第八話「神、踊る」(3)
『ム……?』
突然、竜神様が唸った。
首を伸ばし、上体を起こす竜神様。
「どうかしましたか?」
『……いや 』
竜神様の目が細められる。
次の瞬間、その目が見開かれた。
爬虫類の縦長の瞳孔がキュッと狭まり、ワナワナとアギトが震えている。
『貴様ーーッ!!』
パリーーンーーッ!!
竜神様の絶叫と共に、僕の背後の暗闇が割れた。
振り向く。
そこには、闇の奔流を纏った、人型の何かが立っていた。
スラッと伸びた細長い手足に、細い胴体、括れた腰に、胸には膨らみ、そして、頭部に厚い布を被せたような、顔らしい凹凸だけのあるのっぺら貌。
長髪であるかのように、頭背部から闇の奔流が流れ出ている。
知らない魔物ーーいや、この闇の奔流は……"魔神獣"か……!!
僕はその闇人形を睨んで、両手に意識を集中させる。
『Qqwooooooooo……!』
甲高い鈴鳴り声。
闇人形は、僕を無視して真っ直ぐ竜神様に飛び掛かった。
『グルォアァッ!!!』
同時、竜神様も闇人形に飛び掛かる。
両者、激突しーー世界が爆ぜる。
「うわッ!!」
激突の中心から放たれた不可視の波動に、僕は吹っ飛ばされた。
暗闇を二転三転し、バウンドまでして、ようやく止まる。
ようやく止まったかと思えば、またすぐ別の波濤が襲いかかった。
体が浮き、更に遠くへ飛ばされる。
「ぐ……っ!!」
一体、何がどうなってるんだ……!?
なんとか着地した僕は、これ以上吹っ飛ばされないよう、なんとか地面にしがみつく。
それで精一杯だった。
止めどなく襲いくる波動に目を細めて、僕は激突の場を睨む。
暗闇に踊る、光の子竜と闇人形。
その速度はあまりに早く、くるくるくるくる白と黒とが交差し、回転し、火花を舞い散らせる。
『我が残影の内で戦うとはッ! 舐められたものだなッ!?』
攻め立てる竜神様。
連撃の最中、宙を三回転し、尻尾を振るう。
闇人形の片腕が千切れて飛んだ。
『グルォアッ!!』
追撃が止まない。
竜神様が爪を、牙を、尻尾を振るうたび、闇人形の肢体が少しずつ千切れ飛んでいく。
『Qqwoooo……!』
達磨になった体で、宙を舞う闇人形。
すかさず、竜神様はその首元に牙を突き立てた。
ギチギチと首の肉に皺を寄せて、闇人形の首が徐々に千切れていく。
『Qqqqqqwooooo……!!!』
闇人形の絶叫が、暗闇に響いてーー。
ザシュ……と、肉を貫く鈍い音。
いつの間にか、竜神様の体に無数の黒い棘が生えていた。
そこら中に飛び散っていた闇人形の黒い血肉から、鋭い無数の棘が伸びている。
『グ……ゥゥッ!!』
竜神様は一度身を燻らせると、尚いっそう、アギトに力を込めた。
スポンーーと、闇人形の首が抜けた。
首と胴体が泣き別れになる闇人形。
分かれた胴体が、ふわっと宙を飛んで、竜神の首を覆うように纏わりつく。
直後、竜神様の首がぎゅっと細くなる。
子竜ながらも、竜の首はやはり太く逞しかったが、今は僕の腕程の太さしかない。
『カ……ハッ……』
一瞬抵抗を無くした竜神様。
すぐさま、闇の塊が光を覆い隠し、モグモグと咀嚼するように、体を脈動させる。
あとに残ったのは、暗闇だけだ。
僕は両手から純白の魔力を解き放つ。
「うわぁぁああああッ!!」
胸の底にある恐怖を絶叫で誤魔化しながら、僕は闇人形へと駆け走った。
まずい……!!
敵う相手じゃない……!!
理性が叫ぶ。
でも、何もしないではいられなかった。
僕は右手を大きく振りかぶって、テレフォンパンチを闇人形に喰らわせてやろうとする。
闇人形は、目前ーー!
拳を放つ。
ジュワッと肉の焼けるような音がして、闇人形の腰辺りに、拳がめり込んだ。
ゆっくりと、闇人形がこちらに顔を向ける。
目のない闇人形と、目が合った気がした。
「ぅく……!」
僕は咄嗟に体を縮こまらせる。
拳を上げてガードの体制。
……だが、何も起こらなかった。
恐る恐る、再度闇人形の顔を見る。
闇人形は、ただじっとこちらを見つめていた。
「え……?」
困惑する。
なんの、つもりだ……?
あまりに巨大な恐怖と困惑に、思考機能が停止する。
パリーーンーーッ!!!
ガラスを叩き割るような破砕音に、僕の意識は再び浮上した。
暗闇の世界がーー崩れていく。
そこは、竜神の神殿だった。
極彩色に輝く宝石は、粉々に割れていた。
暴風が神殿の中に吹き荒ぶ。
地面が揺れる。
ゆらゆらゆらゆら……。
山が鳴いていた。
山が泣いていた。
純竜たちの金切り声が、山脈に轟く。
「なんだよ……コレ……」
神殿の中央に、人影。
闇の塊がドロドロと流れ落ちて……そこには、十二歳ほどの少女が一人。
プラチナブロンドに、ロングヘア。
白金に輝く長髪を、暴風に乱れさせて、一人の少女が立っている。
太陽みたいな、暖かくて、大きな瞳。
リリィだった。