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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

殺人鬼(ぼく)の親友の作り方

作者: 獅子戸ロウ

「はぁ…今日も疲れた…。やっと休みだ…」

金曜日、夜10時。

長い残業を終わらせて、涼しくなってきた夜風を浴びながらようやく家に着いた。

フラフラしながらコンビニの袋を玄関の床に置く。

もう無理…睡魔が…

玄関に座り込んだが最後、俺はその場で眠ってしまった。


大翔ひろと!友達は選びなさいってあれほど…」

「ゲーム?そんなものより勉強しなさい」

「お母さんが言ったことできてないじゃない!ご飯抜きよ!」

「大翔、テストは毎回1位をキープ出来ているんだろうな」

「全くあんたはプレッシャーに弱いんだから…大学受験はしっかりしなさいよね」

「こんなこともできないのか?役立たずめ。これは罰だからな」

どうして俺ばっかりこんな目に合わなきゃいけないんだよ…

あいつらは遊んでるのに…

1人になりたい…自由になりたい…

うるさい…痛い…苦しい…痛い…

どうしたら息苦しいここから脱出できるんだ?

この先もずっと両親のいいなり?

そんなの嫌だ…でもどうしたら…

そうか…殺せばいいんだ


「はっ……夢か…」

…夢だったけど夢じゃない。

あれは昔の記憶だ。

「今何時だ…?メシ食うか」

側に落ちていたコンビニの袋を拾い、リビングへ向かう。

ジャケットと鞄をソファへ放り投げ、ネクタイを緩めた。

ふぅーと息を吐く。

ようやく新鮮な酸素が吸えた気がした。

スマホを見ると、時刻は夜の11時になっていた。

1時間くらい寝ちゃったのか…

あれ、メッセージが来てる…果穂からだ。

――

大翔、今日もお疲れさま


ありがとう

今日はもう早めに寝るよ


そっか、おやすみ

ゆっくり休んでね


おやすみ

果穂もゆっくり休んで

――

果穂は2年付き合っている彼女だ。

最近は仕事が忙しくて滅多に会えていない。

こんな感じでメッセージを送るばかりになってしまっている。

ぼーっとしながら、冷めたコンビニ弁当を食べる。

硬くなったご飯をつつきながら、なんとなくスマホのアプリを開いた。

――

ハカバル 

読み込み中…

――

この「ハカバル」というアプリは、墓場まで持っていくべき秘密を暴露し合おうというコンセプトで作られたSNSアプリだった。

偶然初期からユーザーだった俺は、最初こそ本当かもしれない危険な内容の投稿をわくわくしながら楽しんでいた。

だが、このSNSが有名になっていくにつれ、ほとんどの投稿がわかりやすい嘘になっていった。

たとえ嘘前提だったとしても楽しむユーザーは意外に多く、更に人気のSNSアプリになった。

――

サク 今日はガチで幽霊見たぞ!


ただひろ ⚪︎⚪︎高校七不思議!

1、特定の時間に現れる謎の空き教室

2、使われていないはずの旧校舎からの声

3、文化祭でお化け屋敷をしてはいけない

            …続きを読む


takoyakiman 5回目の万引き成功〜

 ―seigi 嘘おつ。証拠写真出せよ。

 ―kamikun マジレスすんなよw

  ここの投稿なんて全部嘘なんだからw


爆弾ちゃん 今日は⚪︎⚪︎に爆弾仕掛けてきた


社畜 ついにクソ上司を階段から突き落としたぞwww

――

頭を空っぽにして眺めるにはちょうどいいアプリだ。

俺も何か投稿しようかな。

疲れた頭でぼんやりとしながら作成ボタンを押した。

なににしよう。

あ、さっきの夢の内容でいいか。

どうせ俺はなにもしなかった。

なにもできなかったからこれは嘘の投稿になる。

でも俺にとっては、十分墓場まで持っていくレベルの内容だったんだ。

――

hiro 高校生の時に両親を殺した。家にあった金槌で殴りまくって殺した。アイツらは俺が反抗するなんて思ってないから隙は十分にあった。血があたりに飛び散って最悪だった。死体は事前にホームセンターで購入していた電動ノコギリでバラして冷凍庫に入れた。更に血まみれになった。部屋を綺麗に掃除して、小さくした死体は燃えるゴミの日に他のゴミと一緒に少しずつ捨てた。冷凍庫にあった冷食は全部出すことになったのでしばらく冷食生活をする羽目になった。

                           投稿

――

俺は、当時考えていた計画を実行したていで投稿をした。

今思うとこんなことできると思っていた自分がアホらしい。

金槌1つで大人2人殺せるか?

あと、人間バラすのも大変って聞くし、そもそもそんなに冷凍庫に入んないだろ。

綺麗に処分できたとしても、絶対どこかからはバレる。

祖父母、親戚、友達、税金、公共団体とか色々…。

改めて当時の自分に苦笑する。

そう思えるのも、大学を卒業し、そこそこ良い会社に入社できたからだと思う。

1人暮らしも始められて、実家へ仕送りをすることで両親からは少しは解放された。

その代わり、今は会社から自由を奪われている気がするけど…。

投稿ボタンを押して残りの弁当を口の中に押し込んだ。

しばらくして自分の投稿をもう一度見たが、なにも反応は付いていなかった。

「なにしてんだか」

そりゃそうだよな。

そもそも反応されても困る。

俺の呟きなんてインターネットの海に沈むくらいでちょうどいい。

さっさと寝よう。

簡単にシャワーを浴びてベッドに潜った。

柔らかい布団に安心し、一瞬で深い眠りへと沈んでいった。




「ん…もう朝か…」

カーテン越しに感じる朝日で意識が浮上した。

近くにあるスマホに手を伸ばして時刻を見る。

「…6時か」

休みの日でも6時には目が覚めてしまう。

朝早く起きてしまう現象はもっと歳をとってからなるものだと思っていた。

まだ26歳なのに。

覚醒しきっていない脳のまま、メールやSNSを一通り確認する。

「…ん?ハカバルに通知がついてる。なんだ?」

ハカバルを開くと、その通知の正体はDMだった。

「誰だこの人。かじ…かじ?」

――

kajikaji

hiroさんこんにちは。

昨晩の投稿とても共感しました。

というか、僕と同じようなことをしていてとても親近感が湧いてDMしちゃいました。

良かったら仲良くしてください。

――

「なんだ?出会い厨?でも男の人っぽいな。それに昨日の投稿って、俺あれしか投稿してないけど…マジ?」

寝起きの脳に衝撃が走り、混乱する。

同じようなことをした…?

