杏果さんの運動紀行⑥
「やっぱり無理してたんじゃないですか・・・」
はぁ・・・とため息をついて杏果さんに言った。
「いや~、4つはさすがにきつかったわ~」
杏果さんをおぶりながら部室への帰路につく。
こんなに軽くて小さな身体でさっきまで動き回っていたなんて信じられないくらいだ。
日が落ちかけ、校舎の廊下にかすかな夕日が入っている。
蛍光灯がつき、あたりがゆっくりと、少しづつ暗くなっていく。
「あの・・・杏果さん」
「なんだ~シロ~」
「杏果さんは・・・その、なんで万屋部にいるんですか?」
「なんだよ、いきなり」
「その、今日一日杏果さんのこと見てて思ったんです。この人は本当にここにいていい人なのかなって、もっとふさわしいばしょがあるんじゃないのかなって」
「・・・・・・」
「今日だって1つの部活に入っていればこんなにしんどい思いをしなくって良かったはずです。それに杏果さんならどの部活でもすごい活躍して優勝なんかもできるはずですし、いいことずくめなんじゃないのかなって、そう・・・思っちゃって・・・」
あたりが完全に暗くなり、蛍光灯の光で窓ガラスに2人の姿が映る。
「私が万屋部にいる理由か~・・・そうだなぁ~。たしかにシロがいうようにわざわざこんなしんどい思いしなくたっていいのかもしれないな」
「だったら」
「でもなシロ、私は万屋部じゃなきゃダメな理由があるんだよ」
「なんですか、その理由って」
他の部活だと優勝とかも狙えて未来だってきっと明るいはずなのにそれを捨ててまでも万屋部にいる理由ってなんなんだろう。僕にはさっぱり分からなかった。
「それはだな、終わったあと優斗のケーキが食べれることだ」
「そんな理由ですか!?」
あまりにも予想外の理由に僕は声を荒げてしまった。
「うるっさいなぁ」
「そんな理由で万屋部にいるんですか!?」
思わず2回聞いてしまった。
「そうだよ。それが私の全てだ。未来がどうとか先がどうとかそんなのは私にとっちゃどうでもいいんだよ。今に満足できてれば私はそれでいい。それに運動終わりに自分の好きなケーキが食べられるんだぞ?こんなにいい部活はほかにはないって」
その時、窓に映った杏果さんの顔はこれ以上ないくらいの笑顔だった。
これ以上何かを言うのは不毛かな。それに・・・杏果さんらしい。
「あ、おかえり。お疲れさまだったね」
「お疲れ様でした!杏ちゃん先輩、シロくん」
「おーお疲れぃ」
「優斗~疲れた~、ケーキ~」
「はいはい、すぐに出してあげるからね、冬馬くんもお疲れ様」
「僕は特に何もしてませんけど・・・」
「ここまで杏果ちゃんをおぶってきてくれたんでしょ?」
さすが優斗先輩、なんでもお見通しか。
「はい、杏果ちゃん」
「おおお~!!優斗、1ホールまるまる食べていいのか!?」
「今日はそれだけ頑張ってくれたからね。それ相応のご褒美をあげないと」
「な、シロ!こんな部活辞められないって!」
「そうですね」
そんな無邪気な杏果さんにクスッと笑い、出されたケーキを口に運ぶ。
確かに、これだけでもこの部活にいるのには十分すぎる理由なのかもしれない。
キラキラした瞳でケーキを食べる杏果さんを見ながら僕はそう思った。