閑話 畠山御家騒動
儂は、名門尾州畠山家の8代目当主である、畠山高政である。この畠山家をこれだけの規模にしたのは、儂自らの功績と言えよう。にも関わらず、家臣共は、儂に従おうとせん。最近では、農民共も一気を企てておるとも聞く。どうして誰も、儂の功績を認めようとせんのだ!公方様の伝令役として参ったあの小姓も、わしの意見はまるで聞かずにさっさと帰りおった。
儂は、酒を煽りながらふとそんなことを思った。城内がやけに騒がしいが、なにかあるのだろうか。まさか、三好が攻めてきたか?それか、興福寺か?
「御屋形様、少しよろしいでしょうか。」
思案を巡らせておると、襖の側で声がした。これは、宗房か。こんな夜更けになんのようなのだ?一人酒もつまらん。奴ならまだ話し相手くらいにはなるだろう。
「構わん、入るがよい。」
「失礼いたします。」
やはり、戦支度をしているようであった。甲冑はつけておらぬが、物々しい雰囲気を漂わせておる。
「何があった?戦か?」
「それほどでは…。三好が領内にて略奪行為をしているとのこと。軍議を開きたく思いまする。藪遅くに申し訳ありませぬが、大広間にお越し頂けますか?」
「そのような事情ならば仕方あるまい。すぐに支度する故、待っておれ。」
ったく…。幕府勢を攻めきれぬとはいえ、こちらに八つ当たりするとは、三好長慶ともあろうものが情けなきことよ。その皺寄せで余計な仕事が増やされるこちらの身にもなってほしいことだ。
寝間着から日常着に着替えると、儂は大広間に向かった。城内はやけに静まり返っておる。侍女や小姓の姿が見えん。なにか変だが、戦支度で慌てておるからか?
大広間に入ると、家臣らが甲冑を身に纏い、物々しい雰囲気を漂わせておる。
「…では、状況を1から説明してもらえるか?」
「簡単なことですよ…兄上。」
ふと、俺の背後からの声が聞こえると、そのものが俺の首筋に刀を添えた。ど…どういうことなのだ?家臣らも動こうとはせぬ。ならばこれは、計画されたこと。三好の騒動は偽りか…。そもそも、こやつは儂のことを兄上と呼んだ。ということは…
「秋高か…?」
「えぇ…、そうですよ兄上。貴方に何度も刺客を送られながらもここまで生き抜いてきた貴方の弟です。」
「それで?何のつもりだ。」
「この状況で理解できないと申されるのですか?」
「儂を殺すつもりか?」
「兄上が大人しく隠居してくださるのならば、殺しませぬ。但し、私がこれまでに味わってきた貧しい環境下で余生を過ごして頂きます。」
「それは嫌だな。そもそも、そなたで家臣らがまとめられると申すか?」
「本当に周りが見えておらるのですね。我ら畠山家の家臣で貴方に心から忠誠を誓っている家臣はおりませぬよ。現にこの状況で貴方を助けようとしないことが、その質問の答えになっているのでは?」
「くっ…。だれだ?」
「は?」
「そなたをここまで焚き付けたのは誰だ!そなた一人でここまでの状況を作り出すことはできまい。誰がそなたをここまで連れてきたのだ。」
「私ですよ、高政殿。」
儂の前に宗房が進み出た。刀を左側に置いてある。殺意があるという証拠だ。確かにコヤツなら儂を殺す理由はある。この者の一族は、儂に対する反乱を企てた罪で、根絶やしにしておる。御家のためには仕方のないことではあったが、宗房は最後まで助命のために動いておった。
よく考えれば、あの時からであろうか。宗房が儂と口を聞かなくなり、秋高と懇意になったのは。あの時に此奴の言葉を受け入れて、追放程度に済ませておけばよかったのか。儂は、選択を誤ったのか…。
「そういうことか…。」
「どうしますか?兄上。」
「是非も無し…。儂は、隠居する。」
「!?兄上にしては、賢明な判断ですな。死ぬのが怖くなりましたか。」
「隠居はするが、そなたに家督を譲る気は毛頭ない。」
「何!?ぐふッ…。」
儂は、やつの好きを見て、秋高の首元に脇差しを突き刺し、続いて心の臓を突き刺した。見た感じでも死んだことは見受けられる。儂は秋高を見下ろしながら、宗房に語りかけた。
「宗房。」
「何か?」
「畠山家は、そなたに任せる。」
「!?」
「一門衆だけでなく、家臣らからも信頼を得て、民衆からも忠誠を集めているそなたならば、御家を任せられる。たが、一つだけ儂の最後の助言を聞いてほしい。」
「なんでございましょう?」
「六角家への臣従は辞めてくれ。」
「ご存知だったのですか?」
「これでも一応は、尾州畠山家の当主であったからな。この国で起きていることは、大体耳に入ってくる。」
「気づいていないものと。」
「今までそなたが動いておるときに、動きやすく感じたことはなかったか?商人や豪族共が親しく接してきたことは?都合の良いときに情報屋が現れたときは?」
「そ…それは。」
「それと、そなたが儂に殺意を抱くきっかけとなったそなたの一族の一件だが、詳細について調べたことはあるか?殺しの事しか聞いていないのではないか?」
「…何かあるのですか?」
「政尚。宗房に渡そうとしていた文を渡してやれ。」
「これは?」
「あの事件の詳細だ。」
「………なんと!?では、秋高様が。」
「そうよ。そなたの一族を殺したのは秋高であり、そもそもそやつらを儂への尖兵に仕立て上げたのも、秋高よ。」
「あの聡明な秋高様が…。」
「奴は、自分が当主になるためには、家臣らを駒としか考えぬ男よ。儂の悪名はすべて奴が儂に押し付けたものよ。」
「なんと…。」
「それとついでじゃ。そなたの知らぬことをもう一つ教えておこう。先程、秋高とそなたは、儂に仕えておる家臣はおらんと申したが、ここまでの話を儂にしたのは誰だと思う?」
「…!?では」
「そなたが想像したとおりよ。家臣らは儂ではなく、畠山家に仕えておった。それは、そなたでもなく、無論秋高でもない。」
「私はどうなるのでしょうか?」
「普通なら、謀反を企て実行した罪で、切腹するのが常識ではあるが、今の畠山家は、そなた無しでは、政が回らん。であることから、宗房。」
「はっ!」
「仏門に入れ。」
「…は?」
「今後は、そなたは戦に出ることはない。畠山家の外交僧として、政に専念せよ。」
「は!」
「よく聞け、最初の命だ。公方様の伝令役と申しておった緋村という少年に詫びを入れ、六角、朝倉、北畠との同盟を成してこい!」
「畏まりました。」
1550年10月、畠山秋高による謀反の企ては、当時の畠山家の当主であった畠山髙政によって防がれた。当事者であった秋高は、高政によって殺害され、畠山家は、高政により結束が強くなる。
このとき、新たに荘厳という高僧が家臣に加わったとされるが、詳細は不明である。ただ、この者が歴史上に現れたことで、畠山家の情勢が大きく動くことになったことは事実であった。