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社畜女子がクリスマスに願うこと

作者: よよまる

 聖夜。柏木(かしわぎ) (ゆい)は発泡酒や非常にアルコール度数の強いリキュール酒で思考回路を焼いていた。

 独身、彼氏無し、本日も仕事。仕事は激務で家と会社とストレスがたまった時に通うバッティングセンターの三か所をぐるぐるしているだけだ。

 おかげで出会いがない。

 もっとも世の中で性交が行われる時間帯に悲しく一人酒を煽っている始末だ。

 花の二十代、その状況を素面の脳みそで良しとするはずもなく、こうして現実から離反するためにまた一つロング缶を空にするのだった。


「げぇっ……ぷ」


 嫁に行き遅れかねないゲップを吐き、口髭になった発泡酒の泡を袖で拭う。肴は無造作に選んだ新発売のポテトチップスだ。酒で鈍った味蕾も濃い味ならば問題なく嗜好できる。

 今が何の日か忘却し、どうして自分が酒を持っているか理由を忘れていた時だった。

 玄関の呼び鈴が鳴る。


「…………よっこいしょ」


 泥酔により思考が遅くなった中、数拍の間を持って行動に移した。

 やけに蛇行している造りだな、と普段見慣れている廊下を歩きながら玄関へとたどり着いた。

 女性の一人暮らし、いくら警戒や用心をしても罰は当たらない世の中にも関わらず、唯は玄関のカギを開けて訪問者と直接顔を見合わせることになる。

捕捉しておくなら彼女が住まうのは女性向け賃貸マンションだ。少々家賃が高くなってしまうが防犯のためのオートロックやカメラ付インターフォンは最初から完備されている。


「どちらさまぁ……?」


 玄関を開けると、赤いコートに身を包んだ少年が立っていた。明らかに仮装用の白いひげを口の周りに着けている。


「おめでとうございます」


 少年は開口一番、唯を祝福した。ただし、その口調は事務的そのもので祝いを言われている本人はきょとんとした顔になる。


「はぁ、ありがとうございます」

「お姉さんは選ばれました」

「あい?」

「これ」


 少年は1枚の便箋を唯に差し出した。差出人の宛名はなく、切手すら貼られていない。表に

「柏木 唯 様」

と書かれ、今時珍しい封蝋によって封がされていた。

 中を開くとたった1枚の名刺大の紙が収まっている。


「なんでも願い叶える権……」


 酒で焼けた脳をフル回転させ、今置かれている状況を思考するが得心が置ける答えは出ない。きっと素面でいても同じ結果に終わっただろう。幸か不幸か、酒が入り余計な物事が考えられない方が結論に早くたどり着けたのだった。


