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第十話「空を飛ぶ方法」(1)



 


 

 ハッと気付けば、白亜の神殿。


 砕けた宝玉に、床には焦げついた雷の跡。



 どこからか、(うな)る風の喧騒(けんそう)が聞こえてくる。



「僕は……なにを……?」



 意識がふわふわと揺蕩(たゆた)っている。



 神殿の柱に寄り掛かりながら、僕は呆然としていた。




 目の前を、光の球が通過する。



 ふわふわと宙を漂う光球は、僕の目の前でくるくる回ると、スィーっと神殿の端まで飛んでいった。



 その光球を目で追って、パチっと目が覚める。



 現在の状況。


 竜神謁見と、襲撃。リリィが現れて、竜人たちが鬼気迫る様子でーー。



「そうだ……みんなはっ……!」



 僕は慌てて光球の後を這い這いで追い、神殿の端から下を見下ろす。



 遥か遠方。


 天を覆い尽くす数多(あまた)の純竜たちが、大空を飛び回っている。


 統率の取れた動きだ。



 パッと見て分かるのは、広く散開している純竜たちと、何かを追いかけ回す純竜たちがいるということ。



 散開している純竜たちは、恐らく包囲網を作っているんだと思う。


 獲物を逃がさないよう、閉じ込めるための竜の檻。



 竜騎士たちは弓を構え、次々と矢を放っていた。



 包囲網の中央。


 白竜二体を先頭に、純竜たちが激しく飛び回っている。



 白竜に率いられた竜隊は、大空を入り乱れ、針を縫うような動きで複雑に絡み合う。



 総数百体にも及ぶだろう、竜騎士たちの狩り。


 狙う対象は、僅か一人。



 目を凝らす。



 包囲網の中心を、十二歳ほどの少女が飛び回っている。


 白い肢体には血が滲み、背には矢が四本。



 痛ましい姿だ。



 しかし、表情には色がない。


 喜怒哀楽も、痛みから来る苦悶さえも、その表情からは感じられない。


 ただただ、茫然と虚空を眺めているような。



 ビュン!と一本の矢が空を走り、少女の腕に突き刺さった。



 少女が吹き飛ぶ。


 赤い血が宙を舞う。


 何もなかったかのように、また飛翔し始める。



 飛行スピードが一段と落ちていた。

 

 今にも捕まってしまいそうだ。



 しかし、少女は眉をピクリとも動かさないまま、竜騎士たちの苛烈な追撃を避けていく。



 しかし、これじゃあ、時間の問題……。



 僕の胸の中で、モヤモヤとした不愉快さが膨らんでいく。



 僕は……見てるしかない。


 どうしようもできない。


 だから、考えるだけ無駄だ。


 そうだろ?



