とあるハーフドワーフとハーフエルフの話
温かな昼下がり、冬が明け初めて雪解け水が流れ込み刺すような冷たさを持った川が里の中心を流れている、ここドワーフの隠れ里は今日も槌の音が絶え間なく響いていた。
そんな里のとある一軒家に向かって歩く一人の人影があった。その人物はその家の縁側にたどり着くと、一人の男が酒を飲んでいた。
「ドワーフさん……また真昼間からお酒ですか?」
訪問者は呆れたような声色で男の昼からの飲酒を咎める。その声で訪問者に気付いた男は少しだけ顔をしかめて、言った。
「あー?良いだろうよ別に。あと俺はハーフドワーフだって何回言ったら分かるんだエルフ」
男―――ハーフドワーフは訪問者のエルフの方を見る。ドワーフしかいないこの隠れ里では目立つ尖った耳を持った彼女は少し頬を膨らませる。
「それを言うなら私もハーフエルフですよ?」
そう言ってハーフエルフは己の尖った耳を人差し指で指す。若干その耳がピコピコと動いた。
「……俺はお前がエルフってことに疑問を持つがな」
「?どこからどう見ても立派なハーフエルフじゃないですか」
ハーフドワーフの疑問にハーフエルフが不思議そうな顔をして首を傾げる。ハーフエルフの言う通り、おかしな点など何処にもない。しいて言えば尖った耳の長さが通常よりも短いのだが、これは彼女がハーフエルフだからである。
「じゃあお前好物もう一回言ってみろよ」
そんなハーフエルフにハーフドワーフが呆れ顔で問いかけると、ハーフエルフは即座に答えた。
「お肉です。特に脂身が」
ギットギトである。
「なのにお前何処とは言わんが育たねえよなぁ……痛え。無言でグーパンするな」
余計な一言を言ってしまったハーフドワーフが肩を殴られた。だが仕方ない。完全にハーフドワーフが悪い。
「気にしてるんです少しは。で、なんで私の好物をもう一度聞いたんですか?まさかお肉のごちそうを頂け―――」
「ねーよ。エルフは肉苦手だろうがよ普通」
都合のいい解釈をしようとしたハーフエルフの言葉を遮り一般論を出した。ハーフエルフにいくらでも食べろと言ってしまった過去の日がトラウマとして蘇る。
「えー。でも私も言わせてもらいますけど、ドワーフさんもドワーフに見えませんよ」
「何処がだよ。俺は酒大好物だし、鍛冶だってお手のもんだぜ?一体どこが―――」
好物が食べられないことに少し残念がったハーフエルフは、お返しとばかりにハーフドワーフに言葉を投げた。ハーフドワーフは不思議そうに己のドワーフらしさを主張した。
「一般的なドワーフの人は貴方みたいに背は高くありませんし、貴方みたいなツル顎じゃないで……って痛いです痛いです鼻を摘まんで引っ張らないでください」
だがハーフエルフの指摘が入り咄嗟に彼女の鼻を摘まみ上に引っ張り上げた。ハーフエルフの言う通り彼は身長164cmとドワーフにしては高く、髭などの体毛がお世辞にも濃いとは言えなかった。
「気にしてんだよ。お陰でモテやしねぇ」
「私も一度もモテた事が無いですね」
二人そろって落胆するハーフドワーフとハーフエルフ。
「そりゃ大食いな上にガンガン肉食うエルフと、ほぼ人間と変わらねえドワーフはかなり異端だしな」
「美味しいですよ?お肉」
「油モンとか濃いモンは苦手でな。どっちかってーと、あっさりしたモンを食いてぇ」
嫌いじゃねぇがな―――と付け足したハーフドワーフは酒を飲み干しグラスを空けた。
「ドワーフさん確かにおつまみ無しでお酒飲んでますもんね」
「いいだろ別に。俺はこうやって酒を楽しみてぇ」
「別に飲み方までとやかく言いませんよ。折角ですし私も同伴しても?」
ハーフエルフの申し出に珍しく笑みを浮かべたハーフドワーフがグラスを差し出す。
