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第八話「神、踊る」(2)




 長い階段だった。


 やたら一段一段が高くて、登るのに苦労した。


 けれど、僕は意外とあっさり神殿の前まで辿(たど)り着いた。



 いざ神殿を目の前にして、空気が変わったのを肌で感じる。


 空気にゆるりとした抵抗がある。


 風もなく、音もない。


 すごく穏やかだ。


 時間がゆったりと流れている気さえする。



「すぅ……はぁ……」



 深く深呼吸して、気持ちを整える。



 これから、竜神様に謁見(えっけん)だ。


 ……よし。



 神殿に一歩、足を踏み入れる。



 神殿の内装は、実にシンプルだった。


 平らな床、等間隔に並ぶ円柱、三角の天井裏。


 装飾も最低限。



 ただひとつ、中央に置かれた宝玉だけが異彩を放つ。


 僕の身長より(はる)かに巨大な、(きら)めく宝玉。


 その真球は極彩色(ごくさいしょく)の光を放っており、白亜の神殿を玉虫色(たまむしいろ)に染めていた。



「りゅっ……竜神様……?」



 僕は恐る恐る、その光る宝玉に向かって話しかけた。



 途端(とたん)、辺りが暗闇に落ちる。



「うわぁっ!!」



 ()頓狂(とんきょう)な叫びを上げて、僕は自分の顔を両手で(かば)う。



『そう怯えるな、【神聖】よ 』



 クックックッと笑う男性の声。



 薄ら目を開けて前を見てみると、真っ暗闇の中、白く光る小さな竜が、地に伏せていた。


 その輪郭(りんかく)はぼやぼやと揺らめいていて、まるで白い炎のようにも見える。


 然程(さほど)大きくない体躯(たいく)から、生命力の輝きが(ほとばし)っていた。



『まぁ、座れ 』



 声は、暗闇の全方向から聞こえてくる。



 僕は声に従って、取り敢えずその場に胡座(あぐら)をかく。



『久しいな 』


「はぁ……」


『む? 嗚呼(ああ)、貴様、記憶を引き継げないのだったな。失念しておったわ 』



 クックックッ、と愉快そうに笑う声。


 光の小竜の頭も小刻みに震える。



「あの……竜神様、で合ってますか?」


如何(いか)にも 』



 光の小竜ーー竜神は鷹揚(おうよう)に頷いた。


 

