第二話「【急募】幼女と仲良くなる方法」(3)
しっかり逃げおおせたことを確認して、僕は地面に崩れるように座り込む。
胸にはしっかり白い果実を抱えて。
「あぶなかったぁ……」
ながーく息を吐き出す。
エルダートレントが二体になったときは、生きた心地がしなかった。
「なんだったんだろう、あのトレント 」
思えば、追っかけてきたトレントとは、色とか大きさとか、色々違った。
追っかけてきたのは灰色ぽく、二体目の方は真っ白に近かった。
トレント同士でも、部族とか、テリトリーとかあったりするんだろうか。
「うーん……」
それにしても、あのトレントの動きは、僕を助けるものだった気がする。
灰トレントが攻撃した相手は僕だ。白トレントじゃない。
僕を庇う理由なんて、白トレントにはひとつもない筈なのに。
人間好きのトレントだったとか?
まさか。
「考えても仕方ないな。洞穴に戻ろう 」
魔物の類は、トレント以外に会っていないけど、他にいないとも限らない。
流石に疲れたし、お腹も空いた。
腰を落ち着けたい。
「今どうしてるかな……あの子 」
五、六歳くらいの女の子。
そんな小さい子に、どう接したら良いのか、イマイチ想像つかない。
……でも、きっとお腹は空かせてるだろうな。
早く帰ろう。
もしかしたら、まだ寝ているかもしれないけど。
「ふぅ……よし、帰ろう 」
呼吸を整えて、立ち上がる。
鬱蒼と生い茂る木々を見渡して、はたと気付いた。
帰り道が分からない。
迷子だ。
なんとか洞穴辺りまで帰ってきた。
大変だった。
もう夕方だ。
大滝まで戻れれば、あとはどうにか帰れそうなのだけど、その大滝もどちらへ行けばあるのやら、さっぱり分からないのだ。
地形も平坦じゃないから、少しの距離移動するのにも、結構な体力がいる。
少しうろついて途方に暮れていると、遠くの方で滝の音が聞こえた。
その音を頼りに、なんとか帰って来れたのだった。
洞穴から、あまり遠くまでは行っていなかったらしい。
結構歩いた感覚がしたんだけど、気のせいだった。
洞穴が見えた。
遠目に、まだ少女が横になっているのが見える。
まだ起きてないみたいだ。
洞穴に到着。
僕は白い果実をそこら辺に転がして、ぱったり地面に寝転がった。
「疲れた……」
石の天井を見つめ、ぼやきながら、寝返りを打つ。
至近距離に、寝ている少女の顔。
仄暗い、虚ろな目をしていた。
僕の体がビクッと跳ねる。
「お、起きてたんだ 」
反応はない。
少女の目は、虚空を眺め続けたまま。
……あ、目の焦点が合った。
瞳に、僕の顔が映っている。
少女の目に、光が戻った気がした。
「……*#% 」
ぼそっと一言呟いて、ゆらりと少女は起き上がる。
見上げた少女の姿には、不思議と惹かれる妖しさがあった。
六歳くらいの少女が、自分より幾つも歳上であるかのような錯覚に陥る。
瞬きを数回。
いや……気のせいだった。
どこからどう見てもただの幼女だ。
それも、寸胴体型の真っ裸。
僕は無言で起き上がり、少女から視線を逸らしつつ、はだけた外套を着直させた。
「%%°<=+×〜# 」
「あー……」
知らない言語で、何事か喋り出す少女。
そういえば、言葉が通じないんだった。
どうしよう、コミュニケーション。
二人の間に沈黙が流れる。
僕は何をすればいいか迷って、とりあえず少女の様子を伺った。
少女は上目遣いにじーっと僕の目を見つめてくる。
困ったように眉を八の字にして、僕の目を覗き込んでいた。
……あ、これ、この子も僕の様子を伺っているんだな。
そう察したとき、ふわっと気持ちが軽くなった。
僕は上手くない笑顔を作りながら、少女に話しかける。
「これ、食べる?」
白い果実を持ち上げて見せると、少女は訝しげな顔をした。
「〜?」
「美味しいかは、分かんないけど 」
言って、白い果実に齧り付く。
中から黄色い汁が溢れ出てきた。
甘い。
蕩けるような甘さだ。
それに、尋常じゃないほど瑞々しい。
「ぅまっ 」
水分が体に染み渡る。
頭の内側に燻っていた疲れが、すーっとほどけていった。
そんな僕の様子を見ていた少女。
ゴクリ、唾を飲み込んで、少女の小さな喉が上下する。
「はい、どうぞ 」
僕は白い果実を少女に差し出す。
恐る恐るといった風に両手を伸ばし、受け取る少女。
手の中の果実をしばらく見つめて、それから、意を決したように小さく齧り付いた。
途端、少女の眉が綻ぶ。
目が丸く見開かれ、宝石みたいに輝いた。
「%==*〜♪」
少女は夢中な様子で果実に齧り付く。
がぶがぶむしゃむしゃ勢いよく食べ進め、ふと動きを止める。
チラと僕の顔を見て、それから、ずいっと僕に果実を突き出した。
しばし見つめ合う、少女と僕。
「僕も食べろ、ってこと?」
首を傾げながら、自分を指差して歯をカチカチ鳴らして見せる。
少女は大きく頷いた。
「そっか……」
少女の手から、僕は果実を受け取る。
そして、一口頬張った。
さっきより、一層甘く感じた。
そうして、果実を分け合って食べ切り、空腹が幾らか紛れた頃。
少女は居住まいを正し、背筋をピンとさせた。
それから、自分の胸の辺りを指差して、口を開く。
「いぅえ、りりぃ 」
意味は分からないけど、音にするならそんな感じだった。
「いぅえ、りりぃ 」
少女はもう一度、同じことを言った。
「何言ってるか分かんないよ 」
僕は眉を困らせて、肩をすくめて見せる。
少女は尚も続ける。
「いぅえ、りりぃ 」
そこで、僕はピンときた。
きっと、これは自己紹介してくれてるんだ。
「私はリリィです 」って感じの意味だ。きっと。
「リリィ?」
「ん 」
少女は首肯した。
どういう意味の首肯かは分からないけど、とにかく合っていたみたいだ。
「僕の名前は……ファウスト 」
胸に手を添え、僕が自己紹介すると、少女は顔をパッと明るくさせて、嬉しそうに笑った。
「ふぁうすと……」
リリィは口の中で僕の名前を小さく呟く。
そして、ニッと綺麗な歯を見せてくれた。
邪気のない、いい笑顔だ。
王宮じゃ、こんな笑顔するひといなかった。
「ふぁうすと、%*〜#、#°#=<*!」
リリィが元気に何事か語った。
僕はやっぱり意味が分からなくて、ただ苦笑を返した。
夕陽が沈んでいく。