第二話「【急募】幼女と仲良くなる方法」(1)
すっかり夜も更けた頃、手頃な洞穴を見つけた。
子供の自分が立ってギリギリの高さで、大の大人が寝転ぶには少し窮屈という広さだ。
探せばもっと広くて良い場所もあるかもしれないけど、この際贅沢は言うまい。
僕はその洞穴で、とりあえず夜を明かすことにした。
「ふぅ、疲れた……」
僕は、引き摺り回していた少女を洞穴の奥に寝かせると、その隣に腰掛けた。
鎖の千切れた足枷が、ジャラと鳴る。
暗闇にも目が慣れてきたけど、少女の顔は流石にハッキリとは見えない。
苦しげな表情を浮かべているのか。
安らかな表情でスヤスヤ眠っているのか。
分からない。
ただ、ごく小さい呼吸音は聞こえる。
いつ目覚めるのだろうか。
そもそも、目覚めるのだろうか。
この子には、聞きたいことが沢山あるんだけど。
このまま起きなかったら……ちょっと困るな。放置するわけにもいかないし。
雨が地面を打つ音を聞きながら、僕は服を脱ぎ始める。
夜の冷たい外気が刺さるように寒い。
ぶるっと身震いしながらも、外套を雑巾みたいに絞る。
じゃっ、と絞られた水が地面を跳ねた。
それから、服のひとつひとつを地道に絞っていく。
「魔法が使えたら、楽なんだけど 」
魔法で火でも出せれば、服を乾かせるし、体も温められるのに。
……一応、やってみるか。
指を一本立てる。
「……『火の精霊・解放・燻り。燃えよ、文明の灯り。指先の灯火となれーーリトル・ファイア』」
指先に、純白の魔力が集っていく。
しかし、詠唱を終えた瞬間、魔力はパッと霧散して消えてしまった。
僕はがっくりと肩を落とす。
やっぱり、出来なかった。
詠唱は完璧なのに、どうしても魔法が発動しないのだ。
僕には、剣の才能も、魔法の才能もなかった。
神子なのに。
落胆していてもしょうがない。
今は黙って、服を絞ろう。
僕はしばらくただただ服を絞った。
絞り続けた。
少女の服は絞らなかった。
だって、服着てないんだもの。
肌が冷たくなっていたので、少女には僕の外套を掛けておいた。
一通り絞り終えて、それでもじっとりとした服を着直す。
それから、これからのことを考えながら、少女の隣で眠った。
朝になった。
雨は上がっていた。
「へぐしっ! さむっ……」
両二の腕をさすりながら、起き上がる。
あまり寝た感じがしない。
傍らに視線をやる。
少女はまだ寝ていた。
僕の外套を毛布代わりに、仰向けに寝ているプラチナブロンドにセミロングの少女。
顔色が青い。
僅かに呼吸音が聞こえるから、生きてはいるんだろうけど……。
手の甲で、そっと少女のおでこに触れる。
冷たい。
氷に触っているみたいだ。
「えーっと……」
寝ぼけ頭で考える。どうしたらいいのか。
体を寒くしたままは、体に悪い。
それは知っている。
なら、温めれば良いんだろうか。
お湯でもあれば掛けるんだけれど、ここにはない。
とりあえず、僕はもう一枚上着を脱いで、少女の足元に掛けておく。
肌着とズボンだけの格好になってしまった。
足枷と相まって、服役中の罪人みたいだ。
「さて、これから……どうしよ 」
洞穴の外へ目を向ける。
鬱蒼とした森だ。
枝葉に遮られて太陽光が差し込まないのか、辺りは薄ら暗かった。
木がとても大きい。僕を縦に百人積んでも足りなそうに感じる。
そんなモンスターサイズの木々が、奥の方までずーっと生えている。
ここは、竜神山の中腹あたりだろうか。
ということは、強力な魔物とか、うっかりしたら純竜とかが、そこらをウロウロしてるかもしれない。
出会ったら即お陀仏だ。
マズイな……あ、いや、黒龍がいたら、魔物どころか竜一匹出てこないんだっけか。
その黒龍は死んだみたいだけど……僕だったら、黒龍を殺せるような化け物がまだいるかもしれない場所に、近づきたいとは思わないな。
もっとも、魔物たちがそう考えるとは限らないけど……。
そうか。
黒龍ーー神話の時代から生きる、人類の厄災。
それが、一体欠けたのか……。
少女の顔を見る。
可愛らしい寝顔だ。
それを見て、首のなくなった黒龍を思い出す。
僕はそっと、自分の首元をなぞった。
黒龍を倒したのは、僕じゃない。
僕に戦闘能力はないから。
やったとしたら、きっとこの子だ。
そして、死にかけの僕に回復魔法をかけてくれたのも……。
岩の天井を見上げる。
考える。
どうしたらいいのか。
風に揺れる木々の音を聞きながら、僕は暫くそうしていた。
……少女のことは、よく分からない。
だから、取り敢えず保留だ。
とにかく、生き延びよう。
生きてやりたいことも、ないけど。
でも、僕のために命を投げ捨てていった人たちを思うと、生きなければと思うのだ。
「……水は、滝の水を飲めば良いとして、問題は食べ物かなぁ 」
そう呟きながら立ち上がって、チラと眠る少女の方を見る。
物心ついたばかり位の、小さな女の子だ。
……二人分、取ってこなきゃな。
頬を掻きつつ、僕は洞穴を後にした。