第12話 二度目の再会
翌日、クレソン侯爵家のお茶会に参加する為、馬車に乗り込んだレベッカは憂鬱で仕方がなかった。
連日お茶会や夜会に参加している両親から、どこのお茶会でもレベッカとゼノンの関係について質問が殺到しているらしい。両親ともにのらりくらりと躱しているようだが、クレソン侯爵家でのお茶会ではそうはいかないだろう。
『きっとゼノン殿もお茶会に参加するよ』
それが両親の見解である。もちろん、レベッカもそう思っていたし、実際に彼と会っても驚きはしなかった。
クレソン侯爵家に着き、主催のクレソン侯爵夫妻とカローラに挨拶した後、先に到着していたイグニスとゼノンが自らやってきたのである。周囲がこちらを気にして声を潜めて会話する中、ゼノンはお構いなしに笑顔を向けてきた。堂々と大物を連れてやってきたゼノンに、レベッカは引きつりそうな顔を気合で笑顔を作る。
「ごきげんよう、ゼノン様」
「ごきげんよう、レベッカ嬢。またお会いできて嬉しく思います。イグニス殿下、こちらはレベッカ・メイティン伯爵令嬢です」
そして彼は、簡単にイグニスをレベッカに紹介し、レベッカも形式的な挨拶を済ませた。レベッカはこの時に見たイグニス殿下の表情を忘れないだろう。
彼はまるで売られていく子牛ないし子豚を見るような目をレベッカに向けていた。周囲の貴族達の視線はレベッカに集まるばかりだ。ゼノンがイグニスにレベッカを紹介した影響も大きい。むしろ、ゼノンは彼の存在を利用するために無理やり引っ張られてきたとも考えられる。そのレベッカの考察は彼が素早く身を翻したことで早くも証明された。
「それでは、カローラのところに戻る」
その言葉の裏には『さっさと逃げよう』という強い意志が込められていた。
(待って! 注目を集めるだけ集めて行って逃げないで!)
心の叫びは届かず、イグニスはさーっと逃げていく。隣にいたゼノンがにこやかに言った。
「レベッカ嬢、ひとまずお菓子でもいただきませんか?」
「そうします……」
小さく返事をし、レベッカをエスコートしていたゼノンは苦笑して耳打ちをした。
「私といた方が周囲から声を掛けられないと思いますよ。それに周囲は勝手に憶測で話しているだけですから、あまりお気になさらず」
「むしろ、それが貴方の狙いなのでしょう?」
二人でいる所を見せつけて、どんどん話題を提供しているのだろう。昨日の参加したお茶会で知ったが、思っていた以上に周囲から好意的な目で見られている。何らかの情報操作があったに違いない。
扇で口元を隠してそういうと、彼はどこか照れたように頷いた。
「はい。私のことを分かってくださっているようで嬉しいです」
「ここまで綺麗にお膳立てされれば、貴方の性格なんて嫌でも分かります。分からない女がいたら、会ってみたいくらいですよ」
「よろしければ、一人一人紹介いたしますよ?」
「前言撤回。外堀を埋められるどころか屋敷に火をつけられそうです」
レベッカがそう軽口を叩けば、彼は声を押さえて笑い出した。何が面白いのかと彼を見やれば、ゼノンは「失礼」と咳払いをする。
「ところで、舞踏会以降、どう過ごされていたんですか?」
「お茶会に参加していました。夜会は行くなと両親から釘を刺されてしまったので」
変な男にちょっかいをかけられないためと両親はレベッカを控えさせたが、おかげでこちらはアルコール不足である。昼間から飲んだくれるわけにもいかないので仕方ないので我慢をしているが。
「ゼノン様は?」
「実をいうと、個人的な用事で王都を離れていました。お茶会や夜会は兄や両親達が参加すれば十分ですしね」
楽し気に語っているが、何か裏があると勘ぐってしまうのはやはり不躾だろうか。自分が頭で考えている以上に、彼を警戒している自分がいた。
彼は優しく諭すようにレベッカに言う。
「……本当に個人的な用事ですよ? 久しぶりに帰ってきたので挨拶に行っていただけですから」
「ゼノン様、私の心が読めるんですか……っ⁉」
「いえ、なんとなく空気が張り詰めたような気がしたので」
彼は苦笑するとテーブルに並べられたショートブレットを手に取った。
「相手は特別世話になっている方なんですよ。その彼から近々結婚を控えていると報告を受けまして……盛大に惚気られました」
「まあ、おめでたいことですね」
「ええ、まったく。おまけに相談事までされましてね」
「相談事?」
「結婚式についてです。互いにあまり派手なことを好まない家らしく、内輪だけで式を行うそうです。人数も限られるので、ささやかなお土産でも渡したいと考えていて、何か案がないかって。ついでにウエディングケーキも斬新なものに変えたいとか。私に頼めば大概のことは解決してくれると勘違いしている方が多くて非常に困ります」
実際に大概のことを解決してきたからこそ、頼まれるのだろう。先日のイグニスとのやり取りを見ていれば、彼の手腕は相当のものはずだ。
