恋人ができた! ……が。
毎月定番のイード宅の大掃除に励みながら、ギュンターはちらりとフェネットの娘を盗み見た。
外出の準備を調える娘の横顔は、嬉々と薄紅に染まっている。
「では、行ってくる」
「足元に気をつけて。楽しんでおいで」
雪白の艶めく髪は常のことだが、近頃その髪の輝きに磨きがかかって見えるのは、ギュンターの気のせいではない。
「フェリチェ殿は、日増しお美しくなられますな」
揺れる尻尾が見えなくなるや、ギュンターは感慨深げに呟く。
ユーバインで過ごすうちに洗練されて、垢抜けたのだろうと感心する彼を、イードはくすくすと笑った。
「新しくできた恋人のおかげじゃないかなあ。髪切り屋のお弟子さんでね、兎の獣人のカミュさん。気が合うみたいで、今日でデートも……何回目かな?」
ギュンターは手にしていた塵取りを取り落とす。
あんぐりと開いた口を閉じられない様子だ。
「いいのですか……」
「何が?」
「フェリチェ殿に良い方ができて、坊ちゃんはよろしいので?」
「ええ、何で?」
意味がわからないといった面持ちで、イードは散乱した塵を集め直す。すかさず塵取りを構え直しながら、ギュンターもギュンターで納得がいかない顔だ。
「フェリチェ殿のことは随分と気に入られているご様子でしたので、坊ちゃんもとうとう身を固める決心がつかれたのだと、ギュンターめは喜ばしく思っていたのですが……」
「ああ、そう。何やら期待を持たせたようで、ごめん」
「全く? これっぽっちも? 期待してはなりませんか」
ずずいと迫るギュンターを、イードはそっと押し返す。
「うーん、俺がフェリチェに恋愛感情を抱いたとして……それが実を結ぶ可能性は、ほぼないと思うなあ」
イードは知っている。
フェリチェの作っている花婿図鑑に、イードは載っていないのだ。
――お前はよくわからん。フェリチェの手に負えると思えない。
そう言ってフェリチェは、イードを研究対象から除外したのだ。
「ギュンターは載っているのにね」
「はあ、何のことでしょう」
※ ※ ※
隣町で遊覧船に乗って、ディナーを楽しんでくるはずだったフェリチェは、日が傾くより早く、半べそで帰ってきた。
「おかえり。……楽しくなかった様子だ。おいで、お茶を淹れよう」
朝から一生懸命、頑張っていた化粧も涙で滲んで酷い有様だ。
出先で調えてもらったらしい、編み込まれた髪だけがやたらと美しく、虚しさを際立たせていた。
「……フェリチェが……隠し事をするから、カミュは怒って……。もう付き合えないって言われたんだ……」
涙の雫が次から次へと頬を濡らし、それを拭うフェリチェのグローブはすっかり色が変わってしまっている。こすった目許も赤く腫れて、痛々しい。
「フェリチェの隠し事って、もしかして……その手袋のこと?」
ぎくりとした様子で、フェリチェは両手を背後に庇うと、躊躇いがちに小さく頷いた。
「安心して。見せろとは言わないから……、どうしてカミュさんを怒らせたのか、話を聞かせて」
イードの穏やかな声音と、ハーブティーの優しい香りに誘われるように、フェリチェはソファに腰を下ろした。
そして、涙混じりに語る。
「カミュは優しい、いいオスなんだ。フェリチェの髪も、フェネットを敬って決して鋏を入れようとしなかった。大事に、大事にしてくれたんだ。なのにフェリチェが、あいつに応えられなかった……」
拳をぎゅっと握りしめ、うつむいた眼から一粒、二粒と涙が零れ落ちる。
尻尾の先で揺れる夕焼け色のリボンが、哀れな雫を拭いたそうに揺れた。
「カミュは手を繋ぐのが好きでな……」
人混みではぐれないようにと手を繋いだのが始まりで、それからは出かければ手を繋ぐのが常になったという。
「フェリチェの手に、じかに触れたいと前から言われていたんだ」
いかなる時もグローブを外さないフェリチェを、彼も不思議に思っていたという。それでも、フェリチェが素手を晒したがらないことには、理解を示していたそうだ。
ところが、仲が深まる一方で、いっかな秘密を打ち明けてくれない恋人に、カミュは痺れを切らしたのだ。




