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花婿図鑑〜もふもふ姫が真実の愛を掴むまでの研究記録〜  作者: もちもちしっぽ
三章 パン職人のオス/味覚と舌の研究
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元気はお腹から


 昼が過ぎ、太陽が西に傾くまで、寝台にぼんやりと転がっていたフェリチェは、扉の隙間から侵入してきた香りにはっと飛び起きた。

 ほのかに甘い卵と、香ばしいカラメルが混ざり合った甘美な香りが、フェリチェの鼻先まで漂ってくる。途端に現金な腹が鳴って、おずおずと扉を開くと、キッチンには変わらずイードが立っていた。


「おいで。ちょうど焼けたところだから、冷めないうちに食べよう」


 テーブルには、二人分の皿が用意され、ふんわりと黄色いものが盛られている。卵の香りはするが、オムレツではない。

 厚めに切ったバゲットを、牛乳(ミルク)と砂糖を加えた卵液に浸して、たっぷりの牛酪(バター)で焼いたものだ。


 イードはそこへ、火から下ろした小鍋を傾けて、これまたたっぷりとカラメルを回しかけた。

 硬いはずのバゲットに、ナイフは抵抗なく、しっとりと沈み込む。フォークに刺して掲げれば、つやつやしたカラメルを滴らせ、それはふるふると震えた。


 熱々のまま頬張れば、バゲットとは思えないぷるりとした食感が口内を満たし、噛みしめたそばから、染み込んだ上質な牛酪(バター)とカラメルが溢れ出した。


「……美味い」

「ギュンターがくれたパンも、すっかり硬くなってたからね。フェリチェが割ってくれた卵をしっかり吸って、美味しく生まれ変わったんだよ」

「……だからパンの硬さ柔らかさなど、心境には関係ないとでも言いたいのか?」

「何のこと? 俺はただ、食材を無駄なく美味い状態で食べたいだけだよ」


 付け合わせの、塩気が効いた花椰菜(カリフラワー)のスープを飲むイードに、含みは感じられない。


「底知れん奴め……」

「まだそんなに食べてないけど」

「そうではなくてだな。ふんっ、もういい。くそぅ、スープもいい塩加減で美味いな……。甘いのとしょっぱいので、フォークが止まらないぞ」


 フェリチェは里では木の実なんかを主に食べていた。街に降りれば人間の作る凝った料理を食べたりもしたが、食にはこれといって特にこだわりがなかった。

 イードと生活するようになってからは、食事が楽しみの一つになっているのは否定しようもない。

 食べたあとは、萎んでいた心が元気になる気がするのだ。


(イードさんの作る料理がどれも美味しいせいね。わたくしが食いしん坊なわけではありませんわ、ええ、きっとそうよ!)


 ほろ苦いカラメルと牛酪(バター)の甘い脂が絡んだところが特に美味いと伝えると、イードは貯蔵庫からいくつかの小瓶を出してきた。


「フェリチェの味覚は、どこまで発達しているか調べてもいい? まずは酸味だけど……」


 小瓶からプラムに似た赤っぽい小さな実を一粒取り出して、イードはフェリチェの手に乗せた。


「東洋の島国で生まれた保存食でね、酸っぱいけど毒ではないから食べてみて」


 可愛らしい小ぶりな姿から、甘酸っぱい実を想像して、フェリチェは口に放り入れた。

途端に、強烈な酸味が口内を襲い、思わず吐き出してしまった。


「あれ? ダメだった? それならレモンもダメかな?」

「ぺっぺっ……! レモンは好きだ。だがこれは何だ。酸っぱさの種類が違う、それに匂いも嫌だ!」


 口の中に溢れてくる唾液と一緒に、フェリチェは口直しにスープを飲み干す。


「へえ、酸味の違いか。ふんふん、敏感だなぁ。じゃあ次は辛味、行ってみようか? これは同じペッパー類でも、胡椒と辛子。どんな違いを感じられるかな」

「不味いのは嫌だぞ」


 フェリチェの味覚が、繊細な旨みまで感じられるほど優れていると判明する頃には、いろいろなものを口に含まされて、食事量に反してフェリチェはすっかり満腹だった。

 口内に残るあらゆる味の名残を消すため、牛乳(ミルク)を飲んで口をすすぐ。


「舌が発達しているのかなぁ。ね、フェリチェ。ついでだから今日は舌を調べてもいい?」

「うん?」

「フェネットはどんな舌をしてる? 形は、色は、感触は? じゃあ、まずは外観から。さ、見せて」


 手本のようにべぇと舌を出すイードに釣られるように、フェリチェも口を開けた。

 香辛料の刺激に耐えた舌先が、空気に触れるとヒリヒリした。


「よく見えないな。もっと突き出して」

「こ、こうか?」

「そうそう、上手。そのまま、ようく見させて。スケッチもするから動かないで……」


 真剣な眼差しで、まじまじと舌を見られているのだと思うと、フェリチェはどんどん恥ずかしくなってくる。早くこの時が過ぎることを強く願うばかりだ。


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