バレンタインデーの万屋部①
「シロ〜」
「なんですか杏果さん」
「ん」
片手を差し出し、手首をくいくいっとしている。何かをねだってるように見えるけど……
「何してるんですか?」
「だから、ん!」
再度くいくいっと手首を動かす杏果さん。一体何をしているのかさっぱり分からない。
「なんなんですかー一体」
「わかんねーやつだな、バレンタインだよバレンタイン」
「あー、そういえば今日って14日でしたっけ」
今日は2月14日。男子がこぞってチョコを欲するあの日である。でも、冬馬はさして興味はない風を装っていた。まぁ、貰えたら貰えたで嬉しいけどそこまで躍起になるほどでもないとはじめから決めつけていたからだった。
しかし、躍起になっている人が目の前にいた。
「って杏果さんはチョコ渡す方じゃないんですか?」
「バッカヤロウ、私はもらう専門なんだよ」
ふと、杏果さんの座ってる椅子の横を見るとカバンとは別に大きな袋が置いてあるのを見つけた。
「その袋なんですか?」
「ん〜?クラスの女子とか部活のヘルプ行ってたところとかの子がくれたチョコ」
「それだけもらってるならいいじゃないですか!」
「それとは別にここでも貰っとかないとだめなんだよ」
何がだめなのか、僕なんかひとつももらってないのに……
「なんだよシロ〜……ははーん、さてはお前ひとつも貰えてないな?」
(ぎくっ)
「チ、チョコがもらえなかったって別にいいんですよ。今日は本来は普通の日なんですから」
「そーかそーか、貰えなかったのか、なんだよ〜早く言えよ〜」
そう言うと袋の中をガサガサとあさり小さなチョコレート1つを目の前に差し出された。
「私からの気持ちだ、受け取っとけ」
その慈悲が冬馬にはものすごく辛く切なくそしてきつかった。
割り切っていたのに、せっかく割り切ってたのに…
斗真の心にヒビが入る音が聞こえたのだった。
「杏果!お前冬馬くんになんて酷い仕打ちをするんだ!」
あまりの事に部長がそばまで駆け寄ってくれた。
「なんだよ、貰えなかったみたいだからやっただけじゃん」
「お前には男の心がわからんのか!この鬼め!」
「全く意味が分かりませ〜ん」
杏果さんは袋からお菓子を取り出し口に放り込んでいく。
「大丈夫だ冬馬くん。俺も貰えなかった。君は1人じゃないんだぞ!」
「部長……」
そこには虚しい男の友情があった。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで。ほら今日はガトーショコラだからね〜。僕からのバレンタインだよ」
そう言うと優斗先輩は切り分けたケーキを目の前に置いてくれた。
その味は、涙が出るほど美味しかった。
「はい、杏果ちゃんのもね」
「サンキュー優斗。ところでシロ、みーちゃんは?」
「美月ちゃんなら授業終わったあとすぐに出ていったのをみかけましたけど……どこにいったかはわかんないですよ」
「そっか〜わかんないんじゃしょうがねーな」
さっきまで散々お菓子食べてたのにもう杏果さんのケーキが無くなっていた。早すぎるでしょ…
「あ、とそうだったそうだった。万屋箱に依頼めっちゃきてたぞ今日」
そう言うと部長はパソコンの席から大量の紙を持ってきた。
「そんなにたくさん…どんな依頼ですか?」
「全部バレンタインの依頼だ」
「えーっと、なになに、『チョコひとつも貰えませんでした。どうにかしてください』、『チョコをくれ』、『チョコチョコチョコチョコチョコ』ってなんですかこれ」
「バレンタインチョコを貰えなかった男子達からの依頼だ」
悲しい!悲しすぎる!
「と言う事で万屋部員全員で今からチョコを作って依頼主の靴箱に入れるぞ」
こんな悲しいバレンタインがあっていいのか…そう思いながら冬馬は着替えて家庭科室へと向かうのだった。