心を読む聖女
聖女というのは、代々神の愛子として奇跡の力を与えられた者たちのことを言う。例えば、たちどころに傷を治す力や国を覆うほどの巨大な結界を展開する力、幸運や加護を与えるなんて力を持った聖女もいた。
そして、今代の聖女ミラは“心を読む力”を与えられた。
“心を読む”というのは、歴代の聖女たちの中でも異質な力だった。確かに普通の人間には到底出来ないことだが、神の力といえども万人から喜ばれる類のものではない。むしろ、王侯貴族どもの中には聖女ミラを魔女だと蔑む者もいた。まあ大抵そういう輩は後ろ暗いところがあるので、直接ミラに接触してくることはないのであまり害はない。それに聖女を表立って批判したり、害をなそうとすれば、不敬罪で首がサクッとやられる場合もあるので下手なことは出来ないものだ。
だが、貴族らは何でもかんでも遠回しにやるのが好きなものなので、ネチネチネチネチとミラを攻撃する輩はいるし、逆に良い顔をしてミラを自分の思い通りに利用しようという魂胆を持って近づいてくる者もいる。ただそういう輩はミラの奇跡の力をもってすれば吹けば飛ぶようなものだ。勿論、物理的に首が。
しかし、全ての人を不敬罪でサクッとやってしまうとそれなりに貴族が消えてしまうので、お国の為にも、何より神の愛子としての慈悲で生かしてやっている。なので、奴らはもっと聖女に感謝すべきだと思うとは、聖女本人の談である。
まあ、聖女の方も清廉潔白を絵に描いたなんて嘘な腹黒い性根をしているため、貴族らの嫌味には毎回嬉々として報復しており、正直どっちもどっちかもしれないが。見ている側がそこまでやるかと可哀想に思うくらいで、貴族らの恥ずかしい黒歴史やマル秘情報を笑顔で披露していく様は正に魔女のようであったとは、とある貴族の談である。
しかし、聖女としては断固として言い訳したいのだ。だって、幼い頃から大人のあれやこれや知りたくもない黒い部分をほとんど強制的に知ってしまうような環境で育ってきたんだから、今更純粋になんてなれる訳がない。そもそも純粋だった時期があったかどうかも怪しいものだ。
心を読んで良いことなんて大してない。むしろ、対人恐怖症にならなかっただけ褒められてしかるべきだ。
と、聖女に語らせると長々とした言い訳が、それはもう長いのでここで強制的に切らせてもらおう。
聖女の言っていることは確かに尤もだが、本人は人をいじって快感を得るという、ある種聖女としては信じ難い性格を有しており、それは生来の気質とも言えるようなものだ。
最悪なことに、神から与えられたもう奇跡の力がその生来の気質を増長させていることは明らかだった。
「神がお与えになったんだから、私のこの性格は神が望んだ結果だよ。」
神は間違いなく選択を誤ったとは、彼女の幼なじみの談である。
しかして、この聖女ミラ、口と性格の悪さは歴代の聖女の中でも随一と言われているが、実は偉業を成し遂げた数も歴代随一だったりする。
ある時は世界的な犯罪者組織をたった一晩で壊滅させ、またある時は夫婦仲最悪の国王夫妻を国一のおしどり夫婦にし、またまたある時は戦争開戦あと一歩のところまできていたある二国を見事に和解させてみたり。数え上げればキリがない。
あの性格でよくこれだけの偉業を成し遂げられたもんだとは、聖女の人となりを知っている者の口癖である。
といっても、聖女の性格なんてものは本人がそもそも取り繕う気が全くないもんだから、国民はおろか他国にもよく知れ渡っていた。なので、この口癖は同時に世界的な流行語でもあったわけで、これに関しては、生真面目な大司祭様がなんとかならないもんかとよく頭を抱えていた案件である。
当の本人は、そんな大司祭様を影から覗いて声をあげずに爆笑するという器用なことをしていたが。
貴族とは嬉々として嫌味の応酬を交わしているし、国王夫妻とはいつの間にか旧知の仲になっているし、平民には数えきれないほどの友人がいるし、時に他国の王族と城下を遊び歩いていたこともあった。
聖女ミラの周りには常に人が溢れていて、賑やかで騒がしく、彼女は間違いなく多くの人から愛されていた。
それはある夏の日で、その日は事あるごとによく事件に巻き込まれる聖女が妙に大人しくしていたので、もしかしたらそれは嵐の前触れだったのかもしれない。
連日何かしらの事件に巻き込まれている為、久々の休息かと周りの者が気を抜いている中、それまでじっと大人しく窓の外を眺めていた聖女が急に立ち上がり、城下に行くと言い出した。城下に行くのはよくあることで、休息はここまでかと聖女の護衛たちは気を引き締めて、聖女の護衛という重要な任務にあたったのだ。