「それで、解決されたんですか?」
「いえ、さすがの私も疎い分野ですので咄嗟に出るものでもなく……そういうのは、女性の方が興味関心の高い話題かと思いまして。知恵をお借りできませんか?」
そう来るか。確かにイグニスとカローラの婚姻が噂される中、レベッカも多少は調べている。
「お土産ならドラジェはどうでしょうか?」
「ドラジェって確かアーモンドを糖衣掛けしたお菓子ですよね?」
「はい。アーモンドはたくさん実をつけるので他国では縁起物として慶事の際にはドラジェを配ることがあるみたいです。幸せのお裾分けにって。ちゃんと一つに包む数にも意味があるんですよ? あ、ちなみに友好国の文化です。あと、ケーキですか……」
ウエディングケーキは大きいものでは三段ほどのものを見たことがある。式を彩るものとして華やかなデコレーションを施したものは、もはや芸術と言っていい。しかし、派手なものを好まないというなら……
「クロカンブッシュとかですかね?」
「聞き慣れない名前ですね。どんなケーキですか?」
「シュークリームを円錐状に積み重ねて、飴でコーティングしたものです。シュークリームのシューは異国でキャベツって意味なんですけど、こちらも縁起物なんです。あと、クロカンブッシュは木槌で砕いて配るそうですよ。ユニークなパフォーマンスになりそうじゃないですか?」
実際にクロカンブッシュを見たが、飴がレースのようにかかっていたり、花やフルーツで飾りつけされたりと愛らしいものだった。木槌で割るというのも面白いと思ったのもあって、記憶に残っていた。
「確かに……彼はケーキ入刀よりそっちの方が似合いそうです。また会いに行く予定なので、その時に話してみましょう」
ゼノンはそう言った後、にやりと笑った。
「一つ借りになりますので、貴方にはお礼をしないとですね」
「え……?」
「こういった場では情報も一つの商品です。貴方も分かるでしょう?」
貴族が求めている情報は流行だけではない。流行を生みそうな意匠、レシピ、商品の原材料、技術、またこじつけしやすい逸話などの情報も価値がある。
「まあ、そうですけど……私が言ったものは、貴族社会では流行らないかと……」
「商売相手は何も貴族達だけではありません。安価で簡単であれば、平民層でも流行らせることだってできます。たとえば、爵位を持たない富裕層ですね。それにささやかに祝福をしたいなら、ドラジェも平民層にぴったりなものじゃないですか……ほら」
ゼノンの視線を追うと、さっとこちらから目を逸らした人がいる。中には何かメモを取っていた者もいたようだ。どうやら人の会話を盗み聞きしていたらしい。
(なるほど、こういうことか……)
「レベッカ、人との駆け引きが苦手でしょう?」
「うっ……まあ、それが上手かったらアイツなんて速攻で捨ててましたよ……」
トーマスのせいで同年代の友達は少ないが、母が他国の出身で一時は国外で暮らしていたこともあったので実は国内よりも国外の方が友達は多い。国外の友人と手紙のやり取りをし、色んな情報を取り入れている。
そして旅行が趣味の母はレベッカ以上に交友関係が広い。それもあってか、旅行から帰ってくると、母は色んな家のお茶会に呼ばれる。
「父からお前は商売人には向いていないとよく言われます。どちらかと言えば、話好きの母に似たのかもしれませんね……」
「ああ、店主も言ってましたよ。レベッカは人好きの顔をしてて駆け引きよりも売り子や人脈作りの方が合ってるって……商家の娘としては上出来な才能だと言ってましたね」
「さすが……」
酒場の店主は目がいい。確かに商家の娘ならば、いや貴族の娘でも十分な才能と言えるだろう。しかし、釈然としない。
隣から抑えた笑い声が聞こえて目をやると、ゼノンが笑うのを止めた。
「私からすれば、羨ましい才能ですよ。私は人に警戒されやすいので」
「ええ、なんとなくわかります」
「そこは、そんなことないですよって言うところでは?」
「少なくともおべっかを含んだ慰めの言葉なんて、ゼノン様には必要ないでしょ?」
レベッカの言葉に、ゼノンが目を瞬かせた。もしかして少し言い過ぎただろうか。謝るべきかどうか考えあぐねていると、ゼノンの口元がゆっくり持ち上がった。
「ひっ!」
レベッカは思わず小さく悲鳴を上げる。一瞬だけ彼は背筋が凍るような笑みを浮かべていた。すぐに彼はその笑みを引っ込めると、紳士のお手本のような笑みに戻る。彼の口から漏れ出ている「ふふふふふっ」という笑い声は、一見ご機嫌そうに聞こえるが、レベッカを怖がらせるには十分だった。
(ヤバい! 絶対に怒らせた!)
絶対にそうに決まっている。でなければ、あんな笑みを浮かべるはずがない。
「レベッカ……」
「は、はい」
「今度お礼をいたします。これで借りはなしです」
「…………はい」




