やはりただの変態か?
「形状はヒト型だね。それだけ流暢に喋れるんだから、当然か。舌先は……ヒトより少し尖ってるのかな。舌の側面に歯形がついてる、フェリチェは浮腫みやすいの?」
「おい……まだ終わらないのか。いい加減、舌が疲れてきたし、恥ずかしいぞ……」
「恥ずかしい? なんで?」
「絶対に間抜けな顔をしているだろう……」
「大丈夫。舌しか見てないから心配いらないよ」
それはそれでものすごく恥ずかしく、安心しようがない。
突き出して痺れた舌先を伝う唾液を拭いつつ、フェリチェはとにかく羞恥に堪えた。やがてイードのペンが置かれ、ほっとして口を閉じたのも束の間──。
「じゃあ、次は触らせてね」
「はあああ!?」
「え? 感触も調べたいって言ったよね」
「言っ……たかもしれないが、許可した覚えはないぞ!」
「拒否された覚えもないなぁ」
イードは水洗いした手を、酒瓶から注いだ蒸留酒でさらにすすいでから、フェリチェの口許に手を添えた。
咽せるような強い酒の香りに、フェリチェがくらりと来た瞬間、下唇を押し下げられた。
「はい、あーんして」
「こっ、子供扱いするな! そんなことを言われずとも、口くらい開けられる!」
「そう、お利口だねぇ」
「だから、子供扱いするな!」
怒りに任せて大きく口を開いた後で、フェリチェはようやく流されたことに気付いたが、もう遅い。口を閉じる隙も与えないほど躊躇いなく、イードの親指はフェリチェの口内に侵入した。
「んぇっ!」
「ああ、猫のようにざらついてはいないんだ。弾力もヒトと似てるな」
「んんー!!」
「熱いね、口の中。……フェリチェと俺が同じ大きさの飴を含んだら、溶ける速さも違うかな」
「ふんんんんーっ!!(知るか、そんなこと! いいから早く指を抜け!!)」
微量に残った酒が舌を火照らせ、体内を冒す。
フェリチェの心臓は早駆けし呼吸が乱れた。頬は紅潮し、まさぐられる口の端からはだらしなく涎が垂れる。
あたかも淫猥な行為に耽っているようだが、これはあくまで研究で――イードの目はドクイモの成分を分析している時と全く同じだ。
「なるほど、感触は確かめられた。じゃあ次は、舐めてみて」
「ぅんんっ!?」
「知ってる? 生物によって、舌の動きは全然違うんだよ。これは頬の構造が大きく影響しているんだけど……。そうすると頭部が人間に近いフェネットは、ヒトと同じ舌の動きをすると仮定できるわけだ。……が、このままではあくまで仮説。さあ、答えは?」
イードが、初めてわくわくした様子を見せる。
フェリチェはとうとう我慢の限界で、口内に差し込まれた指に歯を立てた。
「いたっ……どうして噛むかなあ?」
「なぜだと? 貴様がフェリチェを辱めるからだ!」
「辱める? これが?」
「そうだ! 同じことをやれと言われたら、イードはできるのか?」
「……うーん。実際にやってみればいい?」
「はあ!?」
フェリチェの手を取ると、イードは自らの口許へと運んだ。
「ああ、グローブは外したくないんだったっけ? じゃあ、どうしようか」
「ふんっ、それがお前の作戦だな? そうやって自分はできない状況を利用して、フェリチェを納得させるつもりなんだろう」
「そんなことないよ。どうする、指の代わりにスプーンでも使う? 俺がしたように、フェリチェも好きなように調べなよ」
どうぞとばかりに、口を開いてイードは待っている。フェリチェは形勢逆転に勇んで、スプーンを突きつけた。
「……舐めろ、と言ったら?」
「舐めるよ。そしたらフェリチェはつぶさに観察して、俺に教えてね? 自分の舌の動きなんて、そうそう知れるものじゃあないから、わくわくするね。君の観察力に期待してるよ」
「ん?」
イードの唇が、口づけでもするようにスプーンに触れて、舌先が鉄の輪郭をなぞり出す。スプーンを押し返す舌の動きが伝わって、まるで手のひらを舌先が這うかのようだ。
フェリチェはその光景を見ていられず、スプーンを投げ捨てた。
「うがああああ!!」
「ええー、びっくりしたあ。今度はなに?」
「お前……お前はあああ、なんの恥ずかしげもなく、そういうことを」
「ただの調査に、何を恥ずかしがることがあるのかな?」
「もういい! お前はフェリチェと違う、よくわかった!」
フェリチェがいかに恥ずかしかったか知らしめてやりたかったというのに、全くこたえていないのだから困ったものだ。形勢逆転どころか、完全にフェリチェの敗北だった。
* * *
その晩、フェリチェは寝台に潜っても寝付けずにいた。
昼間ごろごろしすぎたせいもあるが、筋張った手指の感触が口内に残って、意識するつもりはないのにイードがすぐ隣にいるような気がして落ち着かない。
目を瞑れば余計に意識してしまって、布団にくるまっては悶絶した。
「くっ……おのれ、イードめ……。お前に触れられるたび、フェリチェばかりが丸裸にされていく気分だ。不愉快だ、非常に不愉快だぞ!」
羞恥と怒りで体が火照り寝てもいられず、フェリチェは起き上がる。何か反撃の手立てはないかと腕組みしていると、本棚に収められたイードの日記なるものが目に入った。
「そうか、ここに何か弱点が記されているやも……」
手を伸ばしたフェリチェだったが、グローブを外した指先を見つめ、手を引っ込めた。力無く萎れた指先を撫で、フェリチェは自嘲する。
「いいや、何を血迷う……フェリチェ。秘密は覗くものではないと誓ったではないか。それに、イードだって……。あんな奴だが、フェリチェのグローブを外そうとはしなかった。変態かもしれんが、誠実なオスだ。それは間違いない」
改めて布団に潜り直し、フェリチェは大きく深呼吸した。
「よし。これからは気を強く持って、触れられても動じない、鋼のメスになるぞ!」
そう誓いを新たに目を閉じたものの、フェリチェの部屋からは真夜中まで苦悶の声が洩れていたという。
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次回は
ほのぼの、あったかエピソードです♡
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