彼らは決して油断していたわけではない。むしろ事件に巻き込まれやすい聖女の護衛は国の精鋭達でかためられており、プロ意識の高い彼らは例え気を抜いていても油断をするなどという失態は決して犯すわけがなかった。王族につけられている護衛よりも遥かに腕の高い者達が何人もつけられていたのだ。
しかし、それをもってしてもその事件は防げなかったのである。
「大丈夫、光は残しておくから。」
それは聖女ミラの最後の言葉だった。
目の前にちょうど親子が歩いて来ていた。母親と手を繋いだ二つ結びの愛らしい少女が聖女に向かって手を振っている。その少女は聖女が城下に下りた時よく遊んでいる子供たちの一人で、少女はいつものように聖女の元へ駆け寄ってきていた。聖女も歩み寄る。
そして、愛らしい少女と聖女が仲睦まじく抱擁を交わさんとする。
瞬間、聖女ミラはまるで少女を守るかのように上から覆いかぶさった。
護衛たちを含め周りの者が何をしているのかと疑問に思う暇もなく、少女に覆いかぶさった聖女の背にナイフが刺さる。
それからは早かった。ナイフを刺した男はすぐさま護衛に捕らえられ、その場で首を落とされた。聖女にナイフを刺したのだから、当然その場で死刑である。周囲は既に阿鼻叫喚の嵐で、聖女がナイフを刺されてから男の首が落とされるまで僅か三秒。そして、近くの医者が護衛に担がれてその場に到着したのはそれから十秒足らずのことだった。
刺されてから十三秒。迅速過ぎるくらい迅速な対応だった。
しかし、遅かった。
一見ただの果物用ナイフにしか見えないそれには、ナイフの先端に裏市場でも滅多に出回らないような猛毒が仕込まれていた。
十三秒でも遅かったのだ。
聖女ミラはもう既に息絶えていた。
「ああ、神よ。いくらなんでも早過ぎる。まだ若いんだ。連れて行くには早過ぎる。どうして…」
「聖女様!嫌です、行かないでください‼︎」
「あぁぁどうして!どうして!」
「聖女様!聖女様!ミラ様!死なないで、お願いだから…」
嘆く声、すすり泣く声、号泣する声、泣き叫ぶ声。
悲しみの声が響き渡る。聖女ミラを、彼女を愛した者たちの声が国中に、更に国境を跨いだ隣国にもその嘆きの声は響いた。
それは彼女がそれだけ多くの人々に愛された証だった。
彼女とよく嫌味の応酬をしていた偏屈な侯爵の爺が膝から崩れ落ち泣いていた。
彼女のおかげで国一のおしどり夫婦になった国王夫妻は身を寄せ合って静かに涙を流した。
彼女と仲の良かった国中の平民たちは号泣し、取り乱す者もいた。
彼女と悪友のような仲だった隣国の王子は棺に縋り付き、泣き叫んだ。
彼女が命を張って守ったあの愛らしい少女はただひたすらに祈った。次から次に流れ落ちる涙を拭うこともなく。
ただひたすらに、聖女が天国で幸せに過ごすことを祈っていた。
それから、多くの国が喪に服していた。聖女ミラの与えた影響力の凄まじさを表すかのように、各国の王侯貴族らは喪服に身を包み、各国の平民たちは聖女ミラが愛したサクラというピンク色の花を至るところに飾り付けた。
そして、聖女ミラが天に召されたちょうど一年後に奇跡は再び起こる。
次代の聖女の誕生であった。
しかもその聖女は、かつて聖女ミラが命を張って守ったあの少女。
そして、次代の聖女アンは“万物を癒す力”を与えられた。
あらゆる難病も奇病も、元気を失った心や枯れた植物も、聖女アンはその優しい心で癒し、回復に向かわせた。
『大丈夫、光は残しておくから。』
かつて多くの人々から愛された聖女ミラが最後に残した言葉。
まるで未来を見通してたかのようなその言葉の意味は、聖女アンの誕生により人々は理解するところとなる。
歴代随一と言われるほど口が悪く、性根が曲がっており、なのに何故か多くの偉業を成し遂げ、多くの人々に愛され、誰よりも人々を愛していた聖女ミラ。
彼女の偉業はこれから何百年もの間、語り継がれ、多くの人々がその石碑に訪れる。
ーーこれは聖女ミラの半生を限りなく忠実に記録したものであることをここに記す。ーー
「死んだから有耶無耶になったけど、実は神が私にお与えになった力って、“心を読む力”じゃないんだよね。まあ、この秘密は墓場まで持ってくって決めてたからいいけど。」
これは、天国から地上の様子を眺めていた聖女ミラの談である。
「感想でも結局何の能力だったのか疑問に思ってる人多いんですが、もし正解に近いものが出たらその時は種明かしします」って言ってたら、正解出たので種明かししますね。
シリーズで「私の愛する世界のために」を投稿したので、ちょっと長いですが、よかったらご覧ください。