杏果さんの運動紀行④
「杏果さん、体力とか大丈夫ですか?」
剣道場に向かう中、さすがに杏果さんのことが心配になり僕は声を漏らした。
「なんだシロ、心配してくれてんのか?」
こちらを振り返りニヤニヤしながら杏果さんはそう言った。
「まぁ・・・さすがにぶっ通しですし・・・」
「大丈夫だよ。優斗が作ってくれたレモンのはちみつ漬けのおかげで元気は十分!それにスポドリもまだ1本残ってるしな、それに・・・」
「それに?」
「私には楽しみがあるからな」
「楽しみ・・・ですか」
「そ、その楽しみのために私は頑張るのさっと、到着だ。じゃあ行きますか!おっじゃましまーす!」
ガラガラガラと勢いよく剣道場の扉を開き杏果さんは勢いよく中に入っていった。
「失礼しまーす」
「こら藤村!礼法を守らんか!」
奥の方から顧問の船橋先生の大きな叱責の声が響いた。その声に僕は思わずビクッと萎縮する。
剣道部顧問の船橋先生は歴史の担当顧問でもあるからか礼儀や所作何かにはめっぽう厳しい人だ。初老になりかけの見た目から出される威圧はほかの先生の比にならないくらい凄みみたいなものがある。
「船橋センセーあんま怒んないでよ〜血圧上がっちゃうよ?それより今日は何したらいいですか?」
そんな威圧をものともせずに杏果さんは船橋先生に軽く話を持ちかけた。この人はどんな心臓してるんだろう。
「全くお前というやつは・・・まぁいい、明日は試合があるからその模擬相手になっとくれ。先鋒から大将までの相手を頼む。とりあえず着替えてきなさい」
「はーいっと、時間限られてるけど大丈夫?この後女子バレー部行かなきゃだから多くて1時間だけど・・・」
「それはもう春野から聞いとる。時間いっぱいでええから、はよ着替えてきなさい」
「さすが優斗、手配はバッチシだな。じゃあ着替えてきま〜す」
「全く・・・礼法さえ守ればあやつは優秀なんじゃが・・・お前さんもそう思わんか?」
「え、あ、そう・・・ですね」
突然船橋先生から話を振られて驚きのあまり変な声が出た。
「あの・・・船橋先生、やっぱり杏果さんってすごいんですか?」
「ん〜?あぁ、あやつはすごい奴じゃよ。少なくともここにいる誰よりも強いとわしは思っとる。あやつのセンスはずば抜けておるからの」
船橋先生は蓄えられた顎髭を触りながらそういった。
「あやつが仮入部してきたときは驚いたもんじゃ。わしでも歯が立たんかったからな。以来、入部を勧めたんじゃが断られえてしもうての〜。今はこうして依頼できてもらっとるような状態じゃ」
「やっぱり剣道部でも杏果さんは求められたんですね」
「・・・まぁの。あやつはどこの部でも人気があったからの。だから半端な万屋部に身を置いたのかもしれんな」
「船橋先生は杏果さんが万屋部にいるのは・・・その、やっぱりおかしいと思いますか?」
「さぁの〜。それを決めるのは藤村自身でわしがどうこう言うのはお門違いじゃろうて。ただわし自身の意見じゃとどこかで落ち着いたほうが良いようには思うがの」
どの部活でも杏果さんは求められている。1つの場所に落ち着ければ今みたいにバタバタしないで済むのにどうして杏果さんは万屋部にいつづけているんだろうか・・・僕の中のもやもやは膨らむ一方だった。
「お待たせ〜。じゃあ、やろうか!」
そんな僕とは裏腹に、ここでも杏果さんは楽しそうに、そして全力で剣道の模擬相手を務めるのだった。




