売れ残り令嬢の秘密の恋
呪われた王国シリーズの6作目です。
※この国の男性王族は呪われています。学園に通う15歳から18歳の時期に『無邪気なヒロイン』に強制的に出会い結ばれる為の様々なトラブルに巻き込まれるという傍迷惑な呪いに。呪いに抗いながら幸せを模索する王族やその周囲人々を描いたシリーズです。
前作・前々作のリリアーネの叔母が主役の話になります。
ガールズラブ的表現ありますので、苦手な方はブラバでお願いします。
誤字脱字報告ありがとうございます。
私は女性王族の警護などを務める女性近衛騎士団で副団長をしている、マーガレット・ガウディール。
ガウディール公爵家の2男2女の長女である。
武勇で知られる父、ガウディール公爵は、現国王陛下の王弟で勇者と呼ばれた人物だ。
父が学生時代に、魔族の国の王が急逝したことで彼の国の瘴気が制御しきれなくなり、この国にも瘴気にあてられて暴走した大量の魔物が迫ったことがあった。
それを退け瘴気を浄化したのが、当時国内でもっとも強い力を持っていた父と仲間たち、そして没落寸前の男爵家出身であった母を含め強い聖魔法を持った6人の聖女たちだったそうだ。
この国の王族のうけた呪いはトラブルも多く引き起こすが、呪いの影響を受け易い女性達には聖女や賢者などになりうる優秀な者たちが多く、そのほとんどがしっかりとした教育をうけ適切な支援をうけることで才能を花開かせている。
父と母はその出来事をきっかけに恋愛結婚したらしく、私たち兄弟はその両親から強い魔力と優れた身体能力を引き継いだ。
呪われた国と我が王国がいわれる現状では、また同じような危険があるかもしれないと、幼い頃から苛烈ともいえるほどの訓練を重ねてきた私たち兄妹は、学園に進む頃には大人の騎士達にも遅れをとることはない腕前になっていた。
兄二人は既に王国騎士団と近衛騎士団に入団し、実力と家柄の相乗効果で順調に昇進している。
そんな兄たちはもちろん、苛烈な修行を乗り越えたのは私や妹も同様であったために、私の婚約者はなかなか決まらなかった。
誰だって、自分よりも強い娘を妻に迎えたくはないだろう。
普通の令嬢のように可憐という言葉が当てはまらない、ごつくはなくともしっかりと筋肉がついた身体は、メリハリはあっても柔らかいとはいえず、決して一般的な貴族男性に好まれるものではない。
かといって、王族の血を引く私が平民出身の騎士や冒険者と結婚するわけにもいかない。
呪われた血をむやみにばら撒くわけにはいかないのだ。
18歳で学園を卒業したものの、一向に婚約相手が決まることの無い私は、その頃既に自分の結婚を諦めていた。
6歳下の妹には同じ思いをして欲しくないと、両親に早めに動いてもらい、既に親族であるローエ侯爵家の嫡男ヴェルナーとの婚約をとりつけていた。
◆◆◆
卒業後すぐに女性近衛騎士団へ入団した私は、最初の任務として、遠縁にあたる侯爵令嬢を嫁ぎ先である隣国の公爵家まで送り届けるという警護任務につくことになった。
初任務ではあるが、既に実力が買われていたため小隊ではあるが先輩にあたる隊員を率いて隊長というのは、私がガウディールであるが故の破格の扱いだろう。
隣国までは馬車移動になるのだが、国内で7日、隣国に入ってから6日という距離にある。
その日はほぼ中間地点となる北国境守備の要、メルカッツ辺境伯の城に宿泊することになった。
国境近くであるために、城というより砦と呼ぶに相応しい威風堂々とした城構えにいたく感銘を覚えた私は、令嬢と随員の従者たち、同行した騎士達をそれぞれ一旦休ませると、夕食までの間に見回りを兼ねて城内を散策することにした。
もちろん、辺境伯の許可はもらってではあるが、初めて自領と王都以外へ旅していることもあり、私にとっては北部地域の固有植物や雄大な風景も珍しく強く興味を惹かれていた。
王都とは少し違う緑の気配が濃いこの地では、胸に吸い込む空気すら違う気がする。
気分が良いので、国に古くから伝わる精霊を称える歌を小さく口ずさみながら、城の裏庭を進んでいると、少し開けた訓練場らしい場所に出た。
