ローグ村
シルバ視点
「あ…、あの、助けていただきありがとうございました…?」
「なぜ疑問形?」
「いえ…、あの…、よく見えなかったので。あなたが助けてくれたんですよね?」
「ああ…、そういう。まあな」
無理もないな。ただの村娘に見切れるようなスピードじゃ無かったし。
小娘が、逃げる女の姿とそれを追う魔物の姿を捉えて、先走ったのに追いついたと思えば、あの程度の魔物のやられそうになっている始末。
まだまだ、実戦経験に乏しいな。魔物の狡猾さを甘く見ていたようだな。
「シルバさん、ありがとうございました」
「まあ、依頼だからな」
この小娘は、依頼による保護対象。面倒だったが、仕方なく助太刀した。
「あの、あなた方は…?」
「あ、自己紹介しそこねてましたね。私はアリア。少しの間行動をともにしているシルバさんです」
「アリアさんに、シルバさんですね。私はラーナです」
この村娘は、この森を抜けた先にある村に住んでいるらしい。この先の村は確か、ローグという名だったか。
小娘は村娘の足の治療をしながら、村まで送っていくなどと話している。送るぶんには構わないが。
「おい、俺はさっさとリベリタリアまで戻りたいんだ。送るだけだぞ」
さっさと戻りたいのもあるが、この森はきな臭い。あまり長居はしないほうが良さそうだ。それは小娘にも伝えてある。
「でも、シルバさん。この森の様子が、おかしいんでしょう?村の方たちも心配ですし、少しくらい調べてからでもいいじゃないですか」
どうやら、小娘は逆に村が心配になったらしい。話さなきりゃ良かったかな。
「あ、あの。それでしたら、すでに冒険者の方たちが調べに来ていますので、たぶん大丈夫かと」
「えっ!そうなんですか?」
「なら、俺たちが残る理由もないな。ほら、治療が終わったらさっさと行くぞ」
小娘は少し不服そうだったが、特に反論も思いつかないのか何も言わなかった。
「アリアさんは回復魔術が使えるんですね、すごいです!」
「いえ、まだまだですよ。今回も最後に油断してしまいましたし」
「魔物って、あんなに狡猾なんですね。他の魔物もそうなんですか?」
「私も、魔物にはそこまで詳しくなくて…」
ちらりと小娘と村娘がこちらを見やる。俺の意見を聞きたいのだろう。答えるのも面倒だが、道中ずっと黙っててもな。少し考えて、俺も会話に参加することにした。
「あの魔物、カオスウルフはなかなか狡猾な方だな。今回は3匹ほどだったが、本来は十数匹ほどの群れで行動する。獲物を襲うときは、相手の頭数より多いときや、相手が自分たちより弱い時がほとんどで、群れを陽動と物陰から襲撃する本命に分ける。不利になれば、獲物を人質に取ったり、逃げるふりをして先程のように油断を誘って奇襲するときもある」
「そんなことまでするんですか…。少なくて良かった…」
「恐ろしいですね…。魔物というのは」
「他の魔物も大小の差はあれ狡猾だ。人間を狩ることに関してはな」
小娘と村娘は顔を青くして、身を震わせた。今回はまだ運がいいほうだった。
魔物。人のみを襲う謎の存在。なぜ人のみを襲うのか、どこから生まれるのか、ありとあらゆることが謎に包まれている。
なぜならば、魔物は死ぬと、ただの魔力となって霧散するからだ。死体から生態を調べることなどができず、生け捕りにすると、自爆するのだ。
麻痺させようが、眠らせようが、どんな方法を取ろうが、身動きが取れなくなると自爆する。爆発の威力はそこまで大したことはない。大型の魔物になってようやく脅威になる程度の小さな爆発。
故に、人は魔物との戦い方は研究できても、魔物の生態については未だによくわかっていないのが現状であった。
自爆することについても生態とは言い難かった。あれは生態というよりは、まるで、口封じである。余計なことを知られないようにするための。
