杏果さんの運動紀行③
「っじゃましまーす」
「おじゃまします」
次の依頼である柔道部のスパーリングをするため、僕たち2人は柔道場をおとづれた。
「おぉ!待っとったぞ!」
顧問の岩崎先生がこちらに気づき近づいてきた。
体育教師なだけあってガタイがよく、筋肉もすごい。杏果さんだったら軽々持ち上げられるんじゃないだろうか。
「いやー待たせちゃってすみません。今日依頼がいっぱいで」
「春野から聞いとるぞ。この後は剣道部なんだろ?時間が惜しいから早速始めてくれるか?」
「はーい。今日は何したらいいっすか?」
「乱取りを1時間頼む。明日試合にだす5人を重点的にやってくれ」
「了解っす。じゃあ着替えてきますね〜」
「おう、頼んだぞ。川神、お前も乱取りに入ってくれるのか?」
「いえ、僕は杏果さんのサポートなので・・・」
「ん?そうか、そいつは残念だな。お前もタッパはあるから鍛え方しだいではいい線いくと思うんだがな〜。俺が鍛えてやろうか?」
「いえ・・・遠慮しときます」
「そうか?まぁいつでも来い!お前みたいなやつは大歓迎だからな!」
ガハハと笑いながら肩を叩かれた。豪胆というかなんというか・・・
「岩崎センセー、着替えてきましたよ〜」
「おし、じゃあ始めるか!おい!森野、永田、佐和、浅井、長野!お前たちはこっちで乱取りだ!」
岩崎先生は5人を呼び出し、順番に乱取りを開始した。
そう言えば杏果さんの柔道する姿なんて初めて見る。
「あの、岩崎先生。杏果さんってやっぱり強いんですか?」
「ん?まぁ見てればわかるさ」
言われるがまま杏果さんの試合に目をやる。
組合が始まり、始まった刹那の一瞬で相手の身体は宙を舞っていた。
見ているこちら側もわからない位早い一瞬の攻防だった。
「つぎ!」
投げ終わるとすぐに杏果さんはそう告げる。
続く中堅の人も別の技で投げ、次々とローテーションしていく。その姿には圧巻の一言だった。
「藤村の動きには無駄がほとんどないんだよ。そのくせ相手の重心の位置や力の向きなんかが目に見えてるみたいに動きやがる。あいつは天才だよ」
「天才・・・ですか」
「全く、万屋部ってのはいい人材の集まりときたもんだ。言っとくがな川神、俺はお前も欲しいところなんだぞ?お前も磨けば光る金の卵だからな」
「岩崎先生もやっぱり杏果さんみたいな人に入って欲しかったですか?」
「そりゃ当たり前だろ〜。みすみす金の卵を見捨てたりなんかしないさ。ただ俺はあいつにもう振られちまったからな〜」
笑いながら言っていたがその横顔はどこか寂しそうな顔をしていた。
やっぱり杏果さんにはふさわしい場所がもっとあるんじゃないのか、そう考えてしまって仕方がない。
乱取り中の杏果さんに目をやる。
組み合いながらどこがダメなのか注意したりしながら相手を投げている。まるで柔道の師範みたいだ。
小さい体に似合わないその強さを見て、僕は杏果さんがこのままでいいのか考えていた。
「いやー今日は世話んなったな!」
「いえいえ、依頼っすから」
額の汗をタオル拭い、レモンのはちみつ漬けをかじりながら杏果さんは答えた。
「んじゃ次行くんでこれで失礼しますね〜」
「おう!また頼むわ!川神も次はよろしくな!」
僕は軽く会釈だけして2人は柔道場をあとにした。
残る依頼は剣道部と女子バレー部の2つとなった。