恐る恐る相手のアイコンをタップする。

プロフィールにはシナリオライターと書いてあった。

1996年8月生まれ…俺と同年代だ。

他の投稿を見てみると、短い小説のようなものをいくつか投稿していた。

ざっとみるとホラー系が多いように感じた。

もう一度DMに戻り、考えた。

「何かのドッキリとか…?シナリオライターならネタ探しか?」

――

hiro

kajikajiさんおはようございます。

反応ありがとうございます。

シナリオライターさんなんですね。

もしかしてネタ探しとか何かですか?

――

いつもなら無視するのに、この時はなぜか反応してしまった。

今思うと、俺の人生の歯車はここから少しずつおかしくなったんだと思う。



少し二度寝をしたあと朝食を食べ、平日にはできない家事を済ませた。

洗濯、掃除、食器洗い。

ベランダに干した洗濯物が気持ちよく太陽を浴びる。

天気よくて良かった。

ソファに座り一息ついた時スマホが鳴った。

――

おはよ!

今日は呼び出しとかなさそう?

大翔が大丈夫ならどこか遊びに行かない?


おはよう

今日は多分大丈夫。

そうだね、久々に遊ぼうか。

でもゆっくりしたいから俺の家でもいい?


うん!

久々に会えるね!

14時には着けると思う


わかった

じゃあ、また後でね

――


14時ちょうど、インターホンが鳴った。

「お待たせ!」

「はーい、ちょっと待っててね」

モニターを覗き込むと、可愛く着飾った果穂が映し出されていた。

久々に会う彼女を迎え入れる。

「果穂、久しぶり。最近会えてなくてごめん」

「いいのいいの!仕事忙しいんだし、仕方ないよ」

「ありがとう」

「お邪魔しまーす!」

そう言うと、果穂は元気よく部屋に入ってきた。

明るくにこにこしている彼女の笑顔はいつも癒される。


「昼食べた?」

「うん。食べたよ」

「そっか、じゃあ映画でもみる?果穂が前気になるって言ってたやつ配信開始になってたよ」

「ほんと!?みたいみたい!」

「お菓子は貰い物とかあるしこの辺でいいか、飲み物何かいる?」

「なんでもいいよ〜」

「じゃあコーヒーいれるね」

「ありがとう!」


ソファに並んで座り、部屋の明かりを落として映画をスタートさせた。

少し前に流行った恋愛物の映画だった。

大学まで勉強漬けだった俺は、恋愛に疎い方だと思う。

果穂は大学時代の友達で、初めての彼女だ。

彼女から教えてもらうことは新鮮なものばかり。

恋愛ドラマとか音楽とか色々。

流行っていただけあって、ストーリーはすんなりと入ってきて、終盤では少し泣きそうになった。

一番の見せ場であろうラストシーンで主題歌が流れた頃には、彼女はすっかり泣いていた。

「ひ、ひろと〜ティッシュ…」

「はいはい」

近くにあったティッシュを渡すと、彼女はメイクが落ちないように目元を押さえていた。

「大翔は感動した?」

「したよ。俺もちょっと泣いた」

「だよね、はぁー、いい話だ…」

映画が終わり、しばらくして落ち着くと果穂は俺の肩に寄りかかってきた。

沈黙が続くけど、嫌な沈黙ではない。

自然とお互いの手が重なる。

その時、スマホが鳴った。

「あ、ごめん。音切ってなかった」

「全然大丈夫だよ。仕事?」

「多分…。ちょっと待っててね」

寝室に放置していたスマホを取りに行く。

仕事ではないことは一目で分かった。

――

kajikaji

こんにちは。

ネタ探し?そうですね、してはいますけど。

純粋にhiroさんと仲良くなれそうだなって思って。

あれ、分かりにくかったかな?

僕も高校生の時に親殺したんだ。

あ、でも片親だったからそこはhiroさんとは違うけど…。

あと貧乏だから電動ノコギリじゃなくて普通のノコギリでした;;

細かく切るの大変だったなぁ

両親同時にってすごいですね!

――

「嘘…だろ…コイツ本当に!?」

思わず指が動いた。

すぐに反応した読み込みマークに目が離せない。

――

hiro

ほ、本当に!?殺したんですか…?


kajikaji

本当ですよ。

ここ嘘の投稿ばっかですもんね。

あれ、もしかしてhiroさんの投稿も嘘?

なんだ残念。


hiro

嘘じゃないよ。ただ…同じ人がいて驚いて…


kajikaji

そう!僕もびっくりしたー!


hiro

えっと、kajikajiさんもよくバレなかったね?周りの人とか。


kajikaji

あ、呼び方は航太でいいよ。僕の本名。

僕の親ヤバいやつだったから近所の人も見て見ぬふりで楽だったよ。

いつもは周りの人もムカついてたけど、その時はラッキーって思って許しちゃった。


hiro

許したって…?

