を撫でさする。くすぐったいような、揉みほぐされるようなふわふわした感覚に、まず人差し指が跳ね上がった。

 指先を見つめ、イードは淡々と問いかける。


「フェネットの爪は伸縮する? たとえば猫のように、こうして……」


 イードはフェリチェの指先を摘んで、ぎゅっと力を加えた。猫ならば鋭い爪が顔を見せるが、フェリチェの指先にそういった変化は見られない。


「猫とは違う。フェネットは、戦う姿勢を見せる時に、ちょっとだけ根本から爪を伸ばして威嚇することはできるが……。フェリチェは、もとの爪が短すぎて、それもできないんだ」


 フェリチェの爪は深爪と言う通り丸っこく、指の頭が丸見えになるほど短かった。

 あまり艶がなく、どこか青白く映る爪を見て、イードは確信を持って頷く。


「なるほど。フェリチェの爪には、栄養が足りていないんだね」


 フェリチェは泣き腫らした目をぱちくりさせて、首を傾げた。


「栄養なら、いつもたっぷり摂っているぞ。飯を作ってくれているイードが、一番よく知っているだろう?」

「もりもり食べてくれるおかげで、作り甲斐もあるよ。でもそうじゃなくてね」


 イードは用意していた小瓶から、とろみのついた液体を指に掬って、フェリチェの爪に塗り込んだ。


「何だ、これは」

「チャルミの油だよ。保湿効果がある」


 アンシアにも、チャルミの木はいたるところに生えていた。削った根は鉛筆のように利用することができ重宝されていたし、油分が多くコクのある実はフェネットの好物でもある。


「フェリチェの手は、乾燥しているね。それに、グローブをしていたわりに、耳と違って手はうんと冷たい。舌を観察した時にも思ったけれど、フェリチェは冷えやすい体質なんじゃないかな」


 体内の水分代謝が悪く、浮腫んだ舌に見られる歯形が残っていたとイードは言う。爪の根本を覆う皮膚に念入りにチャルミオイルを塗って、指先を優しく揉みながら、彼は一つ一つ噛んで含めるように教え聞かせた。


「爪が造られるのは、この根っこの部分。ここまで栄養を運ぶのは、フェリチェの体を巡っている血液で、体が冷えると血の巡りは悪くなる。排出しきれない水分も、冷えの原因だからね」

「じゃあ……体を温めて、保湿というのをしたら、フェリチェの爪は強くなるか?」

「一つの可能性としては、ね」


 フェリチェの瞳が、安堵と期待に背中を押されて光を取り戻した。





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