知らぬは本人ばかりなり~召喚された勇者を立てる村人は優しかった件~
俺の名前は考夜、高校1年生だ。
俺はかろうじて合格できた高校に通っている、どこにでもいる普通の高校生だ。
今日は休日なのだが、外は台風ですごい風が吹いている。
俺はまだ少年の心を忘れていないから、なんだか台風速報って胸が躍るんだよな。それに雷!ゴロゴロ行っててすっげーかっけー!
だから俺はもっとすごいものを見たいと思って外に飛び出したんだ。
川まで来た。目の前の川はいつもと違ってすっげー勢いですげえ!
「すげえ!」
すげえ!とにかくすげえ!いつもは奇麗なのに汚いすげえ汚い!
もうちょっと近くに寄ってみようかな。
「うわっやばい!」
川の近くまで来た俺は、足を滑らせちゃった。
体中が痛い。息ができない。どっちが上だかもわからない。
というか流れが強すぎてほとんど動けない。苦しい。助けて。
***
「ここは……」
気が付いたら俺は真っ白な部屋にいた。すっげー真っ白だ。
「初めまして。ナイトさん。私は女神です」
なんかすっげー奇麗な人が俺に話しかけてきた。きれいすぎてすごい。すごくきれいだ。
「ここはどこなんすか?」
「世界の狭間です。あなたは川に流されて死んでしまいました。台風の日にはしゃいで川に行って濁流にのみこまれた挙句、死体は……いえ、不憫すぎるので止めておきましょう。少々不憫すぎると思いましたので、異世界に転移させてはどうかと総合神に持ち掛けたところ、二つ返事で許可を頂きました(本当は『なんじゃこやつは……さすがに不憫すぎるじゃろ……死体になったのに周りに笑われるなど……』と不憫に思われたためですが……)」
「……え?」
ちょっと何言ってるかわかんない。でもなんか死んだらしい。マジかよ。
もっとわかりやすく説明してくれないかな。こういう自分がわかってる説明で良いと思ってる人って多いんだよね。わからない人に教えられる人になった方がいいよ。
「……早まったかしら。とにかく、あなたは異世界に転移します」
「マジ!?そうならそうと早く言ってよ!うわあ!わくわくしてきた!」
俺異世界に転移するんだってさ!やった!魔法つかえるかな?
「魔法っすか?」
「え?」
え?って何?え?魔法って言ってるのに。聞こえなかったのかな?
「魔法っすか?」
「あ、すみません、そういうことですか。ええ、これからあなたが行くことになるのは剣と魔法の世界です(通訳が欲しくなるわね……)」
やった!魔法の世界だ!早くいきたいな!
「ではあなたを異世界に転移させます。あ、言語理解の能力はつけておきますので、ご心配には及びません」
「わかった!」
なんか目の前がぴかーってしてきた。これが転移するなのかな?
***
「おお……成功しましたぞ!!」
「良かった……これで……」
「王女様!!」
なんか俺の前ですごい服の人と、鎧着てる人と、髭のおっさんがさわいでる。
たぶん転移したんだと思うけど、どこなんだろうここ。あとすごい服の人倒れてる。
「ここどこっすか?」
俺は敬語で話しかける。流石に最初からタメ語はやばいと思った。
「貴様!なんだその話し方は!無礼ではないか!」
え?なんで怒ってんのこの人?敬語で話したのに?もしかしてこっちの敬語と違うのかな?
じゃあタメ語でいっか。
「なんで怒ってるの?」
「だから、お前の話し方が無礼だと言っているのだ!なぜわからん!!」
「抑えなさいウスイルプ」
「し、承知しました、王女様」
あ、すごい服の人起きたみたい。
「初めまして、勇者様、私、ヌヲーク国の第1王女、アドゥノフと申します」
「あ、どうも、俺ナイトっす」
ていうか俺のこと勇者って言った?
「あなたは我々が行った勇者召喚によってこの世界に召喚された選ばれた方です」
俺選ばれた方とか言われてる。マジかよ、そんなの初めてなんだけど。
「あなたに、我々の国を助けていただきたいのです」
「わかった!俺がなんとかするよ!」
こうして俺はこの国をたすける事にしたんだ!