そこには、一人の小柄な人物が懸命に剣を振っては、思うようにいかないのか何度も同じ動作を繰り返す姿があった。
年の頃は妹と同じぐらいに見えるので、おそらく12か13ぐらいだろうか。
背中で一つに結んで揺れる輝く銀色の髪は腰まであり、運動したからか柔らかそうな頬は赤く染まっている。
その瞳は空を映したような澄んだ青で、しなやかな手足は細すぎることもなくその動きは俊敏だ。
簡易なトラウザーズとシャツ姿でも一瞬で目を惹くほど、美しい少女だった。
この娘は鍛えれば確実に強くなる。
最初に思ったのはそんなことだっただろうか。
「そこはもう少し思い切り良く踏み込んだ方が良い」
「っ誰だ!?」
突然声を掛けられて驚いた少女は、スッとその目つきを一瞬で鋭いものへと変えた。
子猫から豹へと変貌を遂げたように感じるほどの変わりよう。
これは実に楽しみな子だ。
私は頬が緩みそうになるのを堪え、騎士の礼をとった。
「これは失礼しました。私、本日こちらに滞在させて頂くことになっている女性近衛騎士団小隊長マーガレット・ガウディールと申します。今回は隣国マゼランへ嫁すサフラン侯爵令嬢の警備隊長に任じられております」
「ああ、なるほど。これは失礼致しました。私はメルカッツ辺境伯の嫡子です。エミーとお呼びください」
警戒を解いてフワリと浮かべた笑顔は実に愛らしい。
こちらに来る前、メルカッツ家には子供が1人しかいないとは聞いていたが、領地が遠いために我が家とはあまり交流がなかったので詳しいことは知らなかった。
娘が1人しかいないのであれば、現伯爵殿は後継には彼女に婿をとられる予定なのだろうか?
この国は女性にも継承権はあるので、女伯爵として立つことはもちろんできるし、現在もいくつかの貴族家では女性当主がたっている。
しかし普通の伯爵家ならばともかく、辺境伯家を女性が継ぐのはなかなか厳しいように思えた。
地位こそ伯爵だが、辺境伯家は高位貴族家と同列に扱われる重要な家門で、国境警備の要でもある。
武勇と外交力、領地管理運営の全てにおいて能力を必要とされるのが辺境伯という立場だ。
もしも婿に迎える者がその全てを満たしていない場合は、部下はもちろんだがエミーがそれを補う力を備えておく必要があるのだ。
この細い肩にその重圧が乗るのかと思うと、少し気の毒な気がしてしまう。
「エミー様、先ほどはラップショットの練習をされていたのでしょう?」
「ええ、そうなのです。やり方はもちろん分かっているのですが、どうにもいつも納得のいく感じに相手に入らないものですから」
恥ずかしそうに頬を掻くその細い指には、しっかりと鍛錬を重ねていることが分かる剣だこがうっすらと出来ていて、エミーが本気で剣の鍛錬に取り組んでいることが分かる。
身長も私より頭一つ程低いようなので、小柄な子供や女性は、男性騎士とは少しばかり違った工夫や技術が必要なのだ。
それは自分自身が、父や兄たちと鍛錬する中で思い知り、試行錯誤して身につけてきたものでもあった。
「普段はご自分より大柄な方と練習なさっているのでしょう。体格差があるとリーチ差が大きいので、普通にしてはラップショットもフックも決まりにくのですよ」
「お分かりになりますか!ではどうするべきでしょうか?」
目を輝かせて尋ねるエミーは本当に可愛らしくて、マーガレットは少しでも望む力をつける手伝いをしてあげたくなってしまった。
「そうですね……エミー様は小柄ですが俊敏に動くことに長けていらっしゃるようですから、ステップでサイドから攻めるやり方もあるでしょう。それに体格が大きくなられるまでは、ブロードは少し短く軽めのものを選んで投げナイフを併用されても良いかもしれませんよ?」
「ステップで……私にできますでしょうか?」
「ふふ、熱心なのですね。では一度見本をお見せ致しましょうか」
「よろしいのですか!?」
手本を見せれば手を叩いて喜び、動き方を教えればスポンジが吸収するがごとくに学んでいくエミーは、やはり最初の印象通りに強くなることは間違いない才能を持っていた。