魔物は何者かの意志によって動いているのではないか。即ちそれは魔族ではないかと言う説が今の主流の一説である。
「では、さっきの…、カオスウルフ…でしたっけ?あれも今は魔力となって消えていると?」
「そういうことだ」
「確かに、そう聞くと魔物の背後に何かがいるような気がしてきますね。魔族の可能性が高いと思います」
小娘が、少し表情を暗くしながらそういった。まあ、あんなことがあれば、魔族を恨んでも仕方ない。
まあ、魔物を操っているのは魔族ではないのだが。
「そろそろ、見えてきましたよ!ローグ村です!」
「わあ、あれが!結構大きい村ですね!」
そんなことを考えていると、ようやく村にたどり着いたようだ。
ローグ村。たしか、ここ1年ほどで、大きくなったんだったか。何か特産品でもあるのだろうか。興味はないが。村にもよらないし。
「あっ!ラーナじゃないか!良かった、無事だったんだな。帰りが遅いから心配したぞ」
「モーンさん。実は魔物に襲われて、この方達に助けてもらったの」
「何?!魔物!?そんな危ないの村の近くの森に出たのか!」
村娘が門番の男と先程あったことを話している。小娘も一緒に立ち会っていた。
俺はその間、村の様子を軽く見ていた。家の一つ一つが結構大きく、村人たちの生活水準は高そうだった。
森の異常にあっても、表情はにこやかで明るい。あまり大した問題だとは思っていないようだ。そう言えば、冒険者が調べに来ていたのだったか。それが理由か。
しかし、特産品なんかは無さそうに見えるが。もしあれば、目立つような案内なんかがあるはず。しかし、そういった物も見当たらない。
入口からは広場が見え、そこに店や露天があるが、売っているものも大したものじゃない。品数は多そうだが。
観光なんかで稼いでいるとも思えない。このあたりに観光できる場所など特にはないしな。
村の発展を助けそうなものは見当たらず、けれど村はよく発展している。そのちぐはぐさに違和感を覚える。
何か、他の要因で発展したのか?まあ、その手の話には詳しくないし、よく分からんが。
「シルバさん」
小娘に呼ばれたのでそちらを向く。話は終わったのだろうか。
「なんだ?そろそろ出発したいんだが」
「冒険者の方たちが戻ってきていないそうです」
「は?」
「実は…」
聞けば、この村に調査に赴いた冒険者は4人。1人は昨日の朝方に、あとの3人は今朝来たそうだ。
3人の方は知らないが、最初に来た冒険者は知っていた。
名をシャンレイ。低い方からE〜Sランクまである冒険者ランク。その上から3つ目のBランクの冒険者だ。しかもシャンレイは冒険者になってからBランクになるまでの最速記録保持者である。
要は優秀な冒険者だ。シャンレイの方は、いつ頃戻るなどは言っていなかったし、優秀なのでさほど心配はいらないだろう。だが3人組の方はまだCランクになりたて。今日の夜には戻ると言っていたそうだが。
今はもう日もほとんど見えなくなってきている。確かにそろそろ戻って来てもいい頃だ。確かに少し、気にはなるが。
「別に、何かあってちょっと遅れてるだけかもしれんだろう。心配しすぎだ。そいつらもCランクなんだ、多少のトラブルがあってもなんとかするだろ」
「そうかもしれませんが…」
「いいから、さっさと行くぞ」
「あの!出発するのはせめて、その冒険者たちが戻ってくるのを見届けてからにしませんか?」
「はあ?そんな面倒なことするわけ無いだろ」
「でも、今日まで私達、ずっと歩きっぱなしじゃないですか。流石に、少し落ち着きたいんですが…」
「それは…」
確かに、あの日からもう5日ほど野宿を続けて歩き続けている。俺はともかく、小娘にはちと酷だったかもな。
「わかった。少しだけだぞ」
「ありがとうございます!シルバさん!」
俺たちは村で少しだけ休むことにした