***
~ヌヲーク王国side~
勇者召喚から1月がたったある日。王城の一室で話し合う者たちがいた。
何か重要な話でもされるのだろうか、国の重鎮が一堂に会しているその部屋には、険しい表情をした者達が放つ重苦しい雰囲気で満たされている。
「あの者は……本当に勇者なのか……?」
部屋の中で一際豪華な服装をしているその人物、ヌヲーク王国の国王が、その言葉を放った。
「勇者で間違いないはずですお父様。私は、彼が召喚される瞬間をこの目で見ていましたので」
王の言葉に返すのは、これまた豪華な服装をしている女性、ヌヲーク王国第1王女であるアドゥノフである。
「しかし、しかしあれでは……この国は救えないのではないか……?」
勇者召喚から1か月。当然勇者がこちらに来てから1か月たっていることになるが、国王たちの勇者に対する評価は、芳しい者ではなかった。いや、芳しいなどとごまかすつもりもないのだろう。はっきり言って役立たずだった。
勇者にもたらされるであろう異世界の知恵を期待していた彼らは、見事にその期待を裏切られた。知恵はもたらされるどころか、国が彼に教養を身につけさせている有様である。
召喚したのは国側であり、勇者を召喚するということは、大々的に国民に伝えていたため、どんなに酷い勇者であっても、ぞんざいに扱うわけにはいかなかった。
「どうしたものかの……」
部屋の全員の顔に、疲労、悲しみ、諦めのような感情が見えている。どうしたものかとは言いつつも、既に皆諦めが入っている状態であった。
そのため、部屋に集まった者の中に、王のその言葉に応えられる者はもとより、答えられる者もいはしなかった。
***
俺はマジで感動していた。
召喚されて3日くらいたつけど、城で出されるご飯はうまいし、部屋もすっげーきれいだ。
そんな俺が今何をしているかと言うと、村で色々と教えていた。
今日も村に数の数え方を教えている。
「いいか?銅貨があるだろ?これを1枚ずつ袋に入れていく。そうすると、入れ終わるころには全部数えられてるってわけだ」
「本当か?」
「本当だ。なんなら試してくれてもいい」
俺はその人が数え終わるのを待っている。1枚1枚丁寧に俺が教えたとおりに数えていく。
「本当だ!!持ってる枚数と同じ数になりやがった!!す、すげえ!これはすげえぞ!!」
俺がおしえたことなんだから当然だろう。俺が教えたことは袋に入れる前に数える方法よりも早い。なぜなら、袋に入れるというのも一緒にやっているからだ。だが、こいつがこれ以上数えているのを待っているつもりはない。他の人も俺の知恵を待っているからな。
俺は天才だから忙しいんだ。
***
~"村人"side~
「……行ったか?」
「ああ」
"村人"たちは去っていった勇者に気付かれないように声を殺して話をしていた。
先ほどもたらされた"勇者の知恵"は素晴らしいものだった。これは"村人"にとって、共通の認識であり、暗黙のルールとなっている。
「今回はやばかったな、なんせ普通に数えてるだけだったんだからよ」
「ああ、このままじゃ俺たちの方に限界が来るのが早いかもしれないな……」
「そうだな。いつまでも隠し通せるもんじゃないが、できれば勇者を傷つけるような結果にはしたくないよな。あれでも俺たちのことを思ってやってくれてるわけだからな」
「そうなんだよな……いっそ完全に悪人ならよかったんだが……」
勇者は別に嫌われているわけではなかった。王城で何不自由なく暮らしていけるというのに、城下町に出向いて困っている人に話しかけ、自分の知っている限りのことで尽くそうとしてくれる。決して悪い人間ではないのだ。
「だが、今のままばれたら絶対に傷つくだろ……」
「ああ、だからこそ、絶対にばれるわけにはいかん。我々は、馬鹿で無能な"村人"でいなければならない」
こうして"村人"たちは、勇者のために、今日も馬鹿で無能な"村人"を演じるのだ。勇者と言う"天才"を傷つけないために。
「あと俺たち、いつまで"村人"って思われてるんだろうな……ここ、城下町なんだがな……」
「まあいいじゃないか。俺たちは町人じゃなくて"村人"なんだよ」