理想と現実
アリア視点
「何か相談事か?」
「…はい」
夜分遅くに殿方の部屋に入るなど、王城にいた頃では考えられませんね。少々、はしたないですが、1人でいると、なんだか不安に押しつぶされてしまいそうで、いても立ってもいられませんでした。
「…わたしは、変われるのでしょうか?」
「変わる…?」
「…あの日の、無力な自分のままではいたくない。何もできないままの自分は嫌なんです」
「………」
あの日から5日、いえ、もう6日…、あの日の光景をずっと夢に見ます。
世界すら焼き尽くさんと感じるほどの、あたり一面の火の海。遠くから聞こえる叫び声。崩れ落ちる、栄華を誇っていた見慣れた景色。
「…あの方の、勇者様を助けると誓った日から、わたしは修練を始めました。段々と身についていく、戦いの術、魔術。それらはわたしの自信へと繋がりました」
「………」
「…けれど、足りなかった。全く。魔族たちに、わたしの攻撃が弾かれるたび、わたしの全てが否定されていくような、そんな気がしました。まるで…」
わたしには、分不相応な望みだと。
「…足りなかったもんは、しゃーねぇだろ。今から少しずつ、また積み上げていくしかねぇ。お前もそのつもりだったんじゃないのか?」
「…はい。諦めるつもりはありません。…でも」
「…なんだ?」
「わたしの力が足りない時は、またあの日のように、助けることを諦めなければならないのでしょうか」
わたしは、怖いのです。目の前で人が死んでいくのが。助けたいと思うのに、何も出来ない自分が。
わたしが、誰かを救うことのできる力を身につけるまで、あの日のような無力感が、また私を襲うのではないか、それがいつまで続くのか、わたしはそれに耐えられるのか、わたしは、諦めずにいられるのか…。
それを考えると、不安で、怖くて、目の前が真っ暗になっていくような、そんな気がしてくるのです。
「………」
「………」
わたしの中の恐怖心をそのまま伝えて、それから二人して黙ってしまいます。そうですよね、いきなりこんなこと言われても困ると思います。
まだ、出会って一週間ほど。お互いのことを、ほとんど何も知らない者同士。何もいえなくて当然です。
「…どうして、急にそんなことを?」
「…え?」
「ここに来るまでの間に、話ならいくらでも出来ただろうに、なぜ今になってそんな話を?」
「…ラーナさんから、シャンレイさんの話を聞いたんです」
「…シャンレイ?」
シャンレイさん。このあたりの調査のために来た、冒険者のうちの1人。Bランクの冒険者で、その中でも、冒険者になってから今のランクに至るまでの期間が、最も短い、最速記録の保持者だそうです。
「…シャンレイさんは、1年前くらいにこのローグ村に初めて訪れたそうです。冒険者ギルドの依頼で」
「…ふむ、1年前…ねぇ」
「依頼は大したことはないものだったようで、すぐ終わったのですが、問題は報酬なんです」
「報酬?」
「その頃のローグ村は貧しくて、あまりお金がなかったのです。依頼の直前に定期的に来る行商の人が村を訪れて、いつものように、村に必要な物資を売りに来てくれたそうなのですが。その物資が少し値上がりしていたらしく」
「なるほど…、報酬の金を切り崩したと」
その通りです。報酬を払えなくなった村の人たちは、シャンレイさんに頭を下げてお願いしたそうです。いつか必ず、足りない分も補填するので、今回は見逃してほしいと。
契約違反には、罰則が付き物です。冒険者ギルドの依頼を破ると、確か破った場所や人物の依頼には過去に契約違反をしたことが記載されるようになり、依頼の優先度も下がるとか…。
ただでさえ貧乏で、村の防備もままならず、害獣や魔獣の侵入を阻めない村には、冒険者は生命線。それだけは避けたいと、その一心で、シャンレイさんに頭を下げたのでしょう。
「ふ~ん、ま、自業自得だと思うが…」
「…はい、でもシャンレイさんは、村にまだ行商人がいるか確認して、いると分かったら、村の人達に魔獣の素材を上げたんです。いらないからと」
「………」
「その魔獣の素材は、ちょうど足りない金額を補填できる位の売値になると、村の人達に言ったそうです。村の人達は、もしかして、これを売って金額を補填しろということか、と問うとシャンレイさんは、好きにしたらいいと、もう上げたものだから好きにしたらいいと言ったそうです」
「…随分と、お優しいことだな」
「はい、村の人達はシャンレイさんに感謝して、依頼は無事に為され、村の人達はその村で出来得る限りの歓待をしたそうです」
それからと言うもの、シャンレイさんはときに依頼で、ときに私用でと、何かとローグ村に訪れては、色々と手助けをしてくれたそうです。
入手の難しい魔獣の素材を卸してくれたり、村や村の作物を守るための、防護柵を設置してくれたり。自分だけでは何だからと、この村の家全てに簡易的なお風呂を作ったりと、様々なことをしてくれたそうです。
ラーナさんの家にも、貴重な薬草を卸したり、トリシャちゃんに魔術の指導をしたりと、色々と気に掛けてくれたようです。
「なるほどね、ここ一年ほどでの発展はそういうことか…」
「…村の人たちは何故ここまでしてくれるのかと聞くと、私のしたいことだからと、ただそれだけ言ったそうです」
「…ふん」
「その話を聞いて、シャンレイさんは、わたしの理想を体現している人なのだと思って、わたしもそうなりたいとより強く思うようになって、それで…」
「焦りが出たわけだな」
「…はい」
シャンレイさんの話を聞いて、その人と私の差とを如実に感じてしまい、その差が埋まることはあるのか、どれほどの努力と時間を捧げれば、その境地へと到れるのかと。
私に本当にたどり着けるのかと、焦りと不安を抱いてしまったんです。
「………」
「………」
思いの丈を吐露して、二人して黙ってしまいます。当然ですよね、まだお互いのことを何も知らないのに、こんなことを言われても困りますよね…。
「…すいません、こんな夜遅くに聞いてもらう話ではありませんでしたね。私、もう部屋にーー」
「…別にいいんじゃないか」
「…え」
「どんなに焦ったところで、足りない物は足りない。少しずつ積み上げていくしかない」
そうです。そうするしかない。でも、なら、その力がないうちは、あの日のように、また何も出来ない。そんなのはもう…、嫌なんです…!