あ、俺は大翔。


kajikaji

周りの人も殺しちゃったら流石にバレるって思って。

ひろとって読むの?じゃあヒロくんって呼ぶね。


hiro

まぁ、確かにそうだね。

分かった。

――

変なプライドが働いて、つい“嘘じゃない“と言ってしまった。

まぁ、計画したのは嘘じゃないし…このくらいいいだろ。

「大翔ー?大丈夫?」

リビングから聞こえた果穂の声で正気を取り戻した。

「う、うん!すぐ戻る!」

とりあえず、果穂が帰るまで触らないでおこう。


「ごめん、お待たせ」

「なんか顔色悪いよ?大丈夫?」

「あぁ、うん。ちょっと仕事でミスが発覚して…」

「そっか…それは大変だね。今から向かうの?」

「い、いや今日は大丈夫。明日なんとかするよ」

「明日も本当は休みなのに…。無理しないでね」

「ありがとう。そうだ、夜食べてく?」

「うん!一緒になにか作ろ!」

「じゃあそろそろ買い出しに行こうか」

とにかく今は外の空気が吸いたい。

咄嗟に果穂に嘘吐いちゃったな…。


それから俺たちはスーパーへ買い出しに行き、夜ご飯は一緒にカレーとサラダを作って食べた。

果穂と雑談していくうちに、あの緊張感は薄れていった。


「遅くまでありがとう。今日は楽しかった!」

「こちらこそ。暗いし送ってくよ」

「んーん!大翔は明日も大変だし、ゆっくり休んで」

「あ、ありがとう」

「今度、いつ会えるかな」

「うーん…またプロジェクトが始まるからしばらくは忙しいかも…」

「そっかぁ、大翔は優秀だもんね。でも大翔の身体が心配。無理しないでね」

「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

「また予定わかったら連絡してね!」

「うん。じゃあ、また」

「またね」

実際、この2日の休みが終わったら新規のプロジェクトに取り掛からなくてはいけないから忙しくなる。

次のデートは良いお店を予約できるように頑張ろう。

寝室にスマホを取りに行くとまたしても通知が来ていた。

「あれ、またかじか…航太さんか」

――

kajikaji

僕、あんまり友達いないからヒロくんと仲良くなれたら嬉しいな。

良かったらメッセージ交換しない?

ID:kouta_kajikaji

――

メッセージ…ハカバルをいちいち起動するのも面倒だしこのくらいは良いか。

メッセージアプリを起動してフレンドに登録する。

実を言うと俺も友達は少ない。

小さい頃親の束縛もあって、友達は大学時代以降の片手で数えられるほどしかいない。

だから少し浮かれていた。

秘密の共有をしたということに甘えていた。

メッセージするくらいなら大丈夫だろ、と。



メッセージを交換してから、俺たちは隙間時間によくトークする仲になった。

――

ねぇねぇヒロくんって

猫派?犬派?


猫派かな


よーし、じゃあ次のストーリーは猫登場させよ〜っと


できたら読ませて


ハカバルに投稿するからしばしお待ちを


ホラーじゃん


基本僕が書くのはホラーだよ


ホラー以外は書かないのか?


他のジャンルはあんまり興味ないんだよね

――

――

仕事場で転んじまった〜

いてぇ

写真↓


うわ!グロじゃん!

掌がかわいそうなことに…


え?なに?グロいのだめなの?


全然?


だよな


これで貴方は選ばれし者になりましたね


この傷にそんな価値はない


僕が買い取る

100円ね


毎度あり

――

――

これ見て


何?


僕ん家の近くのパチンコ屋の看板

写真↓


おいwww

――

「ははっ、くだんねー」

同年代なのに、子供っぽいことを言う航太。

中学、高校の時に友達がいたらこんな感じだったのかな?

たまに頭のネジが外れている発言もするけど、何気ない会話が楽しかった。

あれ、そういえばこのパチンコ屋、家の最寄駅の向こう側にあるやつに似てるな…。

――

航太、お前って⚪︎⚪︎駅の近くに住んでるのか?


あれ、よくわかったね

そうだよ〜


俺ん家も最寄り⚪︎⚪︎駅


え!まじで!

なんか嬉しい!

そろそろヒロくんに会ってみたいなって思ってたんだよね


んーまぁ別にいいけど、仕事忙しいしなかなか予定がな…


僕はいつでも大丈夫だから

呼び出して貰えば飛んでいくぜ


なんだそれw

じゃあ、まぁ早く上がれた時とかに声かけるわ


りょうかーい!

あ、そういえば⚪︎⚪︎駅なら北口にあるラーメン屋美味しいよ


へぇ、今度行ってみるわ

ありがとう


どういたしまして〜

――

そういえば、引っ越してきてから駅周辺の開拓とかしてなかったな。

ここ最近ラーメン食べてないし今度行ってみよう。


その後は本格的に仕事が忙しくなり、航太とのメッセージの頻度も減っていった。



「はぁー…今日は災難だった…」

たまに遭遇してしまう、客からの理不尽なクレーム。

先輩には「事故だよ事故。あんまり気にするな」って言われたけど、事故だって嫌なものは嫌だ。

電車が最寄駅に着き、ふらふらと改札を出る。

疲れた…眠い…でもなにか食わないと…。

あ、そうだ、ここのラーメンうまいんだっけ?

入ってみるか。

券売機でチケットを買い、店員に案内され席に座る。

俺の他にも何人か客がいた。

ラーメンを待っている間、ぼーっとしているとスマホが鳴った。

「わ!」

いつもは仕事が終わったらマナーモードにしているのだが今日は忘れていた。

慌ててマナーモードにする。

通知を見ると航太からだった。

――

ヒロくんおひさ〜

もしかして今例のラーメン屋にいる?


久しぶり

例のラーメン屋って駅の北側の?

今さっき入ったけど航太もいるのか?


いるよ

――

ぱっと顔をあげると、1人の男がこっちに向かって小さく手を振っていた。

あいつが航太?

他に客もいるし、なんだか声を出す気にもなれなかったので、メッセージに戻った。

――

よく俺だってわかったな


なんかイメージ通りの人がいたからヒロくんかなって思って


どんなイメージだよ…


背が高くて真面目そうで黒髪で短髪でスーツ着てくたびれてるイメージ


貶してる?


褒めてるよ?


そうかよ


僕食べ終わっちゃったから外で待ってるよ

せっかくだからヒロくんと話したいな

時間大丈夫?