流石は北の国境に睨みを効かせ続けているメルカッツ家の嫡子だと納得させられる。
自分の実力を磨くのと同様に、誰かに指導することも趣味のようなものであるマーガレットは、エミーに惜しげもなく小柄な者ならではの技術を教えはじめた。
気付けば夕食だと伯爵家の使用人がエミーを呼びに来るまで、訓練場で様々な技を見せたり指導したりして過ごしてしまったのだった。
夕食時、食堂にシンプルなドレス姿で現れたエミーは溜息が出るほど美しかった。
訓練場のエミーがしなやかな銀猫だとするなら、ドレス姿のエミーは森から現れた白百合の妖精のような清廉な美しさである。
美しい令嬢は王都でも数多く見たが、エミーにはただ美しいだけではなく、他の令嬢にはない危うい魅力のようなものがあるように思えた。
そのせいだろうか。
同性にも関わらずマーガレットはエミーの淑女の手本のような動きにうっかり見惚れてしまっていた。
鼓動も……常より少し早いような気もする。
思わずエミーを見つめていたのか、目が合うとニコリと微笑を返してくる。
その笑みに、またドキリと鼓動が跳ねた。
まさか自分にはそちらの気があるのかと、少しばかり己の性癖を疑ってしまう。
いやいや、単にあまりに美少女でビックリしただけだろう。
今までこういった気持ちになったことは無かったので、それだけエミーが美しい少女なのだということなのだろうな、とひとり納得していた。
確かにこの年にもなって、恋のひとつもしたことはないが、恋愛対象が同性のしかも少女が相手だなんてことがあるはずはない。
あっては困る。
もちろん、そういった恋愛をする人達を否定するわけではない。
しかし私は女性近衛騎士団に所属しているのだから、周囲は当然女性ばかりなのだ。
隊員は下位貴族家出身のものも多いが、武勇だけでなく美しさを兼ね備えた女性がほとんどだった。
警護対象も女性で、『異性』では都合が悪い場でも警護任務にあたる為にこの部隊がある。
それなのに、もしも私の恋愛対象が『同性』であったら……黙っていれば人に知られることもないだろうが、万一知られた時は問題になることも十分考えられる。いや、確実に問題になるだろう。
もしも事実だったら転属を願い出る必要が出てくるのかもしれないなと、そこまで考えてまだ何も確定していないのに拙速だろうとマーガレットは己の考えを振り払った。
どちらにしても、明日には隣国へ発つのだから次にもしエミーに会うとしても2週間近く先で、それからは会うこともほとんど無いだろう。
旅先で妖精に会って魅了されたのだと思っておこう。
夕食後に湯浴みを済ませたマーガレットは、明日からの移動時の警備体制を改めて確認すると、いつか成長したエミーと手合わせできる日がくればいいなと思いながら、疲れた身体をベッドに横たえたのだった。
ところが翌朝、護衛対象の令嬢が熱を出してしまったことで、私たちの旅程は大幅に狂うことになってしまった。
慣れない旅で箱入り貴族令嬢であった友人は疲れが出てしまったようで、数日休めば問題ないだろうというのが、辺境伯家の医師の診立てである。
後半の移動での負担も考慮した結果、メルカッツ家での滞在を一週間延ばすのが妥当であろうと判断すると、私は急ぎ王都のサフラン侯爵家と王城、そして嫁ぎ先の隣国の公爵家へ事情説明と旅程変更を知らせる為の早馬を出した。
私をはじめとした女性騎士達は遠征訓練なども行うので、これぐらいの移動でどうこうならないのだが、やはり普通の貴族令嬢はそれぐらいか弱いということなのだろう。
予想外に延びてしまった滞在の間、私は請われるままにエミーに剣や魔法の稽古をつけ、その他の時間も一緒におしゃべりなどをして過ごすことが増えていった。
普段は可愛らしいエミーだったが、剣や魔法や体術の鍛錬をしている時は真剣な目付きで取り組んでいて、そんな時は可愛いというよりも凛々しくさえ見えた。