 ……大体、少女を助ける道理はないさ。


 彼女は、本当に許されないことをしたのだ。


 神様を殺して、沢山の人を悲しませて、不幸にさせた。


 竜神の死は、これから多くの波紋を呼ぶだろう。


 それで、どれだけの人が不幸になるか……。



 ……それに、このままじっとしていれば、僕は竜神の里に受け入れられる、はずだ。


 竜神様は予め、僕を里で受け入れるよう、伝えていたみたいだから。


 【神聖】のネームバリューは竜神の里でも効くみたいだし、実際、里の人の対応も悪くなかった。



 きっとこの先、人間社会のどこへ行くよりも確かな安寧(あんねい)を、僕は手に入れられるだろう。



 だから、これで良い。


 何も間違っていない。


 正しい。



 僕はコートの胸元をぐしゃっと掴む。



 じっと眼下を睨んでいると、光球がふわふわ飛んできて、僕の鼻先に止まった。



「まっ……眩しいよ……」



 思わず目を細めながら、光の球に抗議する。



 光球はピカピカピカピカ激しく(またた)いた。



「……なに?」



 喉から低い声が出る。



 光球は明滅をやめて、ふわっと後ろへ少し下がった。


 そこでただじっと光り続ける光球。



 何か言いたげな感じだ。



「……僕が、間違ってるって言いたいのか?」



 胸がチクリと痛む。



 光球は縦にクルクル回転した。



 しばらく睨み合う僕と光球。


 少しの沈黙のあと、僕は光から目を逸らした。



「だって、しょうがないだろ……できないんだよ。僕は空が飛べないし、飛べたところで、何もできっこない……」



 ソレ、言い訳だろーー?と、頭の中の僕が喋る。


 うるさい。



 光球はじっと僕を見て、そして、ふわっふわっと僕の胸元に寄り添った。


 胸元のペンダントーー〈星の記憶(セントラルドグマ)〉、その青い宝石部分に、光球が吸い込まれていく。


 途端、宝石が眩く光りだしてーー



 ーー脳に流れ込んでくる、大量の情報。



「ぁ……?」



 世界が変わる。



 ハッキリと明瞭に映る世界の輪郭。


 意味不明な数字の羅列が果てまで続いて。


 滑らかに流れる波と波と波。


 視界は真っ白に暗転し、再び色を取り戻し、今度は黒く明転していく。



 視界が広がる。


 空の向こうまで、宇宙(そら)の向こうまで。


 世界の裏側まで。



 星々が煌めいて、僕を祝福する。



 分かる。


 "道筋"が、僕の目の前にハッキリ伸びていく。


 ソレは、言い換えるとしたら……設計図だ。


 世界の、設計図。



法→→→→→→自由の(ツバサ)



 脳裏に浮かぶ、勇猛な一対の翼。



 温かい風が、僕の頬をふぅっと()でていった。



 チカチカ瞬く視界。


 鈍痛に頭を抑え、よろけながら、僕は苦笑を(こぼ)す。



「飛べるようには、してくれたってわけ……?」



 意味が分からない。



 今の、は……理解不能だ。



 ……いや、分かるよ。ありがとう。


 "後押し"してくれたんだよね。



「はは……」



 決めるのは自分だ。


 決めよう、どうするか。



 僕は生きなくっちゃいけない。


 僕に命を賭けた人たちに報いるまでは、僕は絶対に死んではいけない。


 だから、死なない選択をすべきだ。



 ……だけど、ただ"生"を貪っていれば良いわけじゃない。



 僕は、助けたい。


 助けられなかった分まで、今までできなかった以上に、多くに報いたい。


 それが贖罪(しょくざい)だ。


 そして、僕の本音だ。


 本当の気持ちだ。



 ただ生きていたいわけじゃない。


 チヤホヤされたいわけでもない。


 安寧(あんねい)なんて……必要ない。



 助けるんだ。



 どうせ空回りするかもしれないけど、また後悔するかもしれないけど……!


 でも……!



「でも……助けるって誓った!!


 助けようと思った!!


 だから助ける!!


 それで充分だろ、弱虫!!!」



 吠える。


 湧き上がる激情をそのままに、自分を鼓舞(こぶ)する。



 宙へ飛び出した。



 体が空気を切り裂いて、一直線に落下していく。



 肝が冷える。


 しかし、恐怖は噛み砕く……!



「来いッ!」



 両手に純白の魔力を纏い、空を切り裂く。


 魔力の白い軌跡が宙をなぞり、次いで、油に引火するように、ボッ!と巨大な蒼炎が噴き上がった。



「ピキュェーッ!!」



 甲高い産声。


 蒼炎の中から現れたのは、白いハヤブサ。


 金色の鋭い(くちばし)に、大きな黒い瞳。切長の目。


 発達した筋肉は純白の羽で覆われ、頭から翼、背中、扇状の尾羽にかけて、青色の羽が流れる川のようなラインを描いている。



 直下に現れたハヤブサの背に着地し、僕は遠方を睨んだ。







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