杏果さんの運動紀行⑤
「それじゃあ船橋センセー、次行くから、またね〜」
着替え終わった杏果さんはタオルを首にかけ、レモンのはちみつ漬けを一口かじりながら勢いよく剣道場をあとにした。
「だから礼法を守らんか!こら!藤村!・・・全く・・・」
「じゃあ僕も失礼します」
船橋先生に礼をし、僕も杏果さんの後を追うように剣道場をあとにしようと靴を履き変える。
「これ、川神」
後ろの方から船橋先生から声をかけられた。一応礼法は守って出てきたはずなんだけど・・・
「悩みがあるんなら本人に聞くとええ。あやつもあやつなりに考えがあるはずじゃからの」
そう助言してくれたあと、「さっさと行かんと置いてかれるぞ」とだけ言い残し船橋先生は剣道場の中に姿を消してしまった。
船橋先生の助言を胸にしまいもう一度剣道場に向かって一礼した後、僕は杏果さんのあとを追った。残す依頼は女子バレー部の顧問代理。向かう場所は体育館だ。
体育館に着くとすでに杏果さんが練習に入っていた。今はレシーブの練習みたいで杏果さんはスパイクを打っていた。
「ほらほらー、あと1時間だからみんな頑張って〜」
そう言いながらどんどんスパイクを打ち続けていく杏果さん。
さっきまで剣道部で1時間古で動いてた人とは思えないくらいボールにキレがある。この人の体力は底なしなんだろうか。どっちかというと女バレの人たちの方が疲れてるように見える。
「はい!次!スパイク練習行くよ~!」
杏果さんの号令で次の練習メニューへと変わる。次はスパイク練習のようだ。女バレの面々が各々の位置につく。
「はいどんどん打ってって~。まきちゃんもうちょいトス高めでいいよ〜。あきちゃんクイックもうワンテンポ早く!みっちゃん今のスパイク取れたよ!もう一歩前出て!」
ここでも杏果さんは1人1人にアドバイスを出しでいた。
僕もバレーは経験しているけどここまでしっかりアドバイスできるかと言われると難しいと思う。ましてや今まで運動してきたあとにこれだけしっかりできるかと言われると不可能に近いんじゃないかとさえ思う。
そういう意味でも杏果さんはすごい人だと感じた。
「はーい、あと15分サーブ練習で終わりね~。じゃあれんちゃん、あとよろしくね~」
そう言い残し杏果さんはこちらに来た。
「終わりましたか?」
杏果さんにタオルとスポドリを手渡したずねてみる。
「うん、あとはもう時間がきたら片付けだけだから部長のれんちゃんに任せて大丈・・・夫・・・」
言い切る前に杏果さんが膝から崩れ落ちた。
「大丈夫ですか!?」
「ははっ、さすがにきっつかった~。シロ悪いけどおんぶして帰ってくれる?」
少しバツが悪そうに苦笑いしながら杏果さんは僕にお願いしてきた。
僕はその顔を見てほんの少しだけ安心して杏果さんをおぶって体育館をあとにした。
杏果さんの身体は思っていたよりも軽く感じた。