あだ名①
これは少し前のおはなし・・・
「なぁなぁ、冬馬と美月ってあだ名とかないの?」
仕事を終え、ご褒美のシュークリームを齧っていた杏果さんが聞いてきた。
「そうですね・・・特にありませんね」
僕は読んでいた小説のページをめくりながら答える。
「私も名前で呼ばれるくらいですね~」
飲みかけの紅茶のカップをカチャリと置いて美月ちゃんもそう答えた。
「それだったら私が考えてやろう!」
シュークリームを食べ終えた杏果さんが少し前のめりになりながら提案してきた。
あんまりいい予感はしない。
「いいですよ、遠慮しておきます。お気持ちだけで結構です」
「私は嬉しいです!なんだかあだ名って親睦が深くなれる気がして嬉しいです!」
あれ?美月ちゃん乗り気だ。
「美月はいい子だな~。それに比べて冬馬は冷たいなぁ・・・親睦、深めたくないのかなぁ・・・」
美月ちゃんの頭をなでなでしながらチラチラと杏果さんがこちらを見てくる。
あー・・・これはあれだ、どっちにしろダメなやつだ・・・。
ため息を一つつき、観念して読みかけのページにしおりを挟み本を鞄にの中にしまった。
「よし!じゃあまず冬馬から考えてやろう」
「変なのにしないでくださいよ・・・」
「任せておけ!今日琢磨にもつけてやったからな!ネーミングセンスはバッチリだ!」
部長にもつけてたのか・・・それにしても自信満々だな杏果さん。
「あんなもの俺は認めんぞ!」
パソコンが置かれている机にいた部長が苦情を申し上げている。
「ちなみにどんなあだ名なんですか?」
「琢磨の体型とか雰囲気とあとおがみたくまという名前から文字ってオタクと名付けてやった」
えっへんと胸を張りながらどこか誇らしげに言った杏果さんとは対照的にそのネーミングセンスに冬馬は顔を引きつらせた。
「そんな不名誉なもの俺は断じて認めんからな!」
「いいじゃねぇ~か、ぴったりな感じで」
やいのやいのと2人で言い争っているのを見ていると美月ちゃんが僕の太ももをツンツンしてきた。
「あの冬馬くん、部長さんはなんであんなに嫌がってるんでしょうか?」
「美月ちゃん、オタクって知らないの?」
「部長さんのあだ名のことですよね?」
この子は何処まで純粋無垢なんだろうか・・・。
「えーっと・・・オタクっていうのはつまり・・・」
この純粋無垢子ちゃんになんて説明したものか・・・。
「オタクっていうのは愛好家とか愛好者って意味なんだよ」
悩んでいると、それを察知した小悪魔がニヤニヤしながら割って入ってきた。
「それってとってもいい意味じゃないですか!好きなものを好きって言えるものって意味のあだ名って素敵じゃないですか!」
手を合わせキラキラした瞳でその意味を知り、喜ぶ美月ちゃん。
「まぁ・・・そうだね。間違ってはいない・・・かな」
僕はこれ以上の説明は無駄だと悟った。こうしてまた一つ美月ちゃんはいらぬ知識をつけていくんだろうな・・・。
「部長さんはどうしてこんな素敵なあだ名を嫌がるんですか?」
「そうだぞ、なんでなんだ?」
ニヤニヤしながら小悪魔は美月ちゃんに追随する。
「いや・・・別にそういうわけじゃ・・・」
「じゃあこれからはオタク部長さんですね!」
「・・・はい」
「それだと長いからオタクでいいんじゃないか?」
ニヤニヤしながら小悪魔はまた提案する。やり方がえげつない。
「いいんでしょうか?オタク部長さん?」
「・・・はい・・・でもできれば部長のままがいいです・・・」
「えーっと・・・分かりました!じゃあ今日だけオタクさんと呼ばせてください!素敵なあだ名で私、気にいっちゃったので!普段は部長さんって呼ばせていただきますね!」
「うぅ・・・」
断りきれずやむなく受け入れてしまった部長の姿を笑いをこらえながら小悪魔は眺めていた。
あぁ・・・かわいそうな部長・・・なんて恐ろしい入れ知恵をするんだろうか・・・。
本当に良い意味として受け取っちゃってるにしてもあの美月ちゃんからオタクと呼ばれるのは来るものがあるだろうなぁ・・・。
そんな部長に冬馬は心の中で合掌した。