「で、君は?」


 赤いコートを着た白髭の少年は無表情のまま淡々と答えた。


「サンタの弟子です」

「弟子……」

「はい。次期サンタ候補として、僕らは修行の一環で選別された人の願いを叶えに現れます」


 まったく理解できない。

 深く考え事をすると霧がかかったように思考が霞んだ。

 故に唯は諦めた。思考を。


「よし、サンタくん」

「まだサンタではありません」

「私が言うところに連れて行ってくれ」

「はい」

「では、岡山の実家に行こう! ここ数年、帰ってないし」

「わかりました」


 サンタ少年は唯の手を握ると、


「到着しました」


 一瞬のうちに都心のマンションから虫の鳴き声が五月蠅い田舎の家へと風景が変貌した。


「ウチだ……」

「はい、ご要望の場所です」


 二人が立つのは周囲が漆黒の暗闇に囲まれ、唯一光を放っている一軒家の玄関前だった。

 庭には砂利が敷かれ、父愛用の三十年選手のセダンと母と兄のスクーターが並んでいる。

 最近行われたと電話で聞いていた改築部分が見慣れた故郷の生家のビジョンと乖離している。

 一歩、玄関へ近づく。懐かしい匂いがした。

 一歩、歩を進めるとすでに引き戸の玄関に手を振られる距離である。


「ただいまぁ……?」


 疑問形のまま、田舎ならではの非施錠の玄関が簡単に開いた。

 古びた下駄箱に父の革靴、母のつっかけサンダル、兄のスニーカーが並んでいた。

 どたどたと木造の床を足で叩く音が聞こえた。


「唯!」


 記憶の中から数年年老いた母だった。


「なんだ?」


 さらには父もやってきた。記憶の中より髪の毛がやや後退していた。


「た、ただいま……」


 目を白黒した両親だったが、久しぶりの娘の顔を見るや否や取り合えず上がれと言うばかりだった。

 部屋着のまま、遠く離れた都心から酒のにおいをさせて突然帰省した娘を見て両親は誰も事情を聴かなかった。


「あの……」

「はい、こんなものしかないけど」


 成り行きでサンタ少年も柏木家の居間に通され、母は元来の子供好きを発揮させて常備しているスナック菓子を器に移して出すのだった。


「お、お構いなく……」


 表情の薄いサンタ少年だが、唯の母から何か欲しいものはあるか、甘いものは好きか、などの猛攻には困った様子だ。


「あー、落ち着く……」


 居間のソファー、唯が上京する前に定位置にしていた。すっかり酔いがさめ、くつろぎながら見慣れた天井を仰ぐ。

 何がどうなっているかは冷めた脳ですら理解が追い付かない。

 しかし、現に自分は実家に戻ってきているのだから、それ以上でもそれ以下でもない。


「あんたご飯食べたの?」

「お菓子とおつまみだけ」

「じゃあ、何か作るわよ。何がいい?」


 唯は学生だった時分によく夕飯に出ていたメニューが脳をよぎった。


「焼きそば」

「クリスマスだって言うのに色気ねぇなぁ」


 父親が呆れた様子だが、母はすでに冷蔵庫を開けて調理に取り掛かっていた。


「こんな田舎にクリスマスとか関係ないじゃん」

「ちげぇねぇ」


 父は焼酎のお湯割りを啜った。


「飲むか?」

「薄めで」


 幼いころは舐めた途端に顔を渋らせていたものだが、大人になって飲んでもあまりうまいとは思えなかった。

 ただ、温かい。

 アルコールが回り体の熱が上がり、なんだか忘れていた感覚が体中をめぐるようだった。


「あー」

「おっさん臭いなぁ」


 父と娘の何にも実にならないやり取りを、スナック菓子を齧りながらサンタ少年は見ていた。

 しばらくすると母が山盛りの焼きそばを大皿に盛ってやってきた。

 柏木家の焼きそばは決まって塩味だ。大粒の胡椒が麺に絡み、ざく切りの野菜が油で光っている。

 何も考えなくてよかった。大味な味付けの麺を野菜と一緒に口に入れ、頬膨らませながら咀嚼する。ウーロン茶で流し込み、焼きそばの山を減らす作業に戻る。

 酒で温まった体に出来立ての焼きそばを詰め込むと額に汗を浮かべ、鼻水が流れてくるが気にせず箸を動かす。

 父は酒のお供に少量食べ、少年は母に取り皿に盛られたものを押し付けられていた。

 あっという間に皿は空になった。

 唯は満足げに腹を擦り、あおむけに横たわる。

 嫁入り前の女は外聞も装いも気にすることなく、酒臭い寝息を立て、脂っこい顔をそのままに入眠するのだった。

 翌朝。


「夢でなかった」


 ソファーに腰掛け、唯は朝ごはんに出されたトーストを3枚も食べ、食後のコーヒーを啜りながら言った。


「はい」


 サンタ少年も同様の朝食をすまし、唯の横に座って彼女の言葉を肯定する。

 唯の両親も食後のコーヒーを片手に居間に置かれたテレビに視線を向けていた。どうやらパンダの赤ん坊が生まれたようだった。


「ちゃんと帰れるんでしょうね?」

「そのためにまだいるんですよ」

「そ」


 残りのコーヒーを飲み干し、膝を一回叩くと勢いよく立ち上がった。


「よし、かえろ」

「もう帰るの?」

「なんだ、慌ただしいな」


 両親はそれだけ言うとテレビへと視線を戻す。


「うん。また年末には帰ってくるよ」

「次は土産持って来いよ。ハラダのラスク」

「はいこれ」


 母は紙袋を渡した。中を除けばタッパーに収まった唯の好物料理であった。


「ありがとう。じゃ」


 サンタ少年の手を引いて居間を出ると、そこは都心の自分のマンションだった。ちょうどサンタ少年に手を握られた玄関である。


「おおー」

「これで願いは叶った、ってことでよろしいですか?」

「あ、うん」

「それじゃあ、僕はこれで失礼します」

「待った」


 玄関を開けようとした少年に唯はタッパーを1つ渡す。


「お礼にこれあげる」


 タッパーには唐揚げがすし詰め状態で入っている。


「ありがとうございます」


 少年は素直にタッパーを受け取る。


「じゃ、サンタの修行頑張ってね」

「はい、お邪魔しました」


 今度こそサンタ少年は玄関を出て行った。きっとすぐにドアを開けても、どこにも少年の姿はないのだろう、と唯は確信した。


「さて、部屋片づけよ」


 昨日、自分が食い散らかした缶や菓子袋をゴミ袋に入れながら、


「あ!」


 唐突に声を出すのだった。


「胸大きくしてくれって言えばよかった~……」


 本当にやってしまった、という顔をしながら発泡酒の缶をゴミ袋に叩きいれるのだった。


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