捜索
アリア視点
「アリアさん…、起きてください。アリアさん…」
「う〜ん…。ラーナさん…?」
「アリアさん、時間ですよ。今日は朝早くから冒険者の方たちを探しに行くんですよね」
「ハッ…、そうでした…!」
いつの間にやら、眠ってしまっていました。
窓を見ると、まだ日が出て間もない時間。外は薄っすらと明るい程度。けれど、捜索するには十分な明るさでしょう。
「シルバさんは…?」
「いえ、先にアリアさんの方を起こしに来たので」
ラーナさんは普段から、このくらいの時間には起きているらしく、今日起こしてもらうように頼んだのですが、良かったです。
正直、私一人では起きれる気がしなかったです…。
素早く身なりを整えながら、シルバさんが手伝ってくれるような理由を考えます。しかし、特にいい案が思いつくことなく準備を終えてしまい、仕方なく部屋を出ます。
結局、リベリタリアについたら、何かしらの仕事をして、金銭を稼ぎ報酬を払うという、後払いでダメ元で頼んでみます。
誠心誠意、お願いしたら、シルバさんも首を立てに振ってくれるかもしれません。
「シルバさん…?起きてますか…?」
シルバさんの寝ている部屋の前に立ち、ドアをノックして呼びかけます。
まだ、寝ているのでしょうか…?でも、シルバさんは人が近くにいると熟睡は出来ないと言っていたので、声をかければ、答えてくれると思うのですが…。
野宿している間も、ずっと仮眠しているだけで、少しの物音でも目を覚ますよう訓練したそうです。結果、人や生き物の気配のあるところでは熟睡できなくなったのだとか…。
寝られないというのは、きっと大変なのでしょう。そんなシルバさんを頼ることは少々心苦しいですが、わたし1人で探すよりも、シルバさんがいてくれたほうが、より確実でしょうし、やはりお願いしてみましょう。
しかし、いくら待っても返事はありません。再度呼びかけてみても変わらずです。
もしかして…、部屋の中で1人なら熟睡できるのでしょうか…?それとも、やはりずっと仮眠続きで疲れが溜まっていたのでしょうか…?
中の様子を見ようと、部屋を開けようとして、はたと、止まります。
人が寝ているであろうお部屋に勝手に入るのはいかがなものでしょう。それに、男性の部屋に、無断で入るだなんてはしたなくはないでしょうか。
昨晩は、一応許可はもらいましたけれど、今回は返事はありませんし。
………。…一応、確認するだけです。熟睡しているのなら、起こすのは忍びないので、お願いするのは諦めましょう。
「…シ、シルバさん…、は…、入りますね…」
再度ドアをノックし、呼びかけつつ部屋をそ〜っと開ける。
何だか緊張してきました。昨日の比ではありません。心臓の音も聞こえてきて、心なしか鼓動が早く感じます。
シルバさんは、夜どんなふうに眠るのでしょう。
聞いた話では、寝間着を着ずに下着だけで眠る人もいるそうですし、本当かどうかはわかりませんが…、その…、一糸まとわぬ姿で眠る人もいるのだとか。
もし…、シルバさんが、そんな格好で寝ていたら…。
顔が熱くなっていくのが分かりました。いけません、破廉恥な考えはやめましょう。きっと、普通に寝ています。そうに決まっています。
ただ…、そう…!念のため、あまり視界に入れないようにしておきましょう。一応…!