エミーは私をとても慕ってくれ、私を見かけると心から嬉しそうな笑みを見せて駆け寄ってくるものだから、私も気付けばもう一人妹が出来たように可愛がり、短い間に二人の距離は驚くほど近いものになっていった。
その姿を微笑ましいものを見るように辺境伯家の人々と先輩騎士たちが眺めるのが、滞在中の日常となっていたのだった。
もっと一緒にいて欲しいと涙目で強請るエミーを宥めようと、帰りにも必ず寄ると約束して指きりまでしていたのを伯爵家の皆様にまで見られたのはちょっと私も恥ずかしかったものの、妹のマリーゴールドでもここまで甘えることはなかったので、初めての経験に少しばかり戸惑いながらも、エミーの可愛らしさに愛おしさは増すばかりだ。
恋愛感情であるのか、妹のような少女に対する庇護欲なのか自身の気持ちはあえて確認することはしなかったが、この愛らしいエミーを育て護りたいと思う気持ちだけが自分の中で確実に大きくなっていることだけはマーガレット自身にも否定することの出来ない事実であった。
隣国へ出発する日には、エミーはその綺麗な青い瞳にいっぱい涙を浮かべて、私たちから姿が見えなくなるまで見送りをしてくれたので、先輩たちや令嬢に付いて隣国へ渡る侯爵家の使用人たちからも微笑ましいとからかわれてしまった。
◆◆◆
無事任務を終えて、帰りに辺境伯家の城に着いたのは二週間後のこと。
私たちが城の門をくぐるのを待ちきれないかのように、駆け寄って来たエミーは満面の笑顔だ。
「マーガレット様お帰りなさいっ!!お待ちしていましたっ!」
「まあ、エミー様ったら。そんなに待ち通しかったのですか?」
「もちろんです!」
そんな姿や心から嬉しそうな笑みが嬉しくて、思わず妹にするように思い切り抱きしめてしまったのだが、突然のことに驚いたのか、腕の中のエミーは真っ赤になって固まってしまった。
「ひぁっ?!マ、マーガレット様?」
「あ……も、申し訳ありません!つい妹にする感覚で接してしまいましたね。ビックリしたでしょう?」
「い、いえ!ちょっと驚きはしましたが……」
「まだ旅の汗も埃も流しておりませんし、エミー様も嫌でしたよね?本当に私は女らしくないもので、いつも家族にも叱られてしまうのですよ」
「そんなことはっ!それにその…私は嫌などでは…ありませんでしたし…」
「ふふ、安心いたしました。もしよろしければ今日も稽古をみましょうか?」
恥ずかしそうに俯いたエミーの頬も耳も薄紅色に染まっていて、嫌だった訳ではなく恥ずかしかったのだと分かった。
釣られてこちらまで頬が熱くなりそうで、それを誤魔化すように剣の稽古に誘ってしまった。
「よろしいのですか?長距離の移動でお疲れでは」
「早駆けしてきたわけではないので、大して疲れておりませんよ。まあ、夕食前に湯浴みするぐらいの時間は欲しいところですが」
「そうですよね。では今日は剣ではなく徒手の稽古を半刻ほど見ていただけたら嬉しいです」
「ではそうしましょうか」
部隊の騎士達に夕食までの休憩を指示して、一旦伯爵に滞在の挨拶を済ませた私は、約束通り訓練場でエミーの徒手組手の相手をすることにした。
「マーガレット様、もしも私が一本とれたら…ひとつお願いを効いて頂きたいのですが」
「ふふふ、お願いですか?良いでしょう。私に叶えられることであれば」
「本当ですか?!マーガレット様でないと叶えられない願いなのです」
「では、頑張って一本とってくださいね?私はそれほど甘くはありませんよ?」
「はいっ!」
実際に組んでみて分かったのは、エミーは少なくとも現時点で体術が最も得意だったということ。
先の一週間で女性の体形や服装で有効な体捌きは教えていたが、エミーの体術はマーガレットが思っていた以上に見事だった。
現役の騎士達相手でもトップクラスの相手でなければ、素手の相手ならば制圧できるだろう。
「はぁっ……初めてマーガレット様から一本とれました」
「お見事です、エミー様。まさか私が組手で遅れをとるとは思っておりませんでした」
貴族令嬢らしくないが、二人そろって息をきらせたまま地面に寝転んで大の字に転がった。