まぁ少しなら


やった

あ、でもゆっくり食べてね

気長に待ってるから


わかった

――

一通りやりとりした後、先ほど手を振ってきていた男が店を出ていった。

背は低めでメガネをかけた痩せ型のふわっとした茶髪の男。

それが航太だった。

なんか俺とは正反対な見た目のやつだな。

「お待たせしました〜」

「いただきます」

運ばれてきたラーメンをできるだけ早く啜った。

野菜が多めに入った甘めの醤油ラーメン。

味は確かに美味しかった。

「ごちそうさまでした」


店から出ると、扉の側に航太が立っていた。

「お疲れさま。初めまして。航太です」

「お疲れ様。大翔です」

「ふふっ、なんか変な感じする」

「本当だよ、急に畏まるなって」

「それにしても本当に仕事忙しそうだね」

「まぁな…」

「そんだけブラックだと嫌な人も多そうだね」

「今日なんて客に怒鳴られちまったよ」

「ムカついた?」

「もちろん。理不尽なやつだったからな」

「殺したい?」

「…そこまでじゃないよ」

「ふーん。まぁでも嫌なやつは殺すのが一番だよね」

「そうだな」

改めて実感する。

航太はやっぱり()()()()()()なんだと。

でも悪いやつには思えない。

話を聞く限り、悪かったのは虐待をしていた航太の親のほうだ。

「航太、ここで話すのもなんだし場所変えようか」

「いいよ。居酒屋とか行く?」

「んー、俺の家すぐそこだし、来る?」

航太との会話はふとした時にまずい話題が出そうで、あまり人がいない所の方がいいと思った。

「え!行っていいの?」

「いいよ」

「じゃあヒロくん家でー!」

「こっち」

「はーい」

疲れている身体の割には軽い足取りで家に向かった。


「ただいま」

「お邪魔します!」

広ーい!やっぱりマンションなんだね!すごい!と、航太のテンションは上がっていた。

「酒でも飲む?ビールしかないけど」

「ビール好きだよ〜」

「この辺にあるお菓子とか適当に食べていいから」

「ありがと〜」

ソファに座り、ビールを飲みながら他愛もない話をした。

しばらくすると、あまり飲んでないのに疲れからか酔いがかなり回ってきた。

「航太…ごめん…眠い…」

「寝てもいいよ」

航太の声が聞こえた直後、意識を手放してしまった。


喉の渇きから意識が浮上する。

誰か…人の気配がした。

「ん…あれ…果穂…?」

「残念。僕、航太だよ」

「わ、あ、そっか航太か。悪い。寝ちゃってたな」

「全然!それより、果穂って誰?彼女?」

「あー、うん。彼女」

「へぇー、ヒロくんって彼女いるんだ」

「な、なんだよ」

「忙しいし、僕にかまってくれるからてっきりいないのかと思ってた」

「彼女にはちゃんと時間作って会うんだよ」

「そっか!さて、ヒロくん起きたし、そろそろ帰るよ。新しいネタも降ってきたし!」

「どんなネタ?」

「んー。ねぇヒロくん、猫って殺しちゃダメかな?」

「はぁ?そんなん殺しちゃだめに…決まってんだろ」

まずい、この質問って普通に返して大丈夫か?

俺は、なんとなく正論ばかり言っていたら航太とは疎遠になってしまうと思っていた。

俺も少し変わっていないと仲良くなれない、と。

「なんで?」

「…猫は悪いことしてないから」

「それもそうだね。今日は楽しかったよ。じゃあね。おやすみ」

「お、おやすみ」

航太はあっさりとした返事をするとそのまま帰っていった。

もう1時か、今日はこのまま寝よう。

風呂は朝に入るか…。

そういえば航太と何話してたんだっけ?