意を決して、中に入ります。しかし、そこには、シルバさんはいませんでした。
一体どこに行ったのでしょう…?もし、ラーナさんが知っていれば、教えてくれたでしょうし…。
そこで、一つの考えが頭を過ります。もしかして…。
わたしはいても立ってもいられずに、ラーナさんの家を飛び出します。そのまま門のところまで行き、眠そうに大きなあくびをした門番のモーンさんに聞きます。
「あのっ!昨晩、シルバさんがここに来ませんでしたか…?!」
「…えっ?…ああ、あのツンツン頭の兄ちゃんなら、散歩に行くっつって森に入っていったぞ。夜も遅いのに変だよな。朝方には戻ると言っていたが」
「ありがとうございます!」
「あっ、おい!どこへ…」
モーンさんが呼び止める声も振り切って、わたしは森の中へと駆けていきます。
もしかして…。シルバさんは、わたしの思いを汲んでくれて、危険だと言っていた夜の捜索をしてくれたのでは…。
シルバさんが、わざわざ夜に森へ入る理由なんて特にないはずです。それこそ、冒険者の方たちの捜索以外の理由なんて。
散歩だなんて適当なことを言って、素直じゃ無い人です。
わたしに、俺を利用しろだなんて言っておいて、そうする間もなく、自分で勝手に動いて。
きっと、わたしとあったら、たまたまだとか、自分のためだとか言って誤魔化すに違いありません。
そういえば、シルバさんは、どこまで捜索に行ったのでしょう。
嬉しさが込み上げてきて、思わず駆け出してしまいましたが、このまま森を彷徨っても合流できる気がしません。
モーンさんは、シルバさんは朝方には戻ると言っていたので、そろそろ戻ってくる頃だと思います。やはり、村で待っていたほうがいいかもしれませんね…。
気づけば結構な距離を走ってきていました。ここから戻るのは面倒ですね…。
仕方ないと思いつつ戻ろうと踵を返すと、ふと視界に赤黒いものが入ってきました。
何だか、妙な胸騒ぎを覚えながら、見えたものを確認するために近づきます。
「…っ!…これは、血の跡…?…それに、争った形跡も。こっちには足跡が…。たぶん魔物のもの…、そして、人の足跡…!」
もしかしたら、件の冒険者の足跡かもしれません。魔物と戦闘になって、それからどうなったのでしょう。死体は無いですし、たぶん生きてはいると思いますが…。
よく見れば、その血はと戦闘の痕跡は、まだ続いているようでした。村から離れてしまいますが、この痕跡を調べることを優先しましょう。
警戒を深めながら、慎重に歩を進めます。魔物の残党がいるとも限りませんし…、何時でも迎えうてるようにしなければ…。
戦闘のあとは続いていき、時々、大きな血溜まりが出来ていました。おそらくは魔物がそこで息絶えたものだと推測します。
魔物の死体はすでに消えて、血痕もおそらくは魔力となって霧散しているのだとしたら、わたしの進んでいる方向が、より新しい痕跡なのでしょう。
最初の血痕に比べて、進んでいくほど血溜まりは大きく、そして濃いものとなっています。
この先で、一体何が…。
ガサッ
「…!」
何か…いる…。わたしの進行方向の先。木々の間を抜けるような動きに合わせ、茂みが揺れる。
…魔物?…それとも冒険者?
分かりませんが、隠れる場所もないので、構えます。
何が来てもいいように、力を抜き、体の緊張を抜く。両手を前に、防御の姿勢。重心は後方に置き、すぐさま下がれるように。
音が近づいてきて、未だ薄暗い森の中。樹と樹の狭間の影。そこに浮かぶのは…。
赤い2つの光。それは正しく、鋭い眼光。
「何やってんだ、お前…?」
シルバさんでした。
「こんなとこで、何変な格好で固まってーー」
「シルバさん!!」
「うおっ、何だよ、急に…」
思わず詰め寄ってしまいました。でも、仕方ありません。
「ありがとうございます!シルバさん!」
「…はあ?」
「わたしの代わりに、冒険者の方たちの捜索をしてくれてたんですよね!それも、夜中に!」
「…何勘違いしてんだ。俺はただ薬草取りがてら、散歩に行ってただけだ。まあ…、偶々そいつらがいたであろう痕跡は見つけたがな…」
「…ふふっ」
