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アストラド:終わりの始まり  作者: タブリス
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第9章

「じゃあ、どうやってそこまで行くの? 首都まであと少しって言ってよね。この虫だらけの森の中でもう限界。考えただけで毛が痒くなってきたわ!」


ケチュアが耳を掻きながら尋ねると、ザイオンは落ち着いた様子で答えた。


「まだかなり距離があるけど、途中に泊まれる村があるから心配しなくていいよ」


「あの廃墟の村のこと? フレデリカが話してた。滝の先にとっても大きな村があって、たくさんお家があって、ママとパパがよく訪ねてきて、いっぱいお土産をくれたの。でも壊されちゃって、それでフレデリカが街から物資を運んでくるのに長い時間かかるようになったの」


「壊された? 何があったの?」


「ロゼアンは知らない、ロゼアンはまだ小さな芽だったから。でもお姉ちゃんはすごく賢くて何でも知ってるの!」


「あ、ああそうか! わかった。じゃあ廃墟で野宿するしかないな」


「嫌だよー! ふかふかのベッドがいい!」


「悪いけどケチュア、やっぱり誰かと一緒に旅した方が安全だ──」


ザイオンがケチュアを諫めようとした時、ふと疑問が浮かんだ。(俺は何をしてるんだ?)

つい数日前までケチュアを振り払おうとしていたのに、今では旅の相棒だ。ここで別れてもいいかもしれない。でもなぜか、一人で続ける気にはなれなかった。確かに、ケチュアのような超人的な力を持つ少女と同行するのは安全だが、今の感情はそれとは違う。


(考えてみれば、俺には友達がいなかったな。人と繋がるってこういう感覚なのか?)ザイオンが考え込んでいると、ケチュアのからかい声で遮られた。


「あーら、もう私なしじゃ生きていけないんでしょ~? 仕方ないわね、付き合ってあげる~」


「あ、あの、違うよ! 別に勝手にしろって言っただけだし!」


ザイオンは照れくさそうに返事をし、内心を見透かされそうになりながら、ケチュアは笑っていた。


「パパとママみたい…」


「え?」


「あなたたち、パパとママみたい! 二人もいつもこんな風に遊んでた!」


今度はケチュアまでがフレデリカの言葉を理解して赤面した。すると突然空気が変わり、二人はさっきの出来事を忘れたかのように真っ直ぐ前を見据えた。


「ち、違うわよ! ただこの子と遊んでただけなの!」

「そ、そうだ! 彼女の言う通りだ!」

「ロゼアン、わかった…」


ザイオンは、ロゼアンが両親の話をする時いつも少し寂しそうなのに気づき、尋ねてみた。


「あ、あの…ご両親のことなんだけど。どれくらいお留守なんですか?」


「3年? いや、4年? それとも5年? あれ、何年だっけ?」ロゼアンはふわふわの頭を自分で叩き始めた。


「落ち着いて。大丈夫。ただ、一緒に行きたくないのかなって。ご両親も長い間いないみたいだし──」


「ダメ! パパとママはすぐに帰ってくる! ロゼアン、知ってる──」


ロゼアンは自分が興奮し始めたのに気づき、すぐに態度を変えた。ザイオンとケチュアは複雑な表情で見つめていた。


「ロゼアン、ごめんなさい! パパはお客様に大声を出しちゃダメって言ってた。本当にごめんなさい! 怒らないで!」


「だ、大丈夫、大丈夫!」ザイオンは手を振りながら繰り返した。


「ありがとう。それじゃあ、お姉ちゃんと話すのを諦めないでね」


「もちろんよ! 姉さんが嫌がっても引きずって連れ戻すわ! 妹を一人にしちゃダメでしょ!」ケチュアは拳を振り上げながら答えた。


「ろ、ロゼアン、とっても感謝してる! で、でもそこまでしなくていいのに!」


「ケチュアは少しやりすぎだけど、任せて! すぐ戻るから!」


二人に別れを告げ、ロゼアンはドアを閉めた。そして──


ドアに体重を預けるようにして床に座り込んだ。膝を抱えて顔を隠すように小さく丸まった。


ロゼアンは低く唸り、もう一度頭を叩くと、ため息混じりに呟いた。


「バカ…」


それが自分自身に向けたのか、旅人たちに向けたのか、姉に向けたのか、それとも他の誰かなのか──傍目には判断できなかった。


混乱と不安が入り混じったロゼアンの感情は、胸の奥深くで広がっていく。


◆◆◆


ケチュアとザイオンの運は尽きていた。


もし略奪後の廃墟なら、どれだけ時間が経っていても、貴族や商人の石造りの家など雨露をしのげる場所が残っているものだ。しかしこの廃村では、快適な夜を過ごす希望は完全に打ち砕かれた。この村を破壊した者は、跡形もなく消し去ろうとしたかのようだった。