「足りないうちは、周りを使え」
「…ま…、わりを…?」
「どうせ自分には出来ないと、分かってんなら出来るやつにやらせりゃいい。自分で出来るようになるまでな」
「でも、わたし…、頼れる人なんて…、どこにも…」
そう、わたしはあの日、全てを失ったんです。生まれ育った場所、日々を共に過ごした大切な人たち、気づかないうちに父さえも…。
「あー…、だからな…」
シルバさんは、何だか言いづらそうに、いつも以上に眉間にしわを寄せながら、最終的に自分を指さします。
「…え?」
「だから、俺を使えばいいだろう」
「…それは、シルバさんが手伝ってくれるということ…ですか…?」
意外でした。シルバさんは、優しさの分かりにくい人だとは思っていましたが、こうも直接的に言ってくるなど。
ハッ!も…もしかして…!
「い…、いけません!シルバさん!わ…わたしには、勇者様という心に決めた人が…!」
「何を勘違いしてやがんだ!てめぇみてぇなチンチクリンになんぞ惚れとらんし、手伝ったりもしねぇ!!」
「チ…、チンチクリン…」
確かに、わたしは年頃の割に発育が乏しいなかもしれませんが、まだ成長が終わったわけでは…。って、手伝ってくれないのですか?
ではなぜ、あんなことを…?
「俺がお前を手伝うことなんてありえねぇよ。だから、俺が動かざるを負えないように仕向けてみせろってことだ」
「仕向けるって…」
「力が足りないからって、救うことを諦めることはできねぇんだろ?だったら利用できるもんは何でも利用しろよ。お前が今諦めるべきは、誰かを救うことじゃなく、自分だけで救おうとすることだ」
目からウロコの気持ちでした。確かに、わたしは自分だけで全部やろうとして、それでも力が足りないことに焦っていました。
そうじゃないですよね。自分にできないのなら、誰かを頼る。なんと当たり前のことか…。
そもそも人と人とは、そうしてこれまで生きてきたのではないですか。
わたしがそうしたいと思ったのだって、皆を助けてくれる勇者様を助けたいと、そう願ったから。
無力感と焦りで、視野が狭くなっていました。
「ありがとうございます!シルバさん!わたし、シルバさんを頼らせてもらいますね!」
「断る」
「どうしてですか!」
「タダ働きはゴメンだって言ったろ。俺を動かしたきゃ報酬をよこすんだな」
「報酬と言っても…わたし、今無一文ですし…」
どうすれば、シルバさんは手伝ってくれるのか、必死で考えますが、なかなか思いつきません。
「ほら、もう夜も遅いから、さっさと寝ちまえ」
「わわっ!ちょ、ちょっと持ち上げないでください!」
そのまま、部屋の外へとつまみ出されてしまいました。仕方がないので、自分にあてがわれた部屋に戻ってベッドに入ります。
シルバさんが動いてくれるような理由、お金以外で何か、なにか無いでしょうか。
そんな事を考えていましたが、悩みが晴れたからか、疲れが溜まっていたからか、身を包み込む温もりに、急速に瞼が重くなり、その重さに抗えませんでした。
シルバ視点
さて、ようやくだな。準備が完了し、そっと村娘の薬屋を出る。
村の入口までむかい、門番がこちらに気づく。
「こんな夜更けにどうした。この暗闇で外に出るのは危ないぞ」
「俺はそんなに弱くねぇよ」
「しかしな…、ラーナの恩人を捨て置くわけには…」
「問題ねぇよ、俺はAランクだから」
「それって、冒険者ランクが…か…?すげぇな」
ギルドカードを見せて大丈夫なことを伝える。そのまま門を出て森へと向かう。背中から声が掛かる。
「何しに行くんだ?」
「別に、ただの散歩だよ。朝方までには戻る」
「…散歩って…」
そう、散歩だ。場所は、薬草が群生しているところを回る。散歩ついでに色々と採取しておきたいからな。このあたりの森に生える薬草には貴重なものもあるし。
そう、だから偶然、たまたまだ。
俺の行先が、件の冒険者3人組の行き先とかぶっているのは。
そう、ただの偶然だ…。