記憶を思い出そうとしているうちにまた眠ってしまった。


「航太は酒好きなの?」

「うん、よく飲むよ〜。次来るときはお酒持ってくるね」

「ヒロくんもうほろ酔い?ふわふわしてる」

「んー…疲れてるからかも」

「僕、アニメだとトラップファイルが好きでさ〜」

「あ、俺もそれ好きだった。懐かしい。親に隠れて見てたなー」

「やっぱさ、殺した時スカッとしたよね〜」

「わかる、悪いやつは滅びるべきだよ」

「皮膚ブチ破いたり骨砕いたり。今でも覚えてる。楽しかったな〜」

「だな、俺のと


スマホのアラームで目が覚める。

…記憶だ。

断片的な会話が脳内で再生される。

俺、酔っ払ってあんな会話しちゃったのか…。

重い体を引きずり、風呂に入り出勤した。

心は少し軽くなっていた。


それから航太は酒を持って俺の家にふらっと遊びに来ることが増えた。

そのまま一緒に酒を飲んだり

忙しい日は追い返したり

共感されにくい話題で盛り上がったり

テキトーな会話で流したり

頭の片隅では、こういうちょっとした時間も果穂に割いた方がいいのでは?と思っていた。

けど、わざわざ来てもらうのは大変だと思うとか、向こうに行くには俺の体力が持たないとか、果穂と会うときはもっとちゃんとしてたいとか、言い訳をつらつらと並べていた。

「僕、こんなに誰かと仲良くなれたの初めてで嬉しいよ」

「俺も、今航太が一番仲良いかも。他の友達とはちょっと疎遠になってたし」

気が付くと俺は、同性が故の気軽な関係に両足がずっぽりと嵌っていた。



スーツの上にコートが必要になってきた12月の今日この頃。

温かい布団から脱出し、朝ごはんを食べながらニュースを見ていると、ある1つのニュースが目に飛び込んできた。

――昨晩、⚪︎⚪︎駅の近くにある県立公園でバラバラにされた遺体が発見されました。遺体の身元はまだ確認されておりません。警察は殺人事件として捜査を続けています。

思わず持っていたトーストを落とした。

「バラバラ…遺体…?」

瞬時に航太のことが頭によぎった。

「いや…まさかな…だって高校時代の話だし…10年くらい前だし」

航太に聞いてみるか…?いや、でもわざわざ聞くのはおかしいか…。

ほぼ100%関係ないであろう事件のはずなのに、掌に嫌な汗が滲んだ。

「あ、やば、電車乗り遅れる!」

この事件のことは一旦置いておこう。

考えるのはまた後だ。


もやもやしながら1日の仕事を終わらせた。

残業4時間。

またしても帰りが遅くなってしまった。

最寄駅に着き、改札を出る。

ふと例の公園が気になったので遠回りして寄ってみることにした。

公園には立ち入り禁止のテープや看板があり、入れそうになかったが遠目で見て周りを1周してみた。

特に思い入れも何もない公園なので、こんな感じかという感想しか出てこなかった。

家に帰ろうと思ったその時、肩に何かが触れた。

「うおぁ!?」

「ヒロくん驚きすぎ」

「こ、航太か…ビビったマジで…何やってるんだよこんなところで」

「散歩だよ?」

「散歩?こんな夜遅くに?」

「うん。気分転換。ヒロくんは仕事終わり?」

「あぁ」

「家こっちじゃなくない?」

「俺も気分転換」

「そっか。ヒロくんさぁ

「ちょっと君たちいい?」

航太と話していると男の人に話しかけられた。

警察官だった。

「君たち、ここよく通るの?」

「あ、い、え…」

最寄りの県立公園、警察、頭の中は今朝のニュースのことでいっぱいでうまく声が出なかった。

航太が代わりに答えてくれた。

「僕達この辺に住んでいるので」

「そうか、この公園で起きた事件は知ってるか?」

「はい」

航太は何食わぬ顔で答えていた。

「この辺りで不審な人物を見かけてことは?」

「ないです」

「お兄さんたち、一応鞄の中見せてね」

所謂、職務質問ってやつか…?初めてされたな。

警察官はしばらく俺たちの荷物を確認すると解放してくれた。

「あんまりこの辺うろつかないでね」

「はーい。ヒロくんいこっか」

「お、おう」

流れで航太と一緒に帰宅してしまった。

「今日は上がっていいの?」

「明日も仕事だから少しなら。酒は飲まないけど」

「やった〜お邪魔します!」

コートを脱ぎ、暖房を付けた。

「航太、メシは?」

「食べたよ。ヒロくんまだでしょ?気にしないで食べて」

「ん」

冷凍していたご飯とおかずを温める。

お湯を沸かして簡易的なスープを作った。

「コーヒー飲む?」

「飲む!ありがとう」


「いただきます」

温かいスープに口をつける。

少しホッとした気持ちになり、ふぅと息を吐く。

「航太、知ってたんだなあの事件」

「うん、まぁね。ニュースになってたし」

「あれ…航太じゃないよな」

「…いやだなー僕があんな見つかりやすいことするわけないじゃん」

「そうだよな…」

「バラバラ度も低いし、錘も付けないで池に投げ捨てるとか、見つけてくださいって言ってるようなもんだよね。ちょっと下品〜」

「あはは…」

あれ…錘?池?なんでこんなに詳しく知ってるんだ…?

ニュースを見た後、電車の中でできる限り調べてみたが、あまり細かいことは載っていなかった。

でも航太が言ってることは嘘に聞こえないし…。

「航太、もしかして…見てたのか?」

「お、正解。ほんと偶然ね。びっくりしたよ〜遠目だったし誰かは分からないけど」

「でもさっき警察には見てないって…」

「僕警察きらーい」

「そっか…」

「…ヒロくんはさ、僕のこと警察に言ったりしないよね?」

「も、もちろん!しないよ」

「僕もヒロくんのこと警察に言わないから安心して!」

「う、うん」

「ご飯食べ終わったみたいだし、もう寝るでしょ?そろそろ帰るね」

「おう、おやすみ」

「おやすみ、ばいばーい」

航太は世間一般的に見ると犯罪者だ。

でも航太は悪いことはしていない。

警察になんか言いたくない。

友達を手放したくない。

俺が黙ってれば大丈夫だ。



今日はクリスマス直前の土曜日。

最近また会えずにいた果穂とのデートだ。

この日のためにディナーとプレゼントと、準備はバッチリだ。

待ち合わせに10分前に着く。

まだ果穂は来ていないみたいだった。

適当に辺りをぶらついているとスマホが振動した。

――

ついた!


改札出た正面の建物のところにいるよ


はーい!