どうせ夕食前には汗を流す為に湯浴みをするのだから構わないだろう。
意外だったのは、小柄で非力だろうと思っていたエミーは見た目よりずっと力が強かった。
それに掌も妹のマーガレットより大きくて、私の掌と大差なかった。
おそらく剣術がいまひとつ伸びていなかったのは、現在の身体の大きさに合った指導をできる指導者に恵まれなかっただけなのだろう。
「油断なさっていたのでしょう?まあ、実は、少しだけ自信がありました」
「あははっ、そうでしょうね!もうエミー様ってば、これだけ出来るなんて実力を隠していましたね?」
「そんなつもりはなかったですが……お願い、叶えて頂けますか?」
上体を起こして私の顔を覗き込むエミーの顔は夕日のせいで影になっていて、少しだけ不安そうな表情に見えた。
背中から流れ落ちた彼女の銀髪が、私の頬をサラリと撫でる。
トクトクと少し駆け足の鼓動は、激しく動いたせいだけだろうか。
「どんなお願い、ですか?」
「マーガレット様は明日の朝にはここを発つのでしょう?」
「そうですね。元々本来の旅程から1週間遅れておりますから」
「最後の晩ですから。私の部屋で一緒に眠ってくださいませんか?できればずーっと。マーガレット様と沢山お話したりしたいのです」
「え……い、一緒にですか?」
予想外のお願い事に、私の鼓動が強くなった。
慕ってくれた妹分が夜通しおしゃべりしたいと願っているだけ。
可愛いお願いごとである。断る理由はない。ない、はずだ。
「ええ、構いませんよ」
「本当ですか?!ずーっと一緒ですよ?後で、ダメだなんておっしゃらないでくださいね?」
「ふふふ、もちろん。私、約束はきちんと守るのが信条なのです」
「では約束、ですね」
そういって、エミーは少し照れたように頬を染めながら小指をそっと差し出してきた。
小指を絡めて約束をしたことを、後になって後悔することなどこのときのマーガレットに分かるはずもなかった。
◆◆◆
それから5年の月日が流れた。
貴族令嬢ならば学園を卒業した18歳で結婚するものが大半であるなか、私は既に23歳になってしまっていた。
未だに結婚式には縁がない。
久しぶりに午後から休みになった私は、王立学園の正門前に停めた馬車に寄りかかって人を待っている。
通り過ぎる女生徒からは時折はにかみながら手を振られるので、軽く手を上げて笑顔を返しておく。
相変わらず女性人気だけはあるのだ。
暫くすると、校舎から身長差のある金髪と銀髪の二人の少女が出てきたので大きく手を振った。
こちらに気付いたのか、二人は令嬢としてはしたなくならない程度の急ぎ足でやってくると、揃って花が綻ぶような笑顔を見せる。
背の低い金髪の方は私の妹のマリーゴールド。
背の高い銀髪の方が、メルカッツ家のエミーだ。
あの頃妖精のような可憐な少女だったエミーは、今ではその長身もあって迫力のある程の美しさを誇っている。
今では平均的な女性の身長しかない私より、頭ひとつ程も高くなってしまった。
成長期ってすごい。
「マリー、エミー、二人ともお疲れ様」
「マーゴ姉さま!!」
「マーゴ、どうしたの?今日はお仕事休みだった?」
駆け寄ってきたマリーをギュッと抱きしめると、横からエミーにそっと抱きつかれた。
相変わらず二人とも可愛い。
「王妃殿下の孤児院慰問が先方で病気の子が出たとかで延期になったから、午後から休みを頂けたんだ」
「そうなんだ!良かったね、姉さま最近あんまり休みとれてなかったもの」
「どうする?これからうちでお茶でもする?それかどこかカフェにでも行こうか?」
「ごめん、姉さま!今日はヴェルナーとデートする約束してて…」
見れば二人の歩いて来た方から、マリーの婚約者であるヴェルナーがこちらに向かって歩いて来ている。
どうやら二人の仲は順調なようだ。
「ふふ、婚約者同士で仲良くしてるのは良いことよ?私が急に来たんだもの。楽しんで来てね」
「ありがと!じゃあ、マーゴ姉さままたね! エミー、また明日!」
笑顔で婚約者の方へ去っていく妹を見送っていると、隣に立ったエミーが甘えるように指を絡めて微笑んだ。