瓦礫の間に仮の寝床を作り、苦心して集めた材料で焚き火を囲んで座っていた。


「はあ。せめて街では暖かい所でたっぷり食べさせてよね」

「良かったじゃない、雨も降ってないし!」


ザイオンがそう言った瞬間、雨が降り出し、苦労して作った焚き火はあっけなく消えた。


「ま、まあ少なくとも──」


しかし不運は続いた。雷がキャンプのすぐ近くに落ちたのだ。雷は瓦礫の山に直撃し、その衝撃で周囲に破片や塵が飛び散った。大きな瓦礫の陰にいた二人に直接の被害はなかったが、たまったものではない。ケチュアは恐怖で毛を逆立て、猫のように震えていた。


「で、でも──」

「それ以上言うな」ケチュアが遮った。これ以上災難が起こらないうちに。


しばらく沈黙が続き、退屈そうに空を見上げながらケチュアが口を開いた。


「あの子に会えてよかったね…」

「ああ…あの子、大丈夫かな?」

「どういうこと?」

「あの子の両親、戻ってくると思う?」

「多分死んでるわ」ケチュアの冷淡な言葉にザイオンはたじろいだ。確かに彼も同じ考えを抱いていたが、そんなに簡単に口に出せるものではない。


「落、落ち着けよ。つまり…もしかしたら…でもすごく遠くまで行ってるだけかも? 何年も教会巡りや聖遺物探しの旅をする巡礼者の話も聞いたことあるし」

「さあね。たまには子供を捨てる親もいるわ。いい親に恵まれるとは限らないの」


考えてみれば、ザイオンはケチュアの言わんとすることがわかった。彼自身、両親の顔を知らず、村の長老たちに育てられた。ケチュアも似たような境遇なのかもしれない。


「確かに、君の言う通りだ…」

「親がいる人って本当に幸せよね。自分の家があって、自分のベッドがあって、友達や家族がいて…私はよく、友達と遊びすぎて親に叱られる子供たちを見てた…」


ザイオンはよく理解できた。人付き合いが苦手で、話し相手もいなかったザイオンだが、少なくとも帰る場所があったことには感謝していた。そこに馴染めなかったとしても。


「そうだな…私もさ、友達いっぱいの子供たちを見てた…でもみんな、なぜか私を怖がって…」

「あなたも? 他の子たちは私の耳を引っ張って『悪魔』ってからかってたわ。ある日こっぴどく仕返ししたけど! それからは私を見ると『ギャー!ギャー!』って叫んで逃げ出すの! あははは!」


ケチュアは爪を見せながら手振りを交えて笑い、ザイオンは苦笑いで相槌を打った。彼の考えていたものとは少し違った。


「でも友達がいるっていいよね…」ケチュアは俯きながら呟いた。


ザイオンの胸に響いた。友達のいない孤独を誰よりも知り、友情とはどんなものかずっと考えていた。今、彼はケチュアに強く共感していた。


「え、えっと…私、友達いないんだ…本当に一人も…でも一緒に色々経験したし…助け合ったし。これだけのことあったんだから、友達って言ってもいいよね? つまり、私が君の友達になりたいって言ってもいいかな──」


ザイオンが言葉に詰まり、恥ずかしさで目を泳がせていると、ケチュアの目が一瞬本物の笑みで輝き、すぐにいつもの茶目っ気たっぷりの笑顔に戻った。


「何言ってんの、バカ」ケチュアはザイオンの胸を軽く叩いた。「もちろん友達よ」


ケチュアは笑いながら拳を差し出し、ザイオンもそれに応えて拳を合わせた。


「じゃあその干し果実ちょうだい」

「私の分がなくなるじゃないか」

「友達になりたいって言ったくせに? 本当の友達は食べ物を分け合うものよ」


二人の笑い声は、雨が止むまで続いた。


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