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序章「終点へ」

※この話は「異世界の最終定理」にて、主人公が転生する直前の話です。

 12月、人々がクリスマスイブで羽目を外しつつある中、僕は美術室にいた。高校生美術展に出品するための油絵を夢中で描き続けていると、いつの間にか日は沈み、外は真っ暗になっていた。ふと壁にかけられた時計を見てみると、放課後、直ぐに美術室に駆け込み作業に取りかかってから、既に3時間以上は周りの情報の一切を遮断し、絵に没頭していたことが一目でわかった。(あ、まずい、片付けないと…)急いで絵筆やらキャンパスやらを片していく僕。この学校では部活動などでの居残りは6時までしか許されていない。つまり僕は現在進行形でその約束の時間を大幅に越えてしまっていることになる。そのことに気づいた僕は今、集中や緊張が途切れたおかげで、眠気を思い出した重い瞼をこすりながら帰り支度をしている。美術室の全ての窓が締まっているかを確認し、全ての照明を消し、扉を施錠した後、鍵を返しに職員室へ足を運ぶ。

 正直あまり気が進まない。というのもこの学校の教頭である加藤先生は時間にとてもうるさく、全学年から煙たがられている。僕も加藤先生の被害者のうちの一人だ。過去にも、今回と似たように約束の時間を過ぎた事があり、そのときは5分程立ちっぱなしの状態でぼやかれた。できればあれを二度と食らいたくなかったので、自分なりに時間には気を付けていたはずが、この始末。しかし、いくら嫌がっても約束を破った事実は覆らないので、仕方なく職員室の前に到着する。そして、重く堅い扉を左手の中指の第二関節を曲げ、コン、コン、コンと叩いてから、眠気をぐっと抑えて「失礼します」と部屋全体に言い放ち、中へ入る。

 「美術室の鍵を返却しに来ました」「おう、お疲れさん。」幸運にもそこに加藤先生の姿は無かった。どうやら今日は早上がりだったようだ。代わりに、僕のクラスの副担任である矢島先生が対応してくれた。「こんな遅くまで居残りかいな、若いねぇ。」労いがてらに、半ば僕を茶化すように矢島先生は言ってきたが、不快さなどは全く無かった。むしろ、疲労していた脳が少し安らいだ気がする。「はい、ちょっと絵に力が入り過ぎちゃいまして…」「そりゃあ立派なこっちゃ。けどあんま無茶すんなよ~。」「はい、気を付けます」他愛のない会話をした後鍵を返却し、「失礼しました」と再び部屋全体に言い放ち、職員室をあとにしようと背を向けた瞬間、「あ~そうそうゴマちゃんゴマちゃん、」と呼び止められた。「最近なんか知らんけど近くで行方不明者が相次いでるとかなんとかでちょっとした騒ぎになっとるから、気ぃ付けて帰れよ~。」「そうなんですか…わかりました、ありがとうございます」「ここら辺はお世辞にも治安が良いとは言えんからな…」「…先生、もしかしてビビッてます?」「しばいたろか。」「大丈夫そうですね。」「あんたもな。」根拠は無いけど、なんだか今日は良い一日になりそうだと微かに有頂天になりながら、矢島先生とお互い「また明日」を込めて「さよなら」を言い合った。

 改札機にICカードをかざし、駅ホームへ向かい、階段を下りる僕を横目に走り去ってしまう帰りの電車をボーっと眺めたあと、誰も座っていないベンチの一番端に、前掛けにした教科書やノートが入ったリュックと一緒に腰掛ける。次の電車を待つ間、疲労感や眠気が再び僕に襲い掛かり、このままベンチの上で朝を迎えさせようとする。(せめてでんひゃのっへからにひへえぇ…)といった具合に睡魔との死闘を繰り広げる。いくら矢島先生との会話で疲れが取れたように感じても、先生は名医でもなければ僧侶でもない。疲労回復のように思えたものは、あくまで自身が生み出した、ただの一時的な小規模の覚醒であり錯覚である。効果が切れれば廃人直前に逆戻り。しかし、それにしても今日は特に眠い。なぜこんなにも眠い?日頃の睡眠の質が落ちているのか?今日僕は何か特別なことをしたか?と、傍から見れば「さっさと寝ろ。」の一言で一蹴できてしまうような疑問ばかり思い浮かぶ。それ程までに僕の身体は疲弊しきっていたのかと、少し心配になりながら、目の前に停車した1本の電車に乗り込む。

 今思い返してみると、僕はここで違和感に気付くべきだったのかもしれない。前の電車が発車してからこの電車が来るまでの時間がいつもより短過ぎることに。いつも乗る電車が来る方向から真逆に走って来たこの電車に。しかし、そのことを当時の愚かな自分は知る由もなく、何の疑問も持たないまま、その場違いな電車に乗車するどころか、長い椅子の端に座り込んだ挙句、リュックに顔をうずめながら爆睡してしまったのである。それが未知の大冒険への片道切符であるとは知らずに。

※次回、第一話「山羊の串焼き」です。(公開日未定)

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