学園や屋外など人の目がある時のエミーは無口な分、行動や仕草で自分の気持ちを伝えてくる。
その顔で至近距離で微笑むのはいつ見ても心臓に悪い。
せめて予告してからにして欲しいといつも思う。
「マーゴ、行こう?」
「う、うん・・・」
エミーに手を引かれて馬車に乗り込む。
御者に当然のように指示された行く先は、王都でエミーの住むメルカッツ家のタウンハウスだ。
向かい側の席も空いているのに、私達は隣に寄り添うように座っている。
その二人の手は指を絡めあったまま、離れることなく繋がれている。
「エミー、学園生活は楽しかった?」
「それなり、かな?ねえ……二人だけなんだから、エミーは止めて?」
「だって、その格好だし」
「ああ、確かに。でも、マーゴはこの格好も好き、でしょう?」
「うっ……そうだけど」
学園の長いスカートの端をつまみあげて悪戯っぽく笑うエミーは、姿かたちは同じなのにさっきまでの美少女然とした印象ではない。
クスクスと楽しそうに笑いながら、こちらの反応を試すような色香を滲ませて、長い指先をツッと意味ありげにマーガレットの首筋から顎先へと滑らせる。
「ぁ……こんな所でそんな風に触らないのっ!」
「ふぅん?こんな所、じゃなければいいの?じゃあ、早く屋敷に帰らなきゃ、ね?」
「……あ、明日は朝から仕事なのっ」
「そっか。じゃあ、残念だけど……控えめにするね?」
妖艶な笑みを浮かべたエミーは、纏め髪からサイドに零れ落ちていた一房の髪を指に巻きつけた。
薄化粧の桃色の唇を、真っ赤な舌でペロリと舐める仕草は、当然少女のそれではない。
髪を軽く引かれて隣を向かされて、抵抗する間もなく重ねられたのは二人の唇だ。
驚いて離れようとしたけれど、少し強引に頭の後ろに回された手でもう一度引き寄せられて、今度は深いキスを仕掛けられてはひとたまりもない。
逃げることはできないし、逃げるつもりもなかったから。
「っは……マーゴ、可愛い」
「…んっ、可愛いのはそっちでしょっ」
互いの口紅を移し合って何度もキスを交わす。
倒錯的な光景だが、これが今のマーガレットの日常であった。
「もうすぐちゃんと式もあげられるから、待ってて?」
「分かってるから、続きは帰ってからっ」
「ダメ、もう少し」
騎士服のマーガレットの腰を引き寄せて、エミーは強引に膝へ向かい合うように座らせた。
こうなっては、屋敷に戻るまで離してもらえないことを既にマーガレットは知っている。
「お手柔らかに、お願いします」
「かしこまりました、奥さん」
「もう、若さって……」
嬉しそうに笑って頬に両手を添えてくるのは、もちろんエミーだ。
私はエミーの18歳の誕生日に書類だけの婚姻を結んでいた。
◆◆◆
結論から言えば、エミーはエミールだった。
正式な名前はエミール・メルカッツ。メルカッツ辺境伯家の嫡子……つまり嫡男。
彼は別にマーガレットに対して嘘をついてはいなかった。
ただ、自分の性別をはっきりと口にしなかっただけである。
メルカッツ辺境伯家のある北部地域では元々、男児がある程度の年齢になるまで女装させて病魔を避けるという風習があった。
しかし、昔は7歳程度になった時点で本来の性別の姿に戻っていた。
方針が変わったのは王族に呪いがかけられて以降のこと。
本来の性別に戻るのは、学園を卒業する18歳以降へと変更された。
なぜなら、メルカッツ家にも薄いながら王家の血が入っていたからである。
試しに現当主とその弟が女装のままで呪いの対象時期を過ごしたところ、他家に比べてトラブル発生率がかなり低かったらしい。
かといって、その方法を試すには他家の貴族男性たちのプライドが許さなかったこともあるが、何よりもメルカッツ家が代々女性と間違われてもおかしくない程の美貌で知られていたからこそ可能だった方法だったからだ。
あの晩、そんなことを全く知らなかったマーガレットは、婚約もしていない男性と同衾していたのである。
それを知らされたのは、翌朝。
愛らしい唇で小鳥のようなキスをされて目覚めた時であった。
