第15話 舞踏会のその後
「なんてことをしてくれたんだ、トーマス!」
時を遡り、王宮で舞踏会があった日の夜。リグ伯爵家の応接室では、トーマスの父が声を荒上げていた。応接室にいるのはリグ伯爵夫妻、二人の兄、トーマス、そして遊び相手の男爵家の娘リンダだ。
テーブルに置かれているのは、メイティン伯爵から届いた婚約解消について書状だった。リグ伯爵家にとってトーマスのメイティン伯爵家への婿入りは、願ってもない事だった。というのも、同じ伯爵家で経済的にも釣り合いが取れている。同じ分野の家であれば、融通が利くし、独立した次男の支えにもなる。目に余る行動が多かったとはいえ、婚約者の名前を借りてツケを作るなんて言語道断であった。
ましてや、そのツケで買った装飾品などは全て遊び相手に送っていたのだ。
「この婚約を白紙にしたら、お前は勘当だ! レベッカ嬢が立て替えた金額は全てお前が払うんだ!」
「ま、待ってください、お父様!」
「一体、何を待てというんだ! メイティン伯爵はこの婚約解消に頷かなければ、婚約破棄の手続きを取ると言っていた。お前にはもう彼女と縒りを戻す手段などないんだよ!」
そして、父親はトーマスの横で震えるリンダを見た。
「貴方の父親にもすでに連絡している。どうやら醜聞まみれの娘には興味がないだそうだ。そのまま屋敷には帰ってくるなと伝言を預かっている。正式に白紙になったら似た者同士仲良く暮らすといい! 正式な署名は二週間後だ! それまでに荷物をまとめるんだな!」
トーマスにそう言い放つと、父親は使用人たちに食事以外の世話は一切しないように命じた。リンダはすぐに屋敷から摘まみ出され、そのあとは会っていない。なぜなら父親がお茶会、夜会は一切参加を許さず、ほぼ軟禁に近い状態にあったからだった。
あの舞踏会の日から、兄達と顔を合わせることはなかった。レベッカからトーマスのツケについて相談を受けていたにも関わらず、優しく諭すだけで父親にも報告すらしなかったため、父親が謹慎を命じたのだ。
あの日から一週間が経って、トーマスは勘当後にどう生きるか勉強するため平民の暮らしを見に行くことを名目に外出の許可を得た。
付き添いと言う名の監視が厳しく目を光らせ、女性どころか店員すらも声を掛けることができない。
(くそ! あのノヴァレイン家の狐め!)
あの男がでしゃばってこなければ、自分はそのままメイティン家へ婿入りできた。女遊びなんて良くある話だし、貴族なら後払いなんて普通のことではないか。ゆくゆく結婚する相手の名前を使って何が悪いというのだ。
レベッカもレベッカだ。婚約してから自分にはまったく興味を示さず、兄達ばかり頼る。こちらから声を掛けても相手にしない。彼女の嫉妬を買おうと他の女性にあえて声を掛けても、まるで気にされなかった。
それなのに、あのゼノン・ノヴァレインという男の隣を歩いていた彼女は、女性らしく頬を赤く染めていたのである。意味が分からなかった。顔か、それとも権力か。どちらにしても腹が立って仕方がない。
むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま帰りの馬車の中で、外を眺めていると見慣れた後ろ姿が目に入った。
それはレベッカだった。長い金髪を簡単に結わい、上品なロイヤルブルーのワンピースを着た彼女は、王都で有名なスイーツ店へ入っていく。
「止めてくれ! 今すぐに!」