「…何だよ」
「…いえ、何でも!」
やっぱり、偶々って言いました。本当に素直じゃ無い人ですね。
「それよりもだ、冒険者たちのことだが…」
「そうでした。この戦闘の跡、たぶん冒険者の痕跡ですよね…?」
「おそらくな」
わたしが、見てきた痕跡と、それを元にした推測をシルバさんに話したところ、シルバさんも同意見だそうで。
シルバさんは、森のかなり深いところまで捜索してくださったそうで、夜遅くから、この時間まで…。本当に感謝です。
当の本人は、森の深いところのほうが、いい薬草があるからだ、と言っていますが。実際に、薬草は採取してきているのが、何だかいじらしいです。
シルバさんを伴って、戦闘の痕跡をたどります。ある程度まで行ったところで、シルバさんが止まります。
「ここで、冒険者が負傷した…、おそらくは魔術師」
「えっ?どうして分かるんですか…?」
「今までの戦闘の跡には、魔術を行使したと思しき痕跡があったが、ここを境にその痕跡が無いんだよ」
「…むぅ、でも、魔力が切れただけの可能性は…?」
「…これを見ろ」
シルバさんが指さしたのは、拳ほどの大きさの石。よく見れば、血痕があります。
「魔物の血液は、人間のものに比べて、より黒い。このあたりの血痕と見比べてみれば、その石に付着したものは人のものと分かる」
確かに、周りの血痕に比べて、まだ色が明るいです。よく見れば、地面にも似たような色合いの血の跡があります。
「ここから、一気に防戦一方になったようだ。1人は負傷、おそらく気を失ったな。残るは、前衛が1人と、弓使いが1人」
道中の痕跡には、矢が点々としていました。地面や木に刺さらず、落ちているだけの矢。しかし、矢じりには血の跡。
射られた魔物が死に、魔力となって霧散したことで、その場に矢だけが残ったのでしょう。
これより先には、先程と違い、打ち損じた矢が散見されるようになりました。シルバさん曰く、牽制目的でも射るようになったか、疲労か、仲間がやられたことによる同様のいずれかだそうです。
「戦闘の痕跡の状態を見るに、半日以上経過しているな…」
「…心配ですね」
そして、おそらくは痕跡の終着点と思しき場所にたどり着きました。
「これ、地面が濡れています。まるで、大量の水がここに突然現れたような…」
「ああ、十中八九魔術によるものだ」
「つまり、魔術師の方がここで目を覚ましたと…?」
「いや、もしそうなら、今までのこの規模での魔術を使わなかったのは不自然だ」
「では、誰が…」
「シャンレイだろうな」
シャンレイさん…!Bランクの冒険者。
「ここで、シャンレイさんと合流したんですか…!」
「ああ、そして、この跡を見ろ」
シルバさんが示したそこには、地面が削れたような跡がありました。
「これは…?」
「何かしらの魔道具のあとだろう。考えられるのは、空を飛行する類のもの」
「それじゃあ…!」
「おそらく、シャンレイは冒険者たちを連れて、空へ逃げたんだろうな」
どうやら、この魔物たちからは逃れられたようです。ひとまず安心でしょうか…。
「シャンレイさんたちはどこへ行ったのでしょうか…?」
「さてな…。空へ行かれたのでは、これ以上追跡はできんな…」
「そうですか…」
「案外、もう村に戻ってるかもな。俺たちも戻ろう」
「は、はい…。…あのシルバさん、本当にありがとうございました」
「はいはい…、勝手に礼いってろ」
シルバさんは、わたしの感謝を素直に受け取ってはくれませんでした。そんなそっぽを向かなくてもいいのに…。
…ふと、思います。シルバさんは、夜通し捜索してくれました。けれど、ここまでの痕跡ならば、調べるのにさほど時間はかからないはず。
森の奥まで捜索していたらしいですが、そんな奥まで一体何を…?もしかしたら、村から来た時は、この痕跡は見逃して、帰りに見つけたのでしょうか…?
聞いてみようかと思いましたが、シルバさんがズンズンと先に進むので、些細な疑問だしいいかと思い、慌てて追いかけました。
追いついたシルバさんの横顔は、何だか、いつもよりも険しいような、そんな気がしました…。