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第十三話「紅茶色の湯浴み」(3)









 体を洗う文化を教えてもピンとこない様子のリリィ。


 なんでそんなことすんの?って顔だ。



 汚れているのを洗うと、さっぱりするよ。と教えると、分かったような分かってないような顔でうんと頷いた。


 多分分かってない。



「うーん……」



 僕は腕を組んで唸る。



 目の前には、お湯の入った大きな木桶とタオル、そして、ベッドに腰掛けるリリィ。



 頂いた客室で、僕らは湯浴みをしようと準備をし、そして足踏みしていた。



 閉じたカーテンの隙間から差す僅かな光が、薄暗い室内を淡く照らし出している。



 僕は自分の目元を、タオルで覆い隠した。



「じゃあ……リリィ……」


「ん 」


「…………服を、脱いで、木桶の中に座ってくれる?」


「分かった……」



 返事をしてすぐ、ベッドの軋む音がした。


 しゅる……と衣ずれの音。


 外套一枚、床にぱさと落ちたあと、ちゃぷ……ちゃぷ……と水音が響く。



「……したよ 」


「う、うん……」



 僕は努めて冷静に、リリィの背後に座った。



「最初は僕がやってあげるから、次からは自分で洗ってね……?」


「ん 」


「じゃあ、目、瞑って 」


「ん……瞑った 」



 バレないように、浅く深呼吸。



 お湯の入った小さな桶を傾けて、リリィの頭のとこに流しかける。


 バシャバシャバシャ……と跳ねる水。

 

 それを数回繰り返したあと、髪を乾いた布で丁寧に拭いた。



 片腕だと、ちょっとやりにくい。



「どう?髪 」


「……ベトベトしてなくなった 」


「良かった。それが、洗うってことだよ。さっぱりしない? 」


「するかも……」



 タオルを湯桶に浸けて、ぐぐ……と片手で絞る。


 僕はお湯の湿ったタオルを、リリィの背中があるだろう場所へと近づけていく。



「触るね……?」


「ん 」



 布越しに、ぺたっとリリィの背中に触れる。


 柔らかくて、張りのある弾力。



 いや、考えるな。僕。


 変なことは何もない。体を洗うだけ。侍女や執事と同じ……。



 僕は仕事をするような気持ちで、せっせとリリィの体を拭いていく。



 ここはこう洗うんだよ。とか。


 ここは汚れが溜まるよ、とか。


 痒くなっちゃうからね、とか。



 言いながら……頭がのぼせそうだ。



 背中から、脇腹、脇、肩、腕、手首、指先……。


 傷があるから、痛まないよう慎重に。



 それから、お腹……へそから登って、一度止まり……。



「……立ってくれる? 」



 ぴちゃ……と水音。


 揺らぐ、生温かい空気。



「立ったよ……」


「……ありがと 」



 太ももをゴシゴシ洗っていく。


 膝の裏、膝、脚、足首……。


 しっかり両足を。


 最後に太ももの内側を控えめに洗って。



「……こんな感じ……残ったところは自分で洗ってみて……大事なところだから、僕は触れない、から…… 」


「……ん」



 リリィの手にタオルを渡す。



 しばらくして、ぴちゃっと水の弾ける音がすると、続いてごしごしと音がし始める。



「んー……ちょっと痛い 」


「あー、んー、優しく洗ってあげて 」


「ん」



 …………顔から火が出そうだ。



 僕は膝立ちのまま、ただ時が過ぎるのを待った。



 僅かな沈黙。



 リリィがふと、口を開く。



「……どうして、ファウストは目隠しをしてるの?」


「えーっと……」


「見たくないの……?」



 不思議そうな声。



 ……ーーいやいやいや。


 ダメだダメだ。



「……男の人は女の人の裸を見ちゃいけないんだ。うまく説明できないけど……そういう文化があって、その、はしたないことなんだ。だから、礼儀というか、配慮のために、見ない、んだよ」


「……そっか 」



 淡白な反応。


 それでおしまい。



 しばらく、僕らは何も喋らなかった。



 遠くの方で、フクロウが小さく鳴いていた。



「ファウスト……」



 響く、甘い声。



 いつの間にか、リリィが僕の鼻先にいた。


 

 熱い吐息が僕の口元を温める。



「ファウストが、……なら……」



 みじろぎに、揺らめく水面。



 頬を通過して、後頭部。


 布の結び目へと手は伸ばされ……。



 固唾を飲む。



 僕は、しばらく硬直して……。



 フクロウが鳴く。



 リリィはすくっと立ち上がって、いそいそ動き始めた。


 ぴちゃぴちゃぽふぽふ音がして、最後に、しゅっと布の音。



「……服きたよ 」



 僕は恐る恐る、目隠しを外す。



 白いコートを身に纏い、ベッドに腰掛けるほかほかのリリィ。



 リリィの顔には、ほんのり朱が差していた。



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