――

「大翔!お待たせ」

「果穂、久しぶりだね。今日も綺麗だよ」

「ありがとう」

今日も果穂はにこにこしている。

可愛い。

「じゃあ行こうか」

「うん!」

クリスマスのイベント会場を見たり、カフェでお茶をしたり、イルミネーションを見て過ごした。


夜になり、予約していたディナーに向かった。

「え!ここってクリスマスディナーで有名なとこじゃない!?」

「そうだよ。予約取れたんだ」

「嬉しいー!忙しいのにありがとう!」

「果穂が喜んでくれて良かったよ」

店内に入ると、雰囲気の良い空間、綺麗な夜景、美味しいお肉とお酒が揃っていた。

少し背伸びした金額だったけど、十分すぎる内容だった。

果穂は終始喜んでいてなんだか安心した。


お腹を満たした後、俺の家に一緒に帰った。

「今日本当に泊まっていいの?」

「うん。明日も休みだからね」

「大翔と長く一緒にいれるの嬉しい」

「俺も」

本当に久々の泊まり。

部屋は綺麗にしたし、色々準備もした。

プレゼントはデート中に渡しそびれちゃったから家で渡すつもりだ。

デート中に近況を話しているうちに何回か航太の話題が出た。

自然に出てしまって少し焦ったが、果穂は特に気にしていない様子だった。


「おじゃましまーす!」

「ただいま」

「ふふ、おかえり。あ、クリスマスツリーと雪だるまがある!可愛い」

「せっかくだし買ってみたんだ。小さいけど雰囲気出ていいよね」

「他にもなにか買ったの?」

「クリスマス関連はこれだけかな」

「そっか〜、あれ、なんかお酒増えた?」

航太が持ち込んできた酒瓶は、どうしてもしまう場所がなくてリビングの端に並べていた。

「あ、それ友達が持ち込んで来たやつ」

「…ふーん、また航太って人?」

「そうだよ」

「本当に男なの?その人」

果穂が少しむっととした顔をした。

「男だよ。写真はないけど…あ、インターホンの履歴にあるかも。ほら」

「うーむ。本当だ。男だね」

「でしょ?」

「でもこんなに頻繁に…」

「航太は駅の向こう側に住んでてふらっと寄ってくるんだ。あ、もちろん追い返してる日もあるよ?」

「ふーん…。私よりこの人と会った回数の方が多そうだね」

「そんなことは…ないと思うけど…」

「…私、お風呂入ってくる」

「う、うん」

少し怒った表情のまま、お風呂場へと行ってしまった。

はぁー…やらかした…。

最近航太と会った回数をざっと数えると、2年付き合ってる果穂と並んでしまうくらいの回数だった。

果穂が怒るのも無理はない。


お風呂から帰ってきた果穂は、怒った顔はしていなかったが、いつもの明るい顔でもなかった。

「果穂ごめん…。果穂と会う時はちゃんとした俺でいたくて…その…」

「ううん。私も変に突っかかってごめんね。両親のこともあったし、大翔だって友達も大切なのに」

「果穂は悪くないよ。俺が…」

「でも、最近の大翔、変だよ?」

「変…?」

「うん、お酒が増えたのもそうだけど…。あとは映画の趣味とか…スプラッター映画なんて前は見てなかったよね?怖い話も最近よくしてくるし…」

「ご、ごめん。嫌だったよね」

「…ごめん、私やっぱり今日は帰るね」

「え、でももう暗いし…」

「まだ電車あるから大丈夫」

「わ、わかった。ごめん」

「…おやすみ」

「おやすみ…」

果穂はそういうと荷物をまとめて帰っていってしまった。

追いかけ…いや、明日改めて謝りに行こう。

俺が最近変…?

普通の俺ってなんだっけ…。



次の日、目覚めはとても悪かった。

優しい果穂を怒らせてしまった。

罪悪感が募る。

今日は直接果穂の家に行って謝ろう。

渡しそびれたプレゼントと、ケーキかなにか途中で買っていこう。

俺は準備ができた後、すぐに出掛けた。

スマホのメッセージをもう一度確認したが、昨日の夜送ったものにまだ既読は付いていなかった。



最近の大翔は明らかにおかしい。

前と比べるとなんかこう…宗教にハマった人みたいな変な違和感がある。

大翔と会える回数は少ないけど、メッセージのやり取りは定期的にしてきた。

大翔がおかしくなったタイミングで現れた航太という男。

こいつが怪しいに違いない。

大翔は、親が厳しくてあまり友達がいなかったって言ってた。

きっと優しい彼に付け込んだのだろう。

私が大翔を元に戻さないと!


今までの話から察するに、航太というやつは多分ストーカーまではいかないと思うけど、積極的に大翔に関わってる。

駅の向こう側に住んでいるという事と、インターホンの履歴で見た目を確認したということから直接航太を探すことにした。

お母さんには適当に誤魔化して、準備が出来次第⚪︎⚪︎駅に向かった。



少し緊張した指でインターホンを押す。

ピンポーン

「はーい」

「あ、高槻大翔と申します。果穂さんは居ますか?」

「あら?果穂の彼氏よね。ちょっと待ってってね」

果穂のお母さんはそういうと、不思議そうな顔で玄関から出てきた。

「果穂はさっき出かけたわよ。てっきりあなたと一緒かと…」

「え!そう…ですか」

まさか居ないとは思わなかった。

避けられてるのかな。

「…喧嘩でもしたの?」

「あ、いえ、えっと…はい…実はそうなんです」

「大丈夫よ、あなたの事は果穂からよく聞いてるわ。素敵な人だっていつも言っているわよ」

「ありがとうございます…」

「どうせあの子が拗ねちゃっただけでしょ?」

「いえ、そんなことはないのですが…」

「何時に帰ってくるのか分からないけど、部屋で待ってる?」

「いえ、お気遣いありがとうございます。…これ果穂さんにお渡ししてもらっても良いですか?」

「これは…分かったわ」

「では、失礼します」

果穂の家から少し離れたところで大きく息を吐いた。

緊張や焦りが白い息となって空に消える。

果穂、どこにいるんだろう。



⚪︎⚪︎駅に着き、周辺を歩いてみた。

途中、大きめの公園を見つけた。

県立公園…この間事件があった公園だよね?