エミールは微笑んで言ったのである。
「同衾しちゃったね。これでマーガレット様は、僕と結婚しないとまずいことになりますよ、ね?」
「え……エミー?僕…?」
「うん、僕はエミール。これでもれっきとしたこの家の嫡男だから」
「えええええ!?う、嘘っ?!」
もちろん事実を知ったメルカッツ夫妻は、朝からマーガレットに平謝りだった。
たとえ売り先の決まりそうも無い売れ残り令嬢とはいっても、マーガレットは公爵令嬢なのだ。
息子のしでかした事に顔を青くしていた二人に、エミールは何でもないことのように宣言した。
マーガレットと結婚したいからガウディール公爵家へ婚約の打診をして欲しいと。
「だって約束してくださったでしょう?ずーっと一緒って」
言われて昨晩の言葉を思い返してみれば、確かに『今日だけ』とは言われていなかった。
言われてはいなかったが、これでは騙まし討ちじゃないだろうか。
「言いましたけどっ!そもそも、私はエミーよりずっと年も上だしっ」
「それが何です?僕はマーガレット様が好きなんです。ダメ、ですか?」
可愛い顔で首をコテンとかしげて私を見上げてくる。
あざとい!可愛い!!これは反則だ!!
こんなのダメなんて言えるヤツがいるのだろうか。
少なくとも私には無理だった。
だって、色々言い訳してみても、私がエミールに何度もドキドキさせられていたことも事実なんだから。
「ダメ……じゃない、です」
「僕が結婚できる年まで随分待たせてしまいますが、できるだけ貴女の近くにいたいので、15歳になったら王立学園にタウンハウスから通いますね」
「は、はい」
「それまでの間は、できればこちらの領地に転属していただけないか、僕から公爵様と王妃殿下にお手紙でお願いしてみます」
「え?!」
「僕は一緒にいたいんですけど、マーガレット様はそんなことはないですか?」
「う……いえ、あの……まだ入隊したばかりなので…」
「では、今回の帰還に僕も同行します!どうせ公爵様へも婚約の件は直接打診したいですから!」
余りの熱心さに、私もメルカッツご夫妻も唖然。
何故か三人で首をコクコクと縦に振るばかりになってしまっていた。
ご両親もまさか息子がこんな性格と行動力を持っていたなんて全く知らなかったようで、私を慕っている息子の姿を見て、使用人共々初恋をあたたかく見守っていたつもりだったそうだ。
エミールと一緒に、立場上安易に領地を離れられない辺境伯様の代わりに夫人が婚約打診の為に同行することになったことを知った先輩たちは、事の顛末を知って大笑いしながら祝福してくれて、エミールのことは他に口外しないことも約束してくれたのだった。
結局、エミールの熱意に押されて父である公爵も婚約を承諾。
兄たちには少年を押し倒したのかと疑われたりもしたが、最終的にはおめでとうと背中をバシバシ叩かれた。
マリーゴールドはマーゴ姉さまが盗られる!と、最初はエミールに対抗心剥き出しだったものの、可愛さとあざとさで勝てる気がしないと早々に白旗をあげていた。
その気持ちは私にも良く分かる。
転属願いについては、流石に王妃様に直談判は勘弁して欲しいと、私からメルカッツ辺境伯家へエミールの文武両面での家庭教師として一時派遣してもらえるよう頼むことになった。
ほぼ同時に提出された婚約届の書類で状況を察したのか、王妃は苦笑いしながら承諾してくださった。
こうして私は5歳も年下のエミールに翻弄されっぱなしの日々を送ることになったのだった。
今でも剣をとれば互角に戦えると自負している。
但し、入籍以来ベッドの上では連戦連敗であることは、今のところ二人だけの秘密だ。
end
エミール君、絶対腹黒い。
マーガレットは鈍い系美人さんです。
初恋の相手を弱みもがっちり押さえて捕まえたので、幸せになってくれたことと思います。
ちなみに、フリーダの義母姉が嫁いだ辺境伯家とは別の家になります。
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