ラーナ家にて
アリア視点
「来ませんね…」
「ああ…」
この村に来て、すでに一時間程が経過した。けれど、件の冒険者たちはまだ戻ってきません。やはり何かあったのではないでしょうか。
シルバさんが、こちらを見ます。何を言いたいかは分かっています。もうこれ以上は待てない、早く出発するぞと、顔に書いてあります。
短い付き合いですが、これくらいは分かるようになりました。しかし、心配なものは心配です。
「やはり、今からでも森に探しに行くべきでは…」
「馬鹿なこと言ってんじゃねーよ」
シルバさんは、呆れたように言います。
「もう日は沈んだ。この暗闇の中で捜索なんかできんだろ、手掛かりもなしに」
「ですけど…」
「今のお前に何ができるんだよ」
「っ…!」
シルバさんの言葉が突き刺さります。確かに今の私に出来ることなんて、無いのかもしれません。夜の探索に慣れているわけでもなし、こんな森の中での誰かの捜索なんてしたこともありません。
無謀な試みだとは分かっています。しかし…。
「…それでも、何もしないのは…、嫌です…」
「………、あの時の二の舞いになるぞ」
「そうかもしれません…。それでも…」
届かなくても、足りなくても、何もしないことだけはしたくない。この気持ちだけは捨てたくないのです。
「はぁ…、今夜はここに泊まる」
「えっ!」
「捜索は、明日の早朝だ、分かったな」
「い…いんですか?」
「どうせ、言っても聞かねーんだろ?だったら勝手に行動されるよりは、こうしたほうがマシだ」
「あ、ありがとうございます!シルバさん!」
まさか、許可を出してくれるとは思いもしませんでした。流石に夜中の捜索は許してはくれませんでしたけど、それでも、行動はさせてくれるなんて。
やっぱり、シルバさんはなんだかんだ言っても優しいひとです。
「ま、朝には帰ってくるかもしれんがな…」
「はい!だといいですね!」
「さて、ならまずは、今日の宿を…」
「それなら、うちに泊まりませんか?」
宿を探そうとしていたところに、村長に今日の出来事を報告していたラーナさんと門番のモーンさんが戻ってきました。
「ラーナさんの家に…ですか?いいんですか?」
「はい!ぜひ今日のお礼も兼ねて。夕飯もご馳走しますよ」
「やったな、宿代が浮いたぞ」
「もう、シルバさんは本当にお金にうるさいですね。ラーナさん、お願いしてもいいですか?」
「はい、もちろんです。案内しますね」
ラーナさんのご厚意で泊めていただけることになりました。シルバさんは宿代を払わずに済んで嬉しそうでした。
シルバさんは、何かとお金にうるさいです。タダ働きはゴメンだとか、こっちのほうが安いだとか。あまりお金に余裕がないのでしょうか?聞こうにも、こういった話はあまりよくないので聞けません。
心なしか、足取りの軽いシルバさんと一緒に、ラーナさんに付いていきます。
ラーナさんは、薬草屋を営んでいるそうで、広場のすぐ近くにお店があるそうです。寝泊まりもそこでしているらしく、今は、4歳になる妹さんと暮らしているそうです。
4歳ですか…、ラーナさんは美人ですし、妹さんもきっと可愛らしいのでしょうね。会うのが楽しみです。
「お前…、顔がすげえだらしなくなってんぞ」
「ア…、アリアさん…?」
「…ハッ!」
いけません、いけません。つい、感情が昂ぶってしまいました。でも、仕方ないですよね!子供って、どうしてあんなにも可愛らしいのでしょう…!
