スプーン曲げ
「冬馬くんって手品とかできる?」
「はい?」
優斗先輩からの突然の無茶ぶりに思わず変な声が出た。
「ごめんごめん、いやね、手品部からの依頼でアシスタントをやってほしいってのがきててね。とは言ってもそこまでガッツリなものじゃないみたいなんだ。見ててちょっと気になっちゃってね」
そう言うと優斗先輩は一枚の紙を手渡してくれた。
どうやら今回の依頼書のようだ。
内容の中になんでもいいので手品ができる人だと尚歓迎と書かれてあった。
「手品って言われましても・・・」
なにか出来たっけかな・・・
「私あれできる!あのスプーンぐにゃってするやつ!」
「スプーン曲げのことですか?」
「そうそれだ!やってみるから見ててよ!」
そう言うと杏果さんはティーカップと一緒にお皿の上にのったティースプーンを手に取った。
「ふんっ!」
ぐぐぐっとスプーンが曲がっていく。
確かに曲がってるけどこれって明らかに力で曲げてるよな・・・
「どうだ!曲がったぞ!」
満足げに曲がったスプーンを見せてくる杏果さん。
「それ、力で曲げてません?」
「ちげーよ、手品だよ手品」
折れ曲がったスプーンをぶんぶん振り回しながら言われても・・・
「杏果ちゃん、それ、直しておいてね」
「あ・・・シ、シロもスプーン曲げしてみろよ」
そう言われて折れ曲がったスプーンを渡された。
まぁ・・・杏果さんに曲げれるなら戻せるか・・・
折れ曲がったスプーンを手に取り先っちょと持ち手部分を持ち力を入れて曲げてみる。
「ふん!・・・あれ?ふん!」
びくともしない。
可能な限り力を込めて再度曲げてみる。
やっぱりびくともしない。
「杏果さん・・・これ戻らないんですけど・・・」
杏果さんがいなくなってる
逃げられた。
「冬馬くん戻ったかい?」
「すみません・・・無理でした・・・」
観念して優斗先輩に曲がったスプーンを渡す。
「やれやれ、仕掛けもない普通のスプーンだからね。ここまでしっかり曲げられたら戻すのには工具がいるかな。杏果ちゃんには後でお説教だね」
曲がったスプーンを机に置き優斗先輩はティーブレイクの準備をしに行った。
なんだか申し訳ない・・・
しかし、普通のスプーンをこんなにしっかり曲げるなんて杏果さんどんな力でやったんだろ・・・
「あれ、このスプーン曲がっちゃってますね」
不意に後ろから声が聞こえた。
振り向くと美月ちゃんが不思議そうに顔をのぞかせていた。
「実は杏果さんがスプーン曲げして曲がっちゃってさ、戻んなくなっちゃったんだ」
「そうなんですか・・・ちょっと見せてもらってもいいですか?」
そう言われて美月ちゃんに曲がったスプーンを渡す。
美月ちゃんはじっくりいろんな角度から観察し、時折スプーンを軽く振っている。
何してんだろうか・・・
一通り観察が終わったのか美月ちゃんは持ち手と曲がった先っちょ部分を軽くつまんでクイッとスプーンを元の形に戻した。
「はい、これでまた使えますね」
「あ、ありがと・・・」
直ったスプーンを僕に渡し、にっこり笑った美月ちゃんは部室の奥へと入っていった。
直ったスプーンと去っていく美月ちゃんを何度も見返す。
深呼吸。落ち着こう。
渡されたスプーンでもう一度スプーン曲げに挑戦する。
やっぱりびくともしない。
僕は直ったスプーンと共に匙を投げた。