「ああ、たまにゃあ誰かと飲み明かしたいしな。それに丁度良い酒があるんだ。空けちまおう」
ハーフエルフはグラスを受け取ってハーフドワーフから酒を注いでもらった。
ハーフエルフはハーフドワーフに向けてグラスを差し出した。その意図に気付いたハーフドワーフもグラスをハーフエルフに差し出し、二人は互いのグラスを打ち合わせた。
「2年経った友好に」「昼からの酒に」
「「乾杯」」
「……なんか締まらないですね」
「っつーかお前さんがこの里に来てからもうこんなにも経ってたか」
「今は気にせず飲みましょうよ」
「そうだな」
※
「ん……つい寝てしまいましたか」
夜風の冷たさに目を覚ましたハーフエルフが独り言ちる。体を起こすと掛かっていた毛布が静かな音を立てて床に落ちた。
辺りを見回すと酒樽や酒瓶が散らばっていて、隣ではハーフドワーフが眠っていた。
「ドワーフさん、風邪ひきますよ」
軽く揺さぶるとハーフドワーフは小さく唸り身を捩った。もう一度。もう一度。
「だああ!分かった起きりゃいいんだろ!」
飽きず揺さぶり続けると観念したようにハーフドワーフが起き上がった。
「風邪ひくのでちゃんと部屋戻って寝てくださいね。私は帰らないといけないので」
「おいおい外真っ暗だぞ?泊ってくか?」
ハーフエルフが靴を履こうとハーフドワーフに背を向けたが、呼び止められた。
「え?もしかして私今から手籠めにされるんですか?」
「誰がするかっ!!」
酒で赤くなっていたハーフドワーフの顔が一層赤くなった。
「ごめんなさい、冗談です。まさか今まで誰も泊めたことのないドワーフさんが私を泊めるなんて思いもしなかったのでつい」
「…………」
「……怒ってます?」
「うるせえ」
ぶっきらぼうに返事をしたハーフドワーフはハーフエルフの耳にはやはり怒っているように聞こえた。
「ごめんなさい」
「いや……俺も軽率な提案だった」
「ん?あれ?でも私が里に来たばっかりの頃は『好きでもない奴なんか泊めるかよ』って言ってたような気―――むぐ」
「あああああ!おめえいっぺん黙ってろ!!」
最早酒など関係ない程真っ赤な顔になったハーフドワーフがハーフエルフの口を塞ぐ。
(口を塞いでも意味はないですよ)
しかし、そんな抵抗空しくハーフエルフの声がハーフドワーフの脳裏に響いた。
「コイツッ!直接脳内にッ!」
(本当に泊っていって良いんですね?)
「あ~もう好きにしろよ。襲われてもいいならな」
ハーフエルフの口を塞いでいた手を離した。
「やっとその気になってくれましたか。いつでもどうぞ、私はドワーフさんが好きなので遠慮はいらないですよ」
「いや、どんな告白だよ!せめてボケてほしかった!」
「あ、もしかして巨乳派でしたか?」
「お前酔ってんな!?」
「私が素面で好きな人に告白できると思います?」
「…………」
何も言えなくなったハーフドワーフは目を逸らした。夜空には満月が浮かび優しい光を発している。視線を戻せば月光に照らされたハーフエルフがいる。彼女も真っ赤だ。
「ほらっお返事くださいよぉ」
「……俺のモンになれ」
僅かな羞恥で素直になれない。既に心臓の鼓動は耳の真横にある。
「意地張らないでくださいよ」
甘ったるい声。もう取り繕うこともできない。
「……好きだ………………………………すまない、お前の名前を知らない」
「やっぱり私達はいつも締まりませんねぇドワーフさん」
朱に染まった顔で嬉しそうに笑うハーフエルフ。
「お前も俺の名前を知らねえだろエルフ」
ぶっきらぼうに、でも確かな幸福を含んだ態度で返すハーフドワーフ。
二人は互いに向き直った。
「私の名前は―――」
結城 蓮です。
この作品は友人と会話してた時に思いついた話です。反応が良かったら連載版作りたいなーと愚考中です。
この話が面白かったら幸いです。