「…ウフフ」
「だめだな、こりゃ」
「アハハ…」
程なくして、ラーナさんのお店、もといラーナさんの家へと辿りつきました。
お店は…、たぶん大きいのではないでしょうか。城下のお店しか見てこなかったので、一般的な村の商店の規模を把握していないのでなんとも言えませんが。
一人で経営するのはさぞ、大変でしょう。妹さんのお世話もしながらでしょうし…。私になにかできることがあればぜひ手伝いたいところです。
「お姉ちゃん!!」
突然扉が開いたので少し驚きました。しかし、次の瞬間、そんな驚愕はどこかへと、吹き飛んでしまいました。
なぜなら、そこには天使がいました。
ラーナさんと同じく、茶色の髪。コテンと首をかしげる仕草からは、庇護欲を抱かせます。クリクリのお目々は、ラーナさんへと向けられた後に、見慣れないのであろう私とシルバさんに向けられ…。
「だぁえ?」
その舌足らずな口調に、私の心は撃ち抜かれてしまいました。
「か…」
「か…?」
「可愛いです!!」
私は驚かせないよう慎重に、かつ可能な限り素早く近づき、しゃがみこんで、幼き天使と目線を合わせます。
「私は、アリアっていうの。あなたのお名前は?」
「トイシャ!!」
「っ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
おそらく、トリシャと言いたかったのでしょう。まだまだ舌足らずなその言葉遣いがたまりません!!
思わず抱きしめたくなりますが、なんとかこらえます。段階を飛ばしたスキンシップは怖がらせてしまうかもしれませんからね…!
「おい」
「うぐぇっ…」
シルバさんに、首根っこを掴まれ、引っ張られます。
「いきなり、何を…!」
「顔怖えよ…、とにかく落ち着けよ」
「私は落ち着いています!!」
「…目ぇ血走ってんぞ」
む、どうやら感情を抑えきれていなかったようですね。でもそれは仕方のないこと。トリシャちゃんが可愛すぎるのです。
「おじさん、だぁえ?」
「ぶふっ!!」
「…てめぇ」
い、いけません。思わず吹き出してしまいました。笑ってはいけませんね。
「おいガキ、俺はおじさんじゃねえ。シルバってんだ、よく覚えとけよ」
「ガキじゃないよ!トイシャだよ!」
「………、はぁ、はいはい、トイシャな」
「トイシャじゃないよ!トイシャ!」
「同じじゃねぇか…」
シルバさんは、私が先程したのと同じように、しゃがんでトリシャちゃんと目線を合わせて、お話しています。シルバさんから見下されたら、私でも怖いので安心しました。
それが良かったのか、はたまた怖いもの知らずなのか、物怖じせずにシルバさんと話すトリシャちゃん。
「ふふっ…」
「…なんだよ」
「いえ、シルバさんが、トリシャちゃんに翻弄されてるのが少し、微笑ましくて」
「…ほっとけ」
シルバさんはそっぽを向いてしまいました。それがどこか子供っぽくて、ラーナさんと顔を見合わせて笑ってしまいました。トリシャちゃんが不思議そうに何が面白いのかとラーナさんにたずねています。
いつも、眉間にシワを寄せて、ずっと不機嫌な顔をされていたシルバさんも、子供相手には表情を緩ませ、からかうと子供のような照れ隠しをするのが、とても意外でした。
やっぱり、まだまだ知らないことだらけですね。
家の中へと招かれて、そのまま夕食の時間となりました。
ラーナさんが、調理をするというので、私もなにか手伝おうとしましたが、シルバさんに止められてしまいました。
「なぜ止めるんですか?」
「お前、料理なんかしたことあるのか?」
「無いですけど…」
「なら、大人しくしとけ」
確かに、素人が手を出しては迷惑かもしれませんね…。今までは、料理長が食事を作ってくれましたが、もうそういうわけにはいきませんから…。私も出来るようにならなければいけませんね。
ラーナさんにお願いして、調理しているところを見学してもいいかとたずねると、快く許していただけました。シルバさんも、絶対に手は出すなと、言われて許していただけました。
シルバさん、いくらなんでも警戒しすぎではないでしょうか。たとえ私が素人でも、そんなに不出来なものはできないと思うのですが。
今度、私の作った手料理を食べてもらって、証明しましょう。絶対に美味しいと言わせてみせます!
砂糖とお塩って、何が違うのでしょう?どちらも同じように見えるのですが…?