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花婿図鑑〜もふもふ姫が真実の愛を掴むまでの研究記録〜  作者: もちもちしっぽ
一章 研究者のオス/被毛と耳の研究
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刺激的な研究


『まあまあ、落ち着いて聞いて。俺が図鑑を書いている話はしたろう? 知らないことを知りたい、ものとものの比較をするのは、俺にとって息をするようなもので、楽しみの一つでもあるんだよ』


 イードは図鑑の中から、複数の獣人族の特徴を記したものを広げて、そう説いた。


『だから、フェネットの君にも当然興味がある。耳のつくりは? 被毛は? ものの見え方は? 他の獣人とどう違う? そういう意味で、俺の研究のために君のカラダを差し出してくれたら嬉しいんだけど。どうかな?』

「う……、お、おう……?」


 下心なく、純粋に学究的好奇心から言っているらしいことは伝わり、フェリチェの怒りは鎮火し始めた。

 少し釈然としないのは、()()()()()()()()興味があると言われているように聞こえたせいだ。


 しかしここで嫌だと答えたとしても、イードは「あ、そう」とすぐに諦める予感もする。フェリチェには、それはそれで何だかとても面白くないことのように思えた。

 乙女心は、たいへん複雑なのだ。


「……わかった、提案に乗ろう。フェリチェが一人で立てるまで、しばし世話になるぞ……。その代償に、お前の研究とやらに協力すればいいんだな?」

「うんうん。フェリチェは話が通じるね。ありがとう」

「かっ、勘違いするなよ……。フェリチェはお前を信用したわけじゃないからな。その……なんだ。お、お前の飯が気に入っただけだっ」

「それはどうも」


 一宿一飯の恩義、を人族語で伝えようとしたのだが、舌の上で滑ったのはほとんど本音に近い言葉だった。食事が美味かったのは確かなのだ。


「じゃあ……早速なんだけど、フェリチェ。君の研究を始めてもいいかな?」

「も、もうか?」

「本当は昨日から気になってた。だけどちゃんと我慢してたんだよ。ね、その髪と耳、じっくり観察させて?」


 爛々と瞳を輝かせて、イードはソファにフェリチェを誘った。自分はその向かいに腰を下ろし、帳面とフェリチェを交互に見遣る。


「何をしてる?」

「まずは君の耳をつぶさに観察して、スケッチしてる。……あれ、今すごく大きく耳が動いたね。ふうん、そんなふうに揺れるんだね」


 スケッチという言葉には、いやが応にも反応してしまう。フェリチェは一抹の不安を抱いて、尋ねた。


「おい。その紙の上で、フェリチェの服を脱がせたりしてないだろうな?」

「ええっ……なんで? そんなことしないよ。ほら、首から上しか描いてない」


 言葉の通り、帳面にはフェリチェの頭部……主に毛流れと耳ばかりが精細に描かれ、顔はのっぺらぼうだ。


「それならいい」

「まあ、今日のところはね」

「む……?」

「尻尾とか、見えない部分を調べたくなった時には、お願いするかもしれないけどね」


 フェリチェにとって、何かとても都合の悪いことが聞こえた気がしたが、同時にペンが踊る音がやみ、イードは腰を上げた。


「よし、描けた。じゃあ次は……触ってみてもいい?」

「むぅう……毛と、耳だけだぞ。それ以上に触れたら、許さんからな!」


 フェリチェは背筋を伸ばして、ソファに座り直す。

 背後に回ったイードに頭部をがしっと掴まれると、妙に力が入って、背筋どころか尻尾の先までぴんと伸びてしまった。


「ふむふむ。髪質は人間に近いけど、手触りが猫と兎のような……なるほどね、確かにこれは一級品だ。どれどれ頭皮は……」

「おい、くすぐったいぞ」


 髪をかき分けられ、穴が空くほど見つめられているのだと思うと、フェリチェはそわそわが止まらない。


「こっちは人間とまるで違うんだな。アンダーコートがある。確か、猫獣人もそうだったかな……うんうん、なるほど。じゃあ次は耳だ」

「ひゃわっ!!」


 敏感な耳の内側の毛に指先が触れて、フェリチェは飛び上がった。


「ごめんね、ここは駄目だった?」

「き、急に触れられたから驚いただけだ。だが、なるべくなら、触らないでほしい」

「わかった。じゃあ、()()()()()調べるね」

「……うん?」


 触らないで終わる方向ではなかったか、と首を傾げているうちに再び耳に指が触れる。

 耳の輪郭を、つつ……となぞる指の感触に、フェリチェは肌を粟立たせた。


「……ぅっ、く……!」

「ああ、やっぱり耳自体に骨はないんだ。この付け根のところが軟骨かな。うんうん、なるほど。柔らかくて、見た目の割には耳自体に厚みはないんだね」


 耳介を揉みほぐすように、指先で摘まれ、こねくられる。敏感な耳毛に触れてはいないと言えども、十分にくすぐったくて、フェリチェの耳の先は鳥が羽ばたくように幾度も震えた。


「人より温かいね。これは被毛のせい? それとも、フェネットも元から体温が高いのかな?」

「し、知るか……それより、も、もう終わりでいいんじゃないか……」

「うーん」


 さわさわと皮膚が擦れる音までがくすぐったくて、首をすくめるも、イードの探究心はまだ満たされていないようだ。

 それどころか、触れれば触れるほど知りたいことが増えるようで、指先はだんだん耳介の内側へ進みつつある。


「お、おいっ……それ以上は毛に触れる」

「うん、そうだね。だけど、調べるためには仕方ないよね。覚悟して、ちょっとだけ我慢だよ」

「おいっ!」


 落ち着きを失くすフェリチェに対し、イードはどこまでも静かに囁いた。


「危ないから動かないで。もう少し、奥まで入れるよ」

「お、奥? 奥って……にゃっ!? うわわわわわ!!」


 外耳の奥の狭まった(あな)に、イードの指先が滑り込んだ。


「ふうぇええ……ま、待て、ちょっと待てっ……そんなところ触るなぁ!」

「そんなところって? 耳を調べたいって言ったよね?」

「だっ……だ、れがそこまで触れていいと……ふにゃっにゃわあっ」


 話しながらも、指は耳孔を犯し続ける。

 耳掃除で触れ慣れているはずの場所なのに、他人に触れられているせいか、経験のない感覚がフェリチェを襲った。


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