 なるほど、彼が竜神様らしい。


 ずいぶんと……可愛らしい姿だ。



 しかし、一目見て、「やはり神だ」と納得が行く。


 彼の姿には、不思議と威厳(いげん)があった。



「すみません、もうひとつだけ、質問しても良いですか?」


()い。何だ?』


「その、僕って……本当に【神聖】なんでしょうか……」



 内心の不安を極力表に出さないよう、恐る恐る(たず)ねてみる。



 一瞬の沈黙。



 直後、どっ!と空間が脈動する。


 竜神様はバッと両翼を広げ、アギトを天に向けて爆笑した。



『クハハッ!! 言うに事()いて、自分が【神聖】かなどと……面白いではないか!』


「お、お褒めに預かり光栄です……」


『先代どもにも見習わせてやりたいわ!!』



 さらに爆笑する竜神様。



『クゥーー。それで、自分が本当に【神聖】なのか、だったな。クックックッ、安心して良い。貴様は間違いなく【神聖】だ。そう老衰しきった魂など、他にないわ 』


「そう、ですか……ありがとうございます 」


『礼には及ばぬ 』



 そうか、僕、本当に【神聖】なんだ……。


 喉元まで、何かが迫り上がってくる。


 それは酸っぱくて、苦くて、ほんのり甘かった。



『ふぅむ……』



 竜神様が小さく(うな)る。


 こちらを真っ直ぐ見つめる双眸(そうぼう)に、自分の何もかもを見透かされているような感覚を受ける。



「なにか……?」


『いや気にするな。それよりーー本題だ 』



 空気が変わる。


 ピアノ線がピンと張り詰めたような、緊張と硬直。



『まず……これをやろう 』



 竜神がそういうと、暗闇の世界が(うごめ)いた。


 そして、ひとつのペンダントが宙空に現れる。


 そのペンダントは、ふわふわと宙を落下し、僕の手元まで降りてきた。



「これは……?」


『初代【神聖】の創ったペンダントーー〈星の記憶(セントラルドグマ)〉だ 』



 ペンダントを受け取る。



 黒く()びついた金のチェーン。


 金の羅針盤(らしんばん)のような円形、その中心に、大きな青い宝石が付いている。


 蒼海に星々を散らしたような、綺麗な瑠璃色の宝石だ。



『歴代【神聖】に渡すよう、初代【神聖】に頼まれたものだ。よって、貴様に渡す 』


「ありがとうございます……」


『それの使い道は我にも分からん。だが途方もなく重要なものだ。失くすなよ 」


「はい 」



 僕はペンダントを自分の首にかける。


 少し大きくて、ヘソの上あたりまでペンダントトップが下がった。


 重い。



『貴様は災難だ 』



 突然、竜神様が言った。



『もう(じき)、【魔神】が復活する 』


「……え?」



 今、なんて……?



『我の目には、過去も現在も未来も同様に見える。見えぬものもあるが、だがこれだけはハッキリと見えているーー【魔神】は近い未来、必ず、復活する 』


「ぉ……え……?」



 理解が追いつかない。


 脳が、意味を飲み込むことを拒んでいる。



 竜神様は真っ直ぐ僕の目を見つめる。



『対峙するのは、貴様だ。四代目 』



 小さな光の竜がグーンと巨大に(ふく)らんでいく。


 その巨大な理性の眼がふたつ、僕の顔を見つめている。

 


『貴様が、討ち滅ぼすのだ。【魔神】を。我ら旧世界の者の仇を。遂に、決戦の時が来たのだ 』



 足の先から頭のてっぺんまで、一気に総毛立つ。

 

 僕は竜神の目に気圧(けお)されて、思わず目を逸らした。



『……フン。目を逸らすか。今はそれでも良いかもしれぬ。しかし、いずれ貴様は【魔神】と必ず対峙(たいじ)する。そのときまで、そうやって地を眺めているつもりか?』


「……ぼ、僕は……」



 頭がグルグルする。


 僕が……【魔神】を……?


 そんな、できっこないよ……。



『……世界を救えるのは、【神聖】である貴様だけだ。それをゆめ忘れるな 』


 フ……と、竜神が鼻で息を()いて。


 空気の緊張がほどける。


 竜神様は小さな子竜に戻り、僕は大きく息を吐く。



 胸を(おさ)える。


 バクバクと心臓が(うるさ)い。



『……最後に、貴様に"加護"をやろう 』



 竜神様はそう言うと、鼻先をクルッと動かして、真紅の光を僕に放り投げた。


 光が僕の(ひたい)に当たって、パンッと弾ける。


 弾けた光は粒子になり、僕の体にふわふわと降り掛かった。



『最強たる竜神の加護だ。有り(がた)く受け取るが良い 』


「加護……ですか?」



 加護……というと、神聖神話で初代【神聖】が旧神たちから授かっていたものだ。


 たしか、竜神の加護は……。



『果てなき生命力。死して(なお)、三次元空間に実像を持つ、我が与える"命"の加護だ。貴様を"死"から遠ざける 』


「……あ、有り難く頂戴(ちょうだい)致します 」


『うむ 』



 竜神様は尻尾を揺らして、逆側の体にビタンと叩きつけた。



『さて、貴様、行くアテがないのだろう?』


「……はい 」


『ならば、(しばら)く里に居座ると良い 』



 思わぬ言葉に、僕は目を見開いた。



「良いのですか?」


『無論。我の口()えならば、里の者も納得するであろう。【神聖】ならば尚更(なおさら)だ。信者(ふぁん)もおるしな 』


「それは……有難(ありがた)いです 」


『礼は要らぬ。【神聖】に礼を言われると、(かゆ)ぅて仕方ないわ 』



 クハッ!と笑う竜神様。



 僕は、自分の胸が熱くなるのを感じた。



「これから、よろしくお願い致します。竜神様 」


『うむ 』



 僕は竜神様に対して、頭を深く下げる。


 竜神様は鷹揚(おうよう)に頷いた。



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