こんなところにあったんだ…。

まだ入れそうにない公園をちらちら見ていると、1人の人がその公園に入ろうとしていた。

「え!ちょっとちょっと!入っちゃダメでしょ!」

咄嗟に出てしまった声に反応してその人が振り返った。

ふわっとした茶髪でメガネをかけた小柄な男性。

航太だった。

「あ、え…航太…さん?」

「ん?そうですけど…」

「あ、あんたねぇ!」

「あぁ、もしかして君が果穂ちゃん?」

「気安く呼ばないで」

「わぁ冷たい。で?何か用?」

「大翔に付きまとうのは止めて!」

「心外だな~。付きまとってないし。それにヒロくんは嫌だって言ってたの?」

「そ、それは…」

「それじゃあちょっと過剰な束縛なんじゃない?まるでヒロくんの両親みたいだね」

「あ、あなたどこまで知ってるの?私はそんなことはしない!」

「君も知ってるんだ。ねぇ、ヒロくんのご両親は生きてる?」

「は?何言ってんの...?」

「あぁ、間違えた。ヒロくんのご両親は元気?」

「さ、最近は会ってないけど…たぶん」

「そっか、そうだよね。そうだと思った。ヒロくん優しいもん」

「さっきから何言って

「僕が救ってあげなくちゃ。君にはできないよ」

冷たく鋭い視線に鳥肌がたった。

上手く口が動かない。

「…と、とにかく大翔にかかわるのはもうやめて!」

「それを決めるのはヒロくんだ」



「ただいま…」

「あ、果穂。おかえり。あんたどこいってたのよ。行き違いで彼氏さんが来たわよ」

「え!大翔が?」

「そうよ。礼儀正しくていい子ね。ケーキとプレゼント届けてきてくれたわ」

「ひろと…」

「早く仲直りしなさいよね」


部屋に入ると、机の上にプレゼントと手紙が置いてあった。

――

果穂

昨日は嫌な思いさせてごめん。

クリスマスプレゼントとケーキです。

良かったら家族のみんなで食べて。

メリークリスマス

――

スマホを取り出し、大翔に電話を掛ける。

「もしもし?大翔?」

「果穂!今どこにいるんだ!?」

「え?あ、さっき家に着いたよ」

「そっか、心配したよ。おかえり」

「ごめん…ただいま」

「ううん。…昨日は俺の方こそごめんね」

「私こそごめん。メッセージも無視しちゃってたね...。プレゼントとケーキもありがとう」

「どういたしまして」

「大翔、あの…」

「どうしたの?」

「航太…さんに会うの、もうやめない…?」

「え、なんで?あ、会う時間なら減らすよ!ちゃんと果穂とも多めに会えるようにする」

「違う…そうじゃないの。航太さんと…あの人と絶対に関わるべきじゃない…」

「果穂…どうしたんだ?航太のこと…なにも知らないじゃないか…」

「私、今日航太さんに会ってきたの」

「え!?」

「勝手なことしてごめん。でも話して分かった!変なこと言ってた。おかしい人だった」

「…なにを言ってたんだ?」

「大翔の両親は生きてる?とか元気?とか…」

「っ!…か、果穂はなんて答えたんだ?」

「え?最近は会ってないけどたぶんって言ったけど…」

「…そうか。そうだよな」

「…大翔?」

「ごめん、ちょっと電話切る」

「え、ちょっとま

様子が変わった大翔に一方的に電話を切られてしまった。

「待ってよ…ばか」



まずい。

まずいぞ。

航太に嘘がばれた。

航太に…嫌われる…?


ピンポーン


インターホン?

だ、誰だ。

咄嗟に玄関のドアを見ると、向こう側から声がした。

「ヒロくーん。僕だよ航太だよ」

こ、航太だ。ど、どうしよう。居留守を使うか?

「いるんでしょ~?」

う…ばれてる…。

「ヒロくん安心して。大丈夫だからここ開けて」

「航太…」

ゆっくり足を進めて玄関に向かう。

少し震えた手でドアを開けた。

ドアの向こうには、にこにことした航太が立っていた。

「こ、航太…ごめん。いや、違うんだ。その」

「あはは、ヒロくん大丈夫だよ。落ち着いて」

「う、うん…」

「部屋、入るね」

「うん…」

「おじゃましまーす」


「その様子だと果穂ちゃんから電話でも来た?」

「はは…航太はなんでもお見通しってわけか…」

「そうでもないよ?ヒロくんの嘘、最初は嘘だと思わなかったもん」

「ご、ごめん」

「だから僕ちょっと悲しかったな、ヒロくんに裏切られて」

「ごめん…」

「ヒロくんさっきから謝ってばっか」

「…俺が悪かったから」

「でも僕はそんなヒロくんの裏切りを許します」

「…え?」

「ヒロくんと仲良くなれて嬉しかったし、これからも仲良くしたいんだもん」

「航太…」

「そこで質問。ヒロくんが両親を殺してなかったのは分かった。でもあの計画は?考えたのは本当?」

「それは本当!信じてくれ!計画して、俺は…実行しなかったんだ」

「分かった、信じる」

「航太…許してくれてありがとう…」

「あ、でももう一つ。果穂ちゃんにもう会わないでって釘刺されちゃったからさ」

「そ、それは俺の方でなんとかするよ…」

「あぁ、違うよ。そうじゃなくて、ヒロくんは1つ選択をするんだよ」

「…選択?」

「そう。これ以上僕と関わらないようにするか、両親の死か。どっち?」

「両親の…死…?」

「こんな僕と仲良くしてくれたお礼に、僕がヒロくんの両親を殺してあげる」

「い、いいのか!?」

「あはっ、それでこそヒロくんだね」

「あ、えっと、本当に?」

「うん。計画は僕と一緒にしてね?」

「わ、わかった」

「僕はヒロくんの味方だよ」

「航太…ありがとう」


「とりあえず計画はこんな感じかな。これで大丈夫?」

「うん」

「じゃあ、実行日は大雨の日の夜が良いから…今のところこの日かな」

「分かった」

来週の火曜日の夜、天気予報は大雨だった。


当日の火曜日、天気予報は変わらず、夕方から雨が強くなり夜にはすっかり土砂降りだった。

「今日か…」

計画が決まったあの日から、なんだが気が抜けたような毎日を過ごしていた。

現実感の無い、そんな感じ。

あれから果穂とは話していない。

メッセージもなんて返したら良いか分からない。

電話も出てない。

家に直接来た時もあったけど居留守をしてしまった。

果穂は優しくて良い子だ。

こんな俺が付き合う資格は無い…。


珍しく残業も少なく早めに上がれた。

土砂降りの中、どこかに寄る気力もなく一直線に家に帰る。

マンションに着き、エレベーターを上がると自分の部屋の前に人影が見えた。

「果穂…」

「大翔!大丈夫!?」

「え…?うん、大丈夫だけど…。果穂こそこんな夜にどうしたの?肩も濡らして…」

「どうしたのじゃないよ!あれから連絡くれないし、私のこと避けてくるし…」

「あぁ……ごめん…」

頭がぼんやりしている。

果穂の声が上手く脳まで届かない。

「大翔?顔色悪いよ?ちゃんとご飯食べてるの?」

「やっと…今からなんだ…」

「え…?何が…?」



「夜よーし、大雨よーし、道具よーし。じゃあ行きますか」

目立たない格好をし黒いキャップを深く被り、レインコートで全身を覆う。

予報通り大雨の夜、僕は事前にチェックしていたヒロくんのお父さんの退勤ルートへ向かった。

特に予定がなければ、19時過ぎにはこの人通りの少ない道を通る。

そこで路地裏に引き摺り込んで殺す。

それだけ。

グローブを嵌め物陰に隠れていると、ヒロくんのお父さんがやってきた。

ナイスタイミングだ。

いくら歳をとったおじさんとはいえ相手は男の人。

一瞬の隙は欲しい。

ヒロくんのお父さんとすれ違う直前、僕は呻き声をあげてその場に座り込んだ。

ギョッとしたおじさんと目が合う。

「ぐっ、いてて…」

「だ、大丈夫か?君…」

あたりを見て悩んだ後、少し屈んで僕に声をかけてくれた。

「ふーん、一応優しさはあるんだね。どうしてその優しさをヒロくんには向けられなかったのかな」

「え…?ヒロ

一瞬の隙を狙って、僕はおじさんの頭に金槌を思いっきり打ち込んだ。

言葉が潰されたようななんとも言えない声をあげ、傘を落とし地面へ倒れた。

重い体を路地裏に引き摺り込む。

サバイバルナイフを取り出し、おじさんの首元にあてた。

「復讐の時間です。さようなら」

ナイフで喉元を切り裂く。

溢れる血飛沫は大雨が地面へ叩きつけていった。

「1人目完了〜」

鞄の中を探り、家の鍵を回収した。


ヒロくんが教えてくれた実家の住所を確認しながらそこに向かう。

次はお母さんだ。

「すごーい。高そうなマンション」

オートロックを解除し、エントランスを抜けエレベーターに乗る。

あっという間に部屋の前に到着した。

何食わぬ顔で鍵を使って中に入った。

靴のままズカズカとリビングの方へ向かう。

「あなた?帰ったの?」

おばさんの声がリビングから聞こえた。

僕と目が合うとおばさんは金切り声をあげた。

「だ、誰なの!?」

「こんばんは。僕?僕はヒロくんの友達だよ」

「ひ、ヒロ?だ、誰なのよ!け、警察!」

おばさんはもうパニックになっていて、僕の言葉を全く理解していなかった。

壁に追いやるようにゆっくりと近づく。

「え?ひどくない?大翔くんの事なんだけど」

「ど、どうして大翔なんかの名前が…」

「もーいいや。なんかウザいこの人」

一気に距離を詰め、おばさんの首を掴んで床に押し付けた。

「ぐっ、いだ!?た、助けて!」

「うるさい。これは復讐だ」

「なん…で!?わたし…がっ」

「はい、さようなら」

おじさんの時と同じように、ナイフで喉元を切り裂いた。

これで死んだけど、さっきの言葉がムカついて心臓のあたりに何回もナイフを突き刺した。

「2人目完了っと」

返り血がベッタリついたグローブとレインコートを袋に放り込み、リュックにしまった。

新しいグローブを嵌め、新しいレインコートを着て外に出る。

家の鍵はおじさんの鞄に戻し、そのあとは普通に帰宅した。

――

ヒロくん、終わったよ。

お疲れ様でした!

――



「大翔?何が今からなの?」

果穂に体を揺さぶられてはっとする。

「あ、あれ?果穂?あ、えっと今からやっとご飯食べれるなって…」

「もう…とりあえず部屋入ろう?体冷えちゃうよ」

「あ、あぁ」

促されるまま、果穂と一緒に部屋に入った。


「ごめーん、タオル借りていい?私も濡れちゃった」

「うん」

「それにしても雨すごいね、こんなに土砂降りなの久しぶり」

「そうだね」

「そういえば夜ご飯何食べる?適当に作るよ?」

ブー

手元のスマホを見ると1件の通知が来た。

「果穂。もう時間だ」

「え?まだ電車あるよ?止まってないみたいだし」

「俺たち、別れよう」

「………え?」

「俺みたいな人間が果穂と付き合って良いわけないんだ」

「え?え?ちょっと待ってよ、この間のことならもう怒ってないよ」

「俺と果穂は違う。根本的なところから全部」

「そりゃ人間みんな違うよ…?大翔、何言ってるの…?」

「航太だけだ…本当の俺を分かってくれるのは…」

「また航太!?てか私だって大翔のこと分かってるよ!家庭環境が良くなかったところも私が寄り添って!」

「…果穂にはできなかったよ」

「なに…それ…。大翔も航太も同じようなことを…。もういい。大翔なんか知らない」

「そうだよ、俺と関わらないほうが良い」

「じゃあこんなもの渡さないでよ!!」

そう言って果穂は何かを俺に投げつけた。

床に落ちたのはクリスマスプレゼントで渡したリングだった。

「ははっ…本当にそうだな」

俺の言葉は1人になった部屋によく響いた。



翌日、まるで台風一過のような清々しい青空が広がっていた。

両親からの解放。

果穂も遠ざけた。

身体がとても軽い。


昼過ぎには警察から連絡が入った。

父の遺体が見つかり、そこから自宅にある母の遺体も見つかった。

上司に説明し、数日休みをとった。


ピンポーン

「ヒロくんやっほー」

「航太、また急だな」

「入っていいー?」

「いいよ」


「航太の方はあれから平気か?」

「うん。大丈夫。特に証拠も残ってないと思うし」

「そうか、本当にありがとう。牢獄から解放された気分だよ」

「わかる〜。これからは自由に生きようね!」

にこにこしている航太に釣られて笑顔になる。

「あれ?このリングどうしたの?」

航太は足元に落ちていたリングを不思議そうに見つめた。

「あぁ、それは果穂にあげたやつなんだけど返されちゃって…そのままだったな」

「ふーん…。あ、見て見て!僕にもぴったり」

航太の手を見ると、リングは綺麗に右の薬指に収まっていた。

「へぇー、お前指細いんだな」

「んふふー、ねぇこれ貰っても良い?」

「売ってもそんなに金にならないと思うけど」

「売らないよ!」

「そうなの?まぁいいけど」

「やったーありがとう!」


「ヒロくんさー、秘密増えちゃったね」

「そうだな」

「それでいいんだ?」

「うん。航太がいるから」

航太と関わっていると秘密が増えていく。

それでもこの心地いい関係が振り解けない。

もう戻れない。

こうして俺はたった1人